第5話:絶望の淵で見えた「数字」
アステリア王国の王宮に、不協和音が響き渡っていた。
「――なぜだ! なぜ結界が安定しない! 聖女マリスはどうした!」
ジュリアン王子の怒声が、豪華な回廊を震わせる。
一週間前。
アイリスを追放した夜、この国は歓喜に包まれていた。
「傲慢な公爵令嬢」が消え、可憐な「真の聖女」が国を導くと誰もが信じていた。
だが。
ガシャ、と耳障りな音が響く。
王宮の地下、国の守護を司る「魔力炉」の水晶に、一本の亀裂が入っていた。
「ひ、ひぃ……殿下、マリス様の魔力では、出力が足りません! アイリス様の『稀血』に頼っていた変換効率が、想定以上に低下しております!」
魔導師たちが顔を青くして叫ぶ。
「……っ。マリス! 早くしろ!」
「……っ、うう、やってますわ! やってますけれど……!」
マリスが、模造魔道具を必死に握りしめている。
その顔は、もはや「聖女」のそれではない。
焦りと、恐怖。
額に滲む嫌な汗が、彼女の安物の化けの皮を剥いでいく。
――「動」。
彼らはまだ、気づいていない。
システムを動かしていた「核」を捨て、外装だけを愛でていた自分たちの愚かさに。
一方その頃。
ヴァロワ王国の国境沿い。
冷たい月明かりの下、私は一人、静かに夜道を歩いていた。
背後に、殺気。
……来たわね。
私は足を止めない。
ただ、暗闇に向かって「数字」を投げかけた。
「――あなたの命、銀貨30枚ですわね。リン」
ピタリ、と背後の気配が凍りつく。
闇の中から、一人の少女が現れた。
漆黒の装束。感情を殺した、人形のような瞳。
アステリア公爵家――私の実家が飼っている、暗殺者。
「……なぜ、私の名を知っている。ターゲット」
リンが短刀を構える。
その刃先が、私の喉元に突きつけられた。
私はゆっくりと振り返った。
恐怖? そんなものは、断罪の夜に置いてきた。
「知っていますわ。あなたの維持費。訓練費用。そして……あなたが失敗した際に支払われる『廃棄処分費用』まで、すべて帳簿で管理していたのは、私ですから」
リンの瞳が、僅かに揺れる。
「……私は、あなたを殺しに来た。アイリス・フォン・アステリア。公爵様からの、口封じだ」
「そう。お父様は、私の命を銀貨30枚で消そうとしたのね。……実に、お父様らしい。投資対効果(ROI)を完全に見誤っているわ」
私は一歩、刃に向かって踏み出した。
【評価対象:暗殺者リン。忠誠心:低。戦闘力:極。将来価値:計測不能】
私の「眼」には、彼女が纏う暗いオーラの奥に、まだ磨かれていない「宝石」の輝きが見えていた。
「リン。私に、その刃を売りなさい」
「……何を、言っている」
「銀貨30枚? 笑わせないで。今の私なら、あなたの価値を金貨1万枚にまで跳ね上げられる。……あなたは道具として朽ち果てるのか。それとも、私と共に『世界を買い叩く女王の影』となるのか。どちらが有利な取引か、計算しなさい」
短刀の先が、私の皮膚を薄く裂いた。
赤い血が、一筋流れる。
その瞬間。
血に触れた短刀の「錆」が、一瞬で消え去り、神話の武器のような輝きを放ち始めた。
私の「稀血」による、強制的な価値の向上。
「……っ!?」
「私は、私を殺そうとする者すら、資産に変えてみせるわ。……契約成立かしら?」
リンは呆然と、自分の手に握られた「美しすぎる刃」を見つめた。
そして。
彼女は、音もなく膝をついた。
「……リン。あなたの契約、私が買い取りましたわ」
私は、自分の血で汚れた指を、彼女の額にそっと触れさせた。
「これからは、私のために働きなさい。あなたの『適正価格』を見せてあげる」
月光が、私たちの姿を白く照らし出す。
アステリア王国では、結界が崩れ、魔物の咆哮が響き始めていた。
絶望の淵で見えた、崩落の数字。
それは、私の新しい帝国の、輝かしい「資産リスト」の第1ページ目だった。
アイリス、ついに最初の「配下」を手に入れました!
暗殺者すらも投資対象として「買い叩く」。
これぞ、月花いとは流の冷徹なる成り上がりです。
一方のアステリア王国、ついにメッキが剥げ始めましたね。
マリスの焦り顔、もっと見たいと思いませんか?
「アイリス様、カッコよすぎる!」「リンちゃん、良い拾われ方をした……!」
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次回、第6話「影を拾う、あるいは忠誠を」。
アイリスとリン。主従の絆が、ヴァロワの闇を切り裂きます。




