第8話:鉄錆の国、ヴァロワの変貌
一ヶ月。
それは、一国家が「死」から「再生」へと転換するのに十分な時間だった。
私がこの国、ヴァロワの土を初めて踏んだ時、そこにあったのは絶望の匂いだった。
錆びた鉄。
乾いた土。
そして、希望を捨てた民の、濁った瞳。
だが、今は違う。
「……アイリス様。お支度が整いました」
背後で、リンが静かに告げる。
彼女が纏うのは、あの時仕立てた「夜影織り」のドレス。影の中から銀の波紋を散らすその姿は、もはや暗殺者ではなく、高貴なる守護騎士のそれだ。
私は、鏡の中の自分を見つめた。
泥に汚れた破れドレスは、もうない。
今、私が身に纏っているのは、ヴァロワ特産の硬質絹を私の「稀血」で精錬した、白銀のドレス。
一歩歩くたびに、清涼な魔力が床を伝い、目に見えない「富の波動」を撒き散らす。
「行きましょうか。……市場が、私を待っていますわ」
城門が開く。
――「静」。
私が一歩、外へ足を踏み出した瞬間。
喧騒に包まれていた王都の広場が、魔法にかけられたかのように静まり返った。
かつて、国境で私に錆びた槍を向けた兵士たちがいた。
彼らは今、磨き上げられた最新の銀燐装備に身を包み、私が行く道の両脇に整列している。
「……っ!」
一人の兵士が、堪えきれずに膝をついた。
続いて、次々と。
波が伝播するように、ヴァロワの民が、商人が、騎士たちが、その場に平伏していく。
かつて私を「泥だらけの物乞い」と呼び、石を投げようとした者たち。
その彼らの頭上にある数字は、今や「幸福度:80%」「生産性:150%」という驚異的な数値を叩き出している。
「……女神様だ」
「アイリス様……ヴァロワの、黄金の聖女様……!」
ひそひそと、祈りにも似た声が漏れる。
私は、彼らを一瞥もしない。
慈悲を与える必要はない。私はただ、彼らの「価値」を正しく運用しただけなのだから。
広場の中央、新設された「ヴァロワ中央交換所」の演台に立つ。
そこには、一人の男が縄で縛られ、転がされていた。
アステリア王国から送り込まれた、密輸商人のリーダー。
かつて私の実家、アステリア公爵家で「裏の帳簿」を管理し、私を蔑んでいた男だ。
「ひ、ひぃっ……! アイリス様! お助けください! 私は、ただ公爵閣下の命に従っただけで……!」
――「動」。
男は鼻水を垂らし、豪華な絨毯を汚しながら這いつくばる。
その姿は、滑稽なほどに「価値がない」。
「……お久しぶりですわね。エドモンド」
私は、冷めた瞳で彼を見下ろした。
「あなたは昔、私に言いましたわね。『魔力しか脳のない女は、数字の恐ろしさを知らない』と」
「そ、それは……言葉の綾で……っ!」
「今、数字の恐ろしさを知っているのは、どちらかしら?」
私は、リンから受け取った一通の書面を、彼の前に落とした。
「アステリア公爵家の資産、その4割を私が『空売り』で暴落させましたわ。……残りの6割も、今、私が発行したヴァロワ新金貨によって、ただの紙屑に変わりました」
「な……なんだと……!? 公爵家が、……我が家が破産したというのか!?」
「いいえ。破産ではありませんわ」
私は、美しく、残酷に微笑んだ。
「――買収です。あなたたちの家も、領地も、使用人も。……すべて、私の『私有地』のリストに加えさせていただきました」
絶叫。
男の悲鳴が、晴れ渡ったヴァロワの空に響き渡る。
民衆からは、地を揺らすような歓声が上がった。
かつて私からすべてを奪った国が。
今、私の足元で、音を立てて崩れ始めている。
玉座に座るゼオン陛下が、満足げに喉を鳴らすのが聞こえた。
さあ。
次は、誰を「精算」して差し上げましょうか。
アイリスの「経済的侵食」が、ついに実家にまで及びました。
ただの復讐ではありません。すべてを合法的に、冷徹に「買い叩く」。
これこそがアイリスの選んだ、最も残酷な断罪の形です。
アステリア公爵家の破滅。
そして、次に狙われるのは……あの「王子」と「偽聖女」です。
「アイリス様、最高にドSで美しい!」「実家の破滅が早すぎて最高!」
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次回、第9話「飢えた狼の王と、冷徹な取引」。
アイリスとゼオン。二人の距離が、契約を超えて急接近……?




