第6話:影を拾う、あるいは忠誠を
鉄の匂いが、朝の冷気に混じっている。
ヴァロワ王都の市場。
そこは、アステリア王国のそれとは似ても似つかぬ場所だった。
華やかな香水も、色鮮やかな果物もない。
あるのは、煤けた石造りの店構えと、生きるために必死な男たちの野太い声。
「……ターゲット。なぜ、このような場所へ」
私の背後、一歩下がった位置から、リンが囁く。
漆黒の装束はそのまま。だが、その瞳には戸惑いがある。
昨夜、私を殺そうとした少女。今は、私の影。
「ターゲット、ではありませんわ。アイリス様、とお呼びなさい。リン」
私は、ゼオン陛下から貸し与えられた、まだ少し大きい男物のコートの襟を正した。
「……承知した。アイリス様」
「よろしい。今日は、あなたの『制服』を買いに来たのですわ」
私は市場の喧騒の中へ、迷わず足を踏み入れた。
【評価対象:ヴァロワ中央広場。流通量:低。潜在需要:極大。……死に体の山ね】
私の「眼」には、この市場がゴミの山に見える。
価値の付け方を間違え、富を眠らせている、愚か者の巣窟。
私は、一件の古びた仕立屋の前で足を止めた。
店主は、脂ぎった顔で錆びたハサミを研いでいる。
「おじ様。その奥の棚、一番下にある『黒い布』を出しなさい」
「あぁ? なんだ、小娘。あれは火事で焼け焦げた、売り物にならねえゴミだ」
「ゴミかどうかを決めるのは、私ですわ」
私は、懐から数枚の銅貨を放り投げた。
店主が鼻で笑いながら差し出してきたのは、端が焼け、灰を被ったような、薄汚れたシルクの塊。
周囲の客たちがクスクスと笑う。
泥だらけの女が、ゴミを買い取った、と。
――「動」。
滑稽だわ。
あなたたちは、その「ゴミ」の正体すら見抜けない。
「リン。その布を広げなさい」
「……汚れている。価値はない」
「いいえ。これは『夜影織り』……アステリアの貴族でも、一生に一度拝めるかどうかという、伝説の防魔絹ですわ」
私は、自分の指を迷わず噛み切った。
じわり、と滲む。
至高の魔力触媒、私の「稀血」。
一滴。
汚れた黒い布に、血が落ちた瞬間。
――パチッ!
静電気のような火花が散り、灰が風に舞った。
現れたのは、夜の闇をそのまま布に織り込んだような、吸い込まれるほど深い漆黒。
月の光を反射し、銀色の波紋が揺れる。
「……っ!?」
店主のハサミが床に落ちた。
笑っていた客たちの声が、一瞬で消える。
【商品名:夜影織り(完全覚醒)。時価:金貨500枚。備考:あらゆる下級魔法を無効化する】
「これを仕立てなさい。私の影に相応しい、最高のドレスに」
私は、呆然と立ち尽くすリンを見つめた。
「リン。あなたは今まで、誰かに使い捨てられる『ナイフ』でした。……ですが、今日からは違う。あなたは、私の傍らで、誰よりも美しく、誰よりも恐ろしい『黒薔薇』として咲くのです」
私は、彼女の顎を指先で持ち上げた。
「あなた自身の価値が、この布一枚分にも満たなかった昨日までの自分を、今この瞬間に捨てなさい」
リンの瞳に、初めて「生」の光が宿る。
「……アイリス様。……私は、……私は……」
「言葉は要りません。結果で示しなさい」
私は、驚愕に包まれる市場を背に、再び歩き出した。
一方、その頃。
アステリア王国の王宮。
ジュリアン王子は、真っ青な顔で報告書を破り捨てていた。
「馬鹿な! 鉄の価格が十倍に!? 誰がそんな値段を付けた! ヴァロワだと!? あんな貧乏国が!」
焦燥。
悲鳴。
――「動」。
叫べばいいわ。足掻けばいいわ。
あなたたちが「ゴミ」として捨てたものは。
今、こうして。
世界を塗り替える「最高級の資産」へと、生まれ変わったのだから。
アイリスの「価値の創造」が始まりました。
ゴミを宝に変え、暗殺者を忠実な騎士へと変える。
これぞ、成り上がりの醍醐味です。
アステリア王国のジュリアン王子、ついに財布の底が見え始めましたね。
彼の絶望、もっと加速させてやりたいと思いませんか?
「リンちゃんのドレス姿が楽しみ!」「店主の驚き顔が最高に気持ちいい」
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次回、第7話「パンがなければ魔石を食べれば?」。
アステリアで食糧危機が発生。その時、アイリスが仕掛ける「慈悲深き罠」とは――。




