第10話:私を買いなさい、陛下
――信じられない。
アステリア王国の特使団が、ヴァロワの拝謁の間に足を踏み入れた瞬間。
彼女たちの瞳に宿っていたのは、場違いな「傲慢」と、隠しきれない「困窮」だった。
「……な、何なのよ、この国は。鉄錆の匂いしかしない野蛮な国だと聞いていたのに」
ひそひそと、扇子の陰で毒を吐くのは、侯爵令嬢のステラ。
かつて、私の婚約破棄の夜に、真っ先にマリスへ擦り寄り、私のドレスにワインを零した女。
彼女たちが纏うドレスは、一見華やかだが……。
【分析対象:ステラ・フォン・ベルン。装飾:三年前の型。宝石:模造品。……資金繰りが、相当苦しいようね】
私の「眼」は、彼女たちの虚飾を瞬時に剥ぎ取っていく。
「ヴァロワ国王陛下。アステリア王家より、親書を預かって参りました」
特使の代表が、仰々しく膝をつく。
玉座に座るゼオン陛下は、退屈そうに頬杖をつき、その視線を「隣」へと向けた。
「……俺に渡すな。この国の『鍵』を握っているのは、彼女だ」
ゼオン陛下の指し示す先。
私は、ゼオン陛下の隣、一段低い位置に置かれた黒檀の椅子に、優雅に腰を下ろしていた。
纏うのは、あの「夜影織り」をさらに私の血で磨き上げた、深淵の如きドレス。
「――お久しぶりですわね。皆様」
私が静かに声をかける。
――静寂。
特使団の令嬢たちの顔が、一瞬で土気色に変わった。
「あ……ア、アイリス……!? なぜ、あなたがここに……っ!」
ステラが、淑女の嗜みを忘れて絶叫する。
――「動」。
「アイリス・フォン・アステリア……。いいえ、今はただのアイリスですわ。ヴァロワの『影の財務官』を務めさせていただいておりますの」
私は、リンが捧げ持つ銀のトレイから、一通の書類を取り出した。
「ジュリアン殿下からの親書、拝見しましたわ。……『魔石の代金の支払いを、さらに一年猶予せよ』。……ふふ。笑わせてくださる」
「な……何を笑うのよ! あなた、自分がどこの国の人間か忘れたの!? 恩知らずな泥棒猫が!」
ステラが顔を真っ赤にして詰め寄る。
だが、その前にリンの「夜影」の如き刃が、彼女の喉元に突きつけられた。
「……ひ、ひぃっ!」
「下がりなさい。陛下の前、そしてアイリス様の前です。その無礼、命で購うつもりかしら?」
リンの冷徹な一言に、ステラは腰を抜かしてその場に崩れ落ちた。
「ステラ様。市場原理というものをご存知かしら? 支払いの滞った顧客に、さらなる融資を続ける馬鹿はいませんわ。……猶予が欲しいのなら、相応の担保を差し出しなさい」
「た、担保……?」
「ええ。アステリアの『南部の港の租借権』。そして……」
私は、わざとらしくステラの指に光る、模造品の指輪を見つめた。
「……あなたの実家が管理する、王立図書館の『禁書庫の鍵』。それらを差し出すというのなら、考えて差し上げてもよろしくてよ?」
「そんな……! それは、国の心臓部じゃない……! 狂っているわ、あなた!」
「狂っているのは、私ではなく、支払うあてもなく贅沢を続けた、あなたたちの王子ですわ」
私は立ち上がった。
ドレスの裾が、死神の羽音のような音を立てる。
「お帰りなさい、ステラ様。ジュリアン殿下に伝えなさい。……『私を買い叩くつもりなら、まずは自分たちの身包みを剥いでからになさい』と」
「……っ、この……! 覚えていなさい!」
捨て台詞を残し、無様に逃げ出していく特使団。
その背中に、私は慈悲なき一言を投げかけた。
「ああ、それから。……アステリアの通貨は、明日からヴァロワでは使用禁止にいたしましたわ。お帰りの馬車の代金、足りるとよろしいですわね?」
絶望の悲鳴。
それが、私の新しい執務室に響く、最高のBGMだった。
アイリス、かつてのライバルたちを言葉一つで粉砕しました。
「静」のアイリスと「動」の令嬢たち。
格の違いは、もはや埋めようもありません。
アステリア王国、ついに国家の主権すら売り払う瀬戸際に立たされています。
「ステラの腰抜け顔が目に浮かぶ!」「リンちゃん、ナイスガード!」
そんな感想をお持ちの方は、ぜひ評価【☆☆☆☆☆】とブックマークで応援をお願いいたします。
皆様の応援が、アステリア王国の「崩壊速度」を速めます。
次回、第11話「最初の金貨」。
ヴァロワ中央銀行、ついに設立。アイリスが独自の「紙幣」を発行し、世界の経済を完全に掌握し始めます。




