第4話:一パンの価格、一国の価値
カビ臭い。
ヴァロワ王国の王立倉庫。
そこに積み上げられていたのは、錆びついた鉄塊と、砂のようにパサついた粗悪な麦の袋だった。
「……これが、我が国の『全財産』だ」
背後でゼオン陛下が忌々しげに吐き捨てる。
彼の隣には、不機嫌そうに脂肪の乗った顔を歪める男が立っていた。ヴァロワの財務卿、バドス。
「陛下! このような素性の知れぬ、しかも泥だらけの女に、我が国の金蔵を預けるなど正気とは思えません! アステリアのスパイかもしれんのですぞ!」
バドスが叫ぶ。唾を飛ばし、顔を真っ赤にして。
――「動」。
あまりに醜い。
私は彼を一瞥もせず、ただ目の前の「山」を見つめた。
瞳に熱を灯す。
数値が、世界を上書きしていく。
【品名:ヴァロワ鉄(未精製)。価値:銅貨5枚/kg。備考:不純物過多。ただし……】
その「備考」の続きを読み取り、私は薄く唇を吊り上げた。
「バドス財務卿。あなたは、この鉄をどう処理していますの?」
「……あぁ!? 決まっているだろう! アステリア王国へ輸出し、代わりに麦を買っているのだ。この国には、鉄など腐るほどあるからな!」
「ええ、腐るほどありますわね。……無能な処理のせいで、文字通り腐らせている」
私の静かな言葉に、バドスが逆上する。
「貴様、何を――!」
「静かになさい。計算の邪魔ですわ」
私は一歩、鉄の山へと近づいた。
ボロボロの下着の上から、ゼオン陛下に借りた重厚な外套を羽織っている。
私は鉄塊の一つを手に取った。
重い。冷たい。そして、その奥に眠る「真価」。
「陛下。アステリアは現在、食糧価格を三倍に吊り上げていますわね?」
「ああ。凶作だと言い張ってな。だが、奴らの市場にはパンが溢れていると聞く」
「当然ですわ。彼らはパンを『売っている』のではなく、他国の資産を『買い叩くための武器』にしているのですから。……そして、この鉄」
私は鉄塊を床に落とした。
ゴン、と鈍い音が響く。
「アステリアは、これを安値で買い取り、中に入っている『ある成分』だけを抽出して、魔導具の触媒に転売しています。……利益率は、驚愕の800%」
バドスの顔から血の気が引く。
「な……何を馬鹿な……。これはただの、質の悪い鉄だぞ!?」
「質の悪い鉄の中に、ほんの数パーセントだけ混じる『銀燐』。……今の私なら、これだけを安価に抽出できますわ」
私は、自分の指を再び切った。
痛覚は、覚悟の証。
一滴の血を、鉄塊に落とす。
ジ、という音と共に、鉄の表面が融解した。
不純物が黒い煤となって剥がれ落ち、中から現れたのは、星屑を散りばめたような、眩いばかりの銀色の結晶。
【商品名:純粋銀燐。時価:金貨100枚/100g。需要:極大(アステリアの結界維持に必須)】
倉庫の中に、息を呑む音が重なった。
「陛下。今すぐ、アステリアへの鉄の輸出を停止してください」
私は振り返り、ゼオン陛下を見つめる。
「代わりに、私がこれを精錬します。そして……こちらから『価格』を指定して、アステリアに売りつけますわ。一パンの代金としてではなく、一国の予算を丸ごと飲み込む価格で」
ゼオン陛下の瞳に、獰猛な火が灯った。
「……バドス。聞こえたか。今すぐ輸出を止めろ。逆らう者は、俺がこの場で斬る」
「は、ひ、ひぃいっ!」
財務卿が腰を抜かして逃げ出していく。
その醜態を、私は冷めた目で見送った。
これで、一つ目。
アステリア王国。ジュリアン殿下。
あなたたちは、私が去ったことで「結界」の維持が困難になる。
それを補うには、この『銀燐』が大量に必要になるはず。
昨日まで、あなたたちが「ゴミ」として買い叩いていたものが。
今日からは、あなたたちの「命を削る毒」に変わる。
「……アイリス。貴様、本当に恐ろしい女だな」
ゼオン陛下が、私の肩を抱き寄せた。
その手は熱く、鉄の匂いがした。
「恐ろしい? いいえ、陛下。私はただ……」
私は、暗い倉庫の向こう側――自分を捨てた故国の方向を見据えた。
「……正当な『対価』を、請求しているだけですわ」
私の脳内にある収支報告書。
アステリア王国の残高が、また一段と減っていく音が聞こえた。
一滴の血が、ゴミを黄金に変えました。
これこそがアイリスの真骨頂。魔法よりも恐ろしい「経済」の暴力です。
アステリア王国がパニックに陥る瞬間まで、あとわずか。
「アイリス、もっと徹底的にやれ!」「ゼオンとの距離が縮まってニヤニヤする」
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次回、第5話「絶望の淵で見えた『数字』」。
アイリス、ついにヴァロワの市場に君臨。そして故国からの「最初の悲鳴」が届きます。




