第14話:偽聖女の綻び
――寒い。
アステリア王宮の聖堂。
かつてはアイリスの魔力によって常春のような暖かさを保っていたこの場所も、今は墓場のような冷気に包まれている。
「……っ、どうして。どうして光らないのよ!」
マリスが、祭壇の上で絶叫した。
彼女の手に握られた、巨大な魔石。
それは、アイリスの「稀血」を無理やり吸い込ませ、奇跡を模造するための心臓部。
だが、その輝きは今や、死んだ魚の瞳のように濁り、ひび割れている。
【鑑定対象:マリスの魔導具。残存魔力:0.01%。状態:完全損壊寸前】
――パキンッ!
不吉な音が、冷え切った聖堂に響いた。
魔石が砕け、真っ黒な煤となってマリスの白いドレスを汚す。
彼女が「奇跡」と称して見せていた光は、もはや一寸先を照らすことすらできない。
「嫌……嫌よ! 私は聖女なの! 民衆が外で待っているのよ、私の『恵みの光』を!」
聖堂の外からは、地鳴りのような怒号が聞こえてくる。
飢え、凍え、未来を奪われた民衆たちが、偽りの聖女に最後の一線を超えようとしていた。
「マリス……! 貴様、まだそんなところにいたのか!」
聖堂の扉が乱暴に蹴破られた。
現れたのは、ヴァロワから「管理人」としての屈辱的な契約を飲まされた、ジュリアン王子。
――「動」。
彼の顔は、憎悪と後悔で歪みきっていた。
「ジュリアン様! お助けください! 道具が……道具が壊れてしまったのです!」
「道具だと? ……やはり、貴様の力はすべて偽物だったのだな!」
ジュリアンがマリスの細い腕を掴み、床に叩きつけた。
かつて愛おしげに彼女を抱いたその手は、今や最大の「損失」を招いた元凶への暴力へと変わっている。
「お前のせいで、私はアイリスを失った! お前が『自分こそが真の聖女だ』と囁いたから、私は国を、主権を、すべてをあの方に売り払う羽目になったんだ!」
「な……にを……。あなただって、私の体を求めて、あの方を追い出したじゃない……っ!」
「黙れ! 賤民が!」
醜い罵り合い。
愛などという実体のない負債で結ばれた二人の、あまりに無残な貸し剥がし。
その時、聖堂の大窓を突き破り、一つの石が投げ込まれた。
「――聖女を出せ! 偽物を引きずり出せ!」
「パンをよこせ! 寒さを止めろ! アイリス様を返せ!」
群衆が、ついに王宮の守りを突破したのだ。
一方、その頃。
ヴァロワ王国の暖かいテラス。
私は、リンが淹れた最高級の紅茶に、一滴の蜂蜜を落としていた。
「……アイリス様。アステリア王宮、暴徒による占拠が始まりましたわ。マリスは現在、地下の食糧庫へ逃げ隠れた模様です」
「……あら。あそこにはもう、カビの生えたジャガイモすら残っていないはずですけれど」
私は、優雅にカップを口に運んだ。
【予測:マリスの生存率。3%以下。……まあ、死ぬよりも辛い『清算』が待っているでしょうね】
かつてマリスが私に言った言葉を思い出す。
『お姉様、時代は変わるのですわ。あなたはもう、古い骨董品なの』
そうね。
時代は変わったわ。
私は「骨董品」としてではなく、この世界の「基軸通貨」として、新しく定義されたのだから。
「陛下。……あちらの『整理』が終わったら、次はあの肥沃な南部領を、私の庭園に造り替えてもよろしくて?」
隣で地図を眺めていたゼオン陛下が、不敵に笑う。
「貴様の好きにしろ、アイリス。……アステリアの残党ごと、貴様の足元に敷き詰めてやろう」
アステリア王国の断末魔。
それは、私の新しい帝国の、心地よい子守唄に過ぎなかった。
マリス、ついに民衆の審判の場へ。
彼女を支えていたのは「愛」でも「奇跡」でもなく、アイリスが残していた「魔力の貯金」だったのです。
その貯金が底をつけば、残るのは莫大な負債だけ。
「ジュリアンの責任転嫁が最高に醜い!」「アイリス様、紅茶を飲みながらの報告、優雅すぎる」
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次回、第15話「空虚な祈り」。
地下に追い詰められたマリス。そして、彼女を救うために(?)現れたアイリスの、残酷なまでの「温情」とは。




