第12話:市場の支配者
香るのは、新しい紙幣のインクと、ヴァロワ特産の香料が混じった、勝者の匂い。
ヴァロワ中央銀行、その大広間。
そこは今、大陸中の大商人が集う「審判の場」と化していた。
【鑑定対象:集結した商人たち。総資産額:金貨500万枚相当。……悪くない「獲物」たちね】
私の「眼」には、彼らの懐にある資産のすべてが、透明な数字となって透けて見える。
「アイリス様。……アステリアの御用商人たちが、面会を求めて外で騒いでおります」
リンが影の中から、冷徹な報告をもたらす。
「騒がせておきなさい。……彼らにとっての『信用』は、もう期限切れですわ」
私は、ゼオン陛下から贈られた、深紅の魔石をあしらった椅子に深く腰掛けた。
――「静」。
扉が開かれ、選ばれた商人たちが一斉に入室する。
彼らは皆、かつてはアステリア王国の潤沢な魔力資源に群がっていたハイエナたち。
だが今、彼らの顔にあるのは、沈みゆく泥船から逃げ出そうとする必死な形相だ。
「アイリス様! どうか、我が商会とも『ヴァロワ新金貨』の取引を!」
「アステリアの紙幣など、もう重しにもなりません! 全額、ヴァロワに預け替えます!」
――「動」。
口々に叫び、私に媚びへつらう男たち。
中には、かつて私が追放される際、馬車の手配すら拒否して私を嘲笑った「商売敵」も混じっている。
「皆様。お静かになさい」
私が扇子を一つ、机に叩きつける。
パチン、という鋭い音が、罵声の渦を瞬時に切り裂いた。
「取引を希望されるのは結構ですわ。ですが……私の『帳簿』には、皆様がこれまでアステリア王国にどれほど加担してきたか、すべて記されておりますの」
私は、リンが差し出した巨大な黒い名簿を、これ見よがしにめくってみせる。
「ガレノス商会。アステリアの軍部に、武器を横流ししましたわね?」
「そ、それは商売として……!」
「バルトロ商会。私の『稀血』を狙って、公爵家に刺客を雇う資金を貸し付けましたわね?」
「な、なぜそれを……っ!」
商人たちの顔から、一気に血の気が引いていく。
【変動値:商人の信頼度。100から一気に5へ。……破産確定ね】
「私は、私を害しようとした者に、富を分け与えるほど慈悲深くはありません」
私は、冷めた微笑みを浮かべた。
「本日、ここにお集まりの皆様のうち、三分の一の方は『取引禁止リスト』に登録させていただきました。……即刻、ヴァロワから退去なさい」
「そ、そんな! それは死ねと言っているのと同じだ!」
「ええ。経済的な『死』を。……あなたたちが私に与えようとしたものと同じ味を、噛み締めるとよろしいですわ」
リンが音もなく動き、リストに載った商人たちを無慈悲に引きずり出していく。
残された商人たちは、もはや呼吸することさえ忘れたかのように、震えながら私を見つめていた。
「さて。残された皆様には、素晴らしいニュースを差し上げます」
私は、一枚の地図をテーブルに広げた。
アステリア王国の全土が、赤いバツ印で埋め尽くされている。
「明日より、アステリア王国への『全物資の輸出』を禁止いたします。……鉄も、魔石も、そしてパン一斤すらも。あちらへ流そうとした者は、ヴァロワ新金貨の使用権を永久に剥奪します」
「……っ、経済封鎖、ですか……!?」
「いいえ。……『清算』です」
私は立ち上がり、窓の外――はるか南のアステリアの方向を見据えた。
ジュリアン。お父様。
あなたたちが今、どんなに金を積もうとも。
世界から、あなたたちに売るものは何一つありませんわ。
金を持っていても、何も買えない。
王冠を被っていても、誰も従わない。
その「空虚な地獄」こそが、私からの最初のプレゼントです。
翌日。
アステリア王国の市場では、唯一残されていたパン屋の店主が、客にこう告げた。
「――悪いな。アステリアの金貨じゃ、このパンの耳すら売れないんだ。……ヴァロワの金貨を持ってきてくれなきゃ、商売にならないんだよ」
その瞬間、アステリア王国という巨大な巨人が、内側から音を立てて崩れ落ちた。
アイリスによる「経済封鎖」。
剣を使わず、相手を物理的・精神的に干上がらせる……。
これこそが、自らの足で立つ「強いヒロイン」の戦い方です。
アステリア王国、ついに国民すらも自国の通貨を信じなくなりました。
ジュリアン王子の絶望した顔が、すぐそこまで迫っています。
「アイリス様の独裁っぷりが最高にクール!」「アステリアの没落が早くて気持ちいい」
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皆様の応援が、アイリスの『経済帝国』をさらに盤石なものにします。
次回、第13話「主権の競売」。
ついにアステリアの王族が、プライドを捨ててヴァロワへ「直接」物乞いにやってきます。
アイリスは、彼らにどんな『屈辱の契約』を用意しているのか――。




