第7話:パンがなければ魔石を食べれば?
――酸っぱい。
アステリア王国の王宮、その朝食のテーブル。
ジュリアン王子の前に並んでいるのは、黒ずんだパンと、香りの飛んだ薄いスープだった。
「……なんだ、これは。これが王子の食卓か!?」
ジュリアンが銀の匙を叩きつける。
ガシャン、という耳障りな音が響く。
「……っ、申し訳ございません、殿下! 市場に質の良い小麦が出回っていないのです。アイリス様……いえ、あの女が去ってから、農地の魔力が枯渇し、結界内の気温が急降下しております」
侍従が震えながら答える。
窓の外。
かつて黄金色に輝いていた王都周辺の麦畑は、今や灰色に枯れ果てている。
「マリスはどうした! 聖女の力でなんとかしろと言っただろう!」
「やって……やっておりますわ! でも、魔力消費が激しすぎて、私の魔導具だけでは……っ」
マリスが青い顔で縋り付く。
彼女の指には、アイリスの血を模した安物の魔石が嵌っているが、それは既にひび割れ、どす黒く変色していた。
――「動」。
焦り。苛立ち。互いへの不信。
腐敗した王宮に、不快な匂いが充満している。
一方、その頃。
ヴァロワ王国の王城、新設されたアイリスの執務室。
窓からは、雪解け水のように清らかな風が吹き込んでいた。
テーブルの上には、焼きたての白いパン。
そして、私の血を一滴垂らした、最高級の薔薇のジャム。
「……アイリス様。アステリアの物価、さらに300%上昇しました。民衆の間で、暴動の兆しがあります」
黒いドレスを纏ったリンが、影から音もなく現れる。
彼女が手渡してきたのは、アステリアの惨状を記した冷徹な数字の羅列。
「……ふふ。思ったより早かったわね」
私は、白いパンを指先で優雅に千切った。
【分析対象:アステリア王国市場。需給バランス:崩壊。通貨信用度:紙屑同然】
私の「眼」には、アステリアという国そのものが、今にも燃え落ちそうな「負債の塊」に見える。
「アイリス。そろそろ、あの馬鹿に『救済』を与えてやってもいい頃ではないか?」
執務室の扉を開け、ゼオン陛下が入ってきた。
彼の表情には、強者特有の、残酷なまでの余裕がある。
「ええ。陛下。……彼らが求めているのは、パンではなく、それを育てるための『魔力』。ならば、我が国の倉庫に眠っている、あの『ゴミ』を売って差し上げましょう」
「……あの、使い道のなかった低品位の魔石か」
「ええ。私の血で少し『加工』すれば、一週間だけは輝く宝石に見えますわ。……一週間だけは」
私は、机の上の魔石に指を這わせた。
アステリアは飢えている。
結界を維持し、畑を蘇らせるための魔力に。
なら、売ってあげるわ。
ただし。
対価は金貨ではない。
アステリア王国の「関税決定権」と「主要鉱山の採掘権」。
つまり。
国そのものを、私に質入れさせる。
「リン。アステリアに使いを送りなさい。……『慈悲深きヴァロワの聖女』が、困窮する隣国を救うために、貴重な魔石を特別に融通して差し上げます、と」
「……皮肉が過ぎるな。アイリス」
ゼオンが低く笑う。
「皮肉? いいえ。これは、正当なビジネス(商談)ですわ」
私は窓の外を見据えた。
パンがなければ、魔石を食べればいい。
それが、自分たちの未来を喰い潰す「猛毒」だとは知らずに。
ジュリアン。お父様。
あなたたちが私の差し出す「毒入りのパン」に飛びつく瞬間を。
私は、この高みの特等席で、じっくりと鑑賞させていただきますわ。
アイリスの仕掛けた「慈悲」という名の罠。
喉が渇いた者に塩水を飲ませるような、冷徹な救済措置です。
アステリア王国が、自らの意思で「奴隷の首輪」を嵌める瞬間が近づいています。
「アイリス様、エグい……最高!」「ゼオンとの共犯関係が堪らない」
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次回、第8話「鉄錆の国、ヴァロワの変貌」。
ヴァロワに富が溢れ出し、アイリスが「泥だらけの令嬢」から「真の女王」へと脱皮します。




