第1話:華やかなる断罪の夜
はじめまして。あるいは、ごきげんよう。月花いとはです。
本作は、徹底した「因果応報」と、主人公が自らの才覚で世界を跪かせる「成り上がり」を描く物語です。
「信じていた者に裏切られる絶望」を、「自分がいなければ何もできない愚か者たちの悲鳴」で塗り潰す。そんな心地よいカタルシスを皆様にお約束いたします。
それでは、断罪の幕を開けましょう。
豪奢なシャンデリアが、眩いばかりの光を床に落としている。
アステリア王国の建国記念パーティー。
芳醇な薔薇の香りと、高級な葉巻の匂い。着飾った貴族たちの笑い声。
そのすべてが、一瞬にして凍りついた。
「アイリス・フォン・アステリア! 貴様との婚約を、今この時をもって破棄する!」
広間の中央。
第一王子、ジュリアンが喉を震わせて叫ぶ。
その隣には、可憐な桃色のドレスを纏った少女、マリスが縋り付いていた。
視線。
好奇。
嘲笑。
針のような沈黙が、私――アイリスの全身を刺す。
だが。
……静かだわ。
私の心は、驚くほど凪いでいた。
私はゆっくりと、扇子を閉じた。
パチン、と乾いた音が、静寂を切り裂く。
「……理由を、お伺いしてもよろしいでしょうか。ジュリアン殿下」
私の声は、低く、冷たく、どこまでも明瞭だった。
対照的に、ジュリアンの顔は醜く赤らんでいる。
「しらばっくれるな! 貴様はマリスを『稀血』の聖女ではないと蔑み、陰湿な嫌がらせを繰り返した! 真の聖女たるマリスを害そうとする不埒な輩など、わが国の王妃には相応しくない!」
ジュリアンの指が私を指す。その指先が、怒りと興奮で微かに震えていた。
隣でマリスが、わざとらしく瞳を潤ませる。
「アイリス様……私、怖かったんです。あなたが、私を地下室に閉じ込めようとしたこと……」
嘘。
真っ赤な、そして安っぽい嘘。
私には、見えている。
幼い頃から、私には「価値」が視覚化されて見えていた。
人の嘘。土地の寿命。そして、国の「先行き」。
今のジュリアンの頭上に見える数字は、底なしの赤字。
マリスという娘の価値は、メッキが剥げかかった模造品のそれだ。
「証拠は、ございますの?」
「黙れ! マリスの涙が、何よりの証拠だ!」
ああ。
この男は。
一国の王子でありながら、感情という名の不良債権を、事実という資産よりも優先させた。
私は周囲を見渡した。
私の実父であるアステリア公爵は、既にマリス側に付いている。
彼は私の瞳を見ようともせず、ただ忌々しげに吐き捨てた。
「アイリス。我が公爵家の名を汚した貴様を、本日をもって除名とする。……稀血の恩恵を独占し、傲慢に振る舞った罰だ」
独占。
その言葉に、胸の奥で何かが冷え切った。
代々、わが家の女に受け継がれる「稀血」。
それはこの国の結界を維持し、農地を肥やすための、いわば「魔法的な国家インフラ」だった。
私は毎日、指先を切って血を捧げ、この国の繁栄を支えてきた。
それを。
独占、と。
私の視界の隅で、マリスが隠し持っていた「模造魔道具」が淡く光っている。
私の血の力を一時的にコピーし、さも自分に力があるように見せかける、粗悪な装置。
……そう。
あなたたちは、本物を捨て、偽物を選んだのね。
ならば、清算いたしましょう。
「分かりましたわ。……殿下。そして、お父様」
私は優雅に、完璧な動作でカーテシーをした。
ドレスの裾が、絹擦れの音を立てる。
「婚約破棄、並びに国外追放。謹んでお受けいたします」
「フン、潔いな。だが、そのドレスと宝飾品は、アステリア家の資産だ。置いていけ」
ジュリアンが冷酷に告げる。
広間に失笑が漏れる。
着の身着のまま、裸同然で放り出せという、最低限の敬意すら欠いた命令。
「……ええ。お望みのままに」
私はその場で、首飾りに手をかけた。
最高級のルビー。
イヤリング。
そして、ティアラ。
一つ、一つ。
床に置いていく。
硬い音が響くたび、私の心から「未練」という名の負債が消えていく。
最後に、私は自分の腕を薄く覆っていた、魔力制御のためのレースの手袋を脱いだ。
その瞬間。
会場の気温が、数度下がったような錯覚に陥る。
「あら。……もう、空気の質が変わりましたわね」
私は静かに微笑んだ。
供給を止めたのだ。
当然の結果。
「何をブツブツと……! さっさと出ていけ、この犯罪者め!」
衛兵が私の腕を掴む。
引き立てられるようにして、私は豪華な広間を後にした。
背中越しに、ジュリアンとマリスの、勝利を確信した高笑いが聞こえる。
雨が降っていた。
城門の外。
泥水が私の白い脚を汚す。
破れた薄い下着同然の姿。
だが、私の瞳には、絶望など微塵もなかった。
空を見上げる。
私の「経済の眼」が、アステリア王国の頭上に輝く巨大な数字を捉えていた。
それは、急降下していく折れ線グラフ。
――信用格付け:E(破綻寸前)。
――国家資産価値:マイナス成長。
私を捨てた。
この国を支えていた、唯一の「価値」を。
「……さようなら、アステリア王国」
私は泥を啜るような惨めな足取りで、しかし心は誰よりも高く、隣国への道を歩み始めた。
三ヶ月。
いえ、一ヶ月もあれば十分かしら。
あなたたちが、自分たちの「選択」がどれほどの損失だったか。
血を吐きながら理解する日は、すぐそこまで来ている。
私は、私だけの帝国を築く。
跪いて許しを請うたところで、もう、買い戻せる(リデンプション)ような価格ではありませんわよ。
銀髪を濡らす雨が、いつしか黄金の雨に見えた。
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次回、第2話「泥を啜るドレス」。
彼女が隣国の王と出会い、世界を買い叩く契約を結ぶまで。
当面の間は1日3話投稿予定です。
どうぞお見逃しなく。




