私の相棒
ひなは後日、対策室で今回の任務報告を作っていた。
任務報告の入力欄は、結論から始まっていた。
投入資源。
確認結果。
未確認事項。
ひなは最初の欄を開いたまま、手を止めた。
「ナギ。分析枠の利用記録、最初から出して」
『通常分析枠での見積り、特別分析枠への切替、各組織への照会条件、国外へ送った比較条件、現場即応枠の利用記録を分けて表示します』
端末上に、細い列が並ぶ。
最初は二つの経路だった。
次に、政府共通AI基盤へ届く前の記録を比べた。辞書や関連付けの処理を変えた試行。保存されていないものは比べられないと分かった試行。最後には、本人確認が別の認証へ渡る条件を、国内の引き継ぎから探した。
「途中で外した仮説も残して」
『戦略偵察を主目的とした仮説。二経路のいずれかを実経路とした仮説。条件一致を優先順とした候補列。いずれも、採用時点の情報と棄却または保留にした理由を付けます』
「成功したところだけにしないで」
『はい』
隣で任務調整官が、報告書の送付先を確認していた。
「そのほうがありがたいですね。結論だけだと、次に同じ種類の事案が出たとき、どこから使えるのか判断できません」
「国内の保護結果も入れます」
「お願いします。警察と各所管から、確認済みの範囲が返っています」
日本で二名。B国で二名。C国で一名。
ひなは五件を報告へ転記した。
A国の欄には、引継ぎ済と出ている。
日本から渡したのは、本人確認と後段の認証が切れる条件、国内で棄却できた形、まだ確認できていない項目だけだった。
A国の担当機関は、その条件を自国の記録へ当て直し、次の認証へ渡る前に確認できる区間と確認点を確保した。その確認だけが、日本側へ返っている。
以後の確認と対処はA国自身の権限で進む。日本への追加開示は、共同対処に必要と判断された範囲に限られる。
ひなは、最後の欄へ打ち込んだ。
日本側で確定できないこと。
A国のその後を、日本の記録で補わないこと。
*
照会先から返ってきた事後評価を、ナギが報告書の横へ並べた。
政府共通AI基盤へ届く前の記録。
本人確認のあとに使われる番号と承認。
ひなは二つの欄を分けた。
左には、欠席、事故、転送、出国、車両の移動が並ぶ。どれも、その記録を持った組織では必要な手続として処理されていた。
辞書や関連付けの処理が書き換えられた証拠はない。
けれど、政府共通AI基盤へ届く前に、何を取るか、どこまで残すか、誰へ渡すかで情報は減る。あとから見ても、取らなかったのか、取れなかったのか、残さなかったのかを分けられないものがあった。
「ナギ。ここは対策案じゃなく、検討事項にする」
『出所、変換、欠落理由、別の記録と比較可能な範囲。情報主権と機密性を維持した確認方法の検討として記載します』
「元になった記録を全部集める提言にはしないで」
『何を、どの段階で、なぜ落としたかを、あとから分けられるようにします』
「見えていないと分かるように」
『はい』
右の欄には、搬送依頼の取消、新しい依頼、承認者、搬送番号、受入先の予定が残る。
承認も番号も有効だった。変わる前の本人確認と、変わったあとを結ぶ記録だけがなかった。
「こっちは」
『各制度の検討事項です。再発行や担当変更があった場合に何を前の確認へつなぐか。本人を再確認しない区間をどう扱うか。どの条件で追加確認を要求するか』
「毎回、本人確認をやり直すとは書かないで」
『救急搬送等では、前段の確認を信頼して処理を継続する必要があります』
「犯行手法が確定したからでもない」
『通常の手続が続いたまま、確認が切れる状態が一件成立したため、制度上のリスクとして検討すると記載します』
答えの形にはしない。
次に、誰かが同じ穴へ入ったとき、何を見るかだけを残す。
*
情報部門から、外部観測可能性の事後評価が返った。
通常より長く確保された演算資源。複数組織で同じ時間帯に増えた緊急照会。警察車両と所管組織の移動。各国の公表資料に残る、手続の遅れや照会の増加。
一つずつなら、特別なことではない。
同じ時刻に並べると、共同対処が動いたことは推測できる。
完全に隠せたとは書かれていなかった。
急に記録を出さなくなれば、それも見られる。照会の経路を閉じるだけでも、何かを隠していると推測されることがある。
「外から結べるものと、結べないものを分けて残して」
『報告へ反映します。活動を止めずに、外部から相関可能な情報を減らす方法は別途検討とします』
今回の報告には、決まらない項目が多かった。
それでも、空いた欄を消すよりはましだった。
*
夕方、育成官はひなの前で評価票を開いた。
任務終了の承認ではない。
特別育成措置の中間記録だった。
「大きい枠を使った理由は、残せた?」
「通常枠で間に合うか見て、間に合わない範囲だけ要求しました」
「二つの経路は」
「途中で、答えとして使うのをやめました」
「ナギがそう言ったから?」
「私が、前の入力を見たいと言いました」
育成官は評価票に何か入力した。
「最初の仮説は」
「二つの経路を優先する理由はありました。あの時点なら、今でもそうします」
「うん」
「でも、入力を疑えなかったら、そのまま二つを追っていました」
「次も、戻れる?」
「まだ分かりません」
「うん。でも今回は、自分で戻った」
育成官は評価票へ入力した。
入力欄には、次回確認と書かれている。
半年の審査は、まだ途中だった。
*
翌週、男は自分の机で、溜まっていたレビュー依頼から一つ、設計書を開いた。
「帰ってきた?」
隣の席の女が、紙コップを持ったまま聞く。
「帰ってきたよ」
「待ってる判断、増えてる」
「ごめん」
「今回の任務は終わった?」
男は画面から目を離さない。
「ひと区切り」
「育成のほうは」
「半年の途中だからね」
「また呼ばれたら行く?」
「行くよ」
女は笑って、自分の席へ戻った。
*
会社の会議室は、対策室よりずっと明るかった。
窓際の机に、同僚がひなの端末を置く。
「引継ぎ分。三十二並列から先は回した」
「助かりました」
「呼出側の再試行を切った条件も取ってある。あと、待機要求をサーバで持たせた試作」
ひなはグラフを開いた。
実行中の数。待機列。インスタンス数。受付から完了までの時間。
以前なら、先に一番低い数字を見ていた。
「ナギ。試験条件を、元の要求と並べて」
『並べます』
画面の左に、顧客の要求が出る。
サーバ側で受け付ける。受付後の待機と同時実行数を持つ。呼出側へ処理の順番を渡さない。
右には、今回の試験条件が出た。
「ナギ。元の要求と試験条件で、確認済みと、顧客に聞く必要があることを分けて」
『確認済みは、サーバ側で受付と待機、同時実行数を持ち、呼出側へ処理の順番を渡さないことです。ただし、短時間の成功要求に限ります。長時間の保持量、呼出側が切断した後の扱い、失敗した要求を誰が再開するかは、顧客要求自体が未確定です』
ひなは同僚へ画面を向けた。
「ここまで、顧客に出しました?」
「まだ。数字だけだと、かなり良く見えるから」
「出さないでください」
「だよね」
同僚は、グラフを見たまま言った。
「次、何をやる?」
ひなは、待機列の線を一度閉じた。
「先に、顧客が受付後にどこまで保持してほしいか確認します。切れた呼出を捨てていいのか。あと、失敗した要求を誰が再開するのか」
「ナギ」
『確認事項を作成します』
「試験も。長時間待機と切断を入れて。三十二並列はそのあとでいい」
『了解しました』
同僚が端末を持ち上げた。
「じゃあ、こちらで準備しておく」
ひなは頷いた。
壁も、監査端末もない。
画面には、まだ試していない条件だけが残っていた。
「ナギ。顧客への確認文、見せて」
『はい』
ひなは最初の一行を読んだ。




