出会い.3
出来上がった朝餉を、初音は居間へと運ぶ。
居間は厨から上がりすぐで、八畳ほどの部屋の真ん中には長方形の机が置かれている。
そこに向かい合うようにして、座布団が敷かれていた。
初音がご飯をよそい、帆澄が「ありがとう」とそれを受け取る。
なんだか妙な心地がし、初音がそわそわと落ち着かないでいると、味噌汁を口にした帆澄がほぉ、と息を吐いた。
「うまい」
「えっ?」
「正直、料理がここまで上手だと思っていなかった」
箸が筍の煮つけにも進む。昨日の今日で充分な品数が用意できなかったが、気にしているそぶりはない。少ないおかずにも関わらず、帆澄の箸は良く進んだ。
その様子に初音はほっと肩の力を抜く。意に反する結婚であるが、帆澄は終始おだやかに接してくれる。会ったばかりの男と暮らすのにはまだ抵抗はあるが、それなり生活できそうだ。
とはいえ会話が弾むわけではない、無言のままでいるのが気まずく、初音は思い切って凍馬ついて聞くことにした。
「宮應では、いつもあのように妖と親しいのですか?」
「親しく見えたか?」
「はい、とても。棟馬は印を結んでいると思えないほど自由に振る舞っていました」
主人に言い返したり、ふざけたりとまるで帆澄の友人のようだ。
居間から庭に目をやると、池の縁に座って魚に餌をやる棟馬がいた。楽しそうに笑っている。
「宮應と八重樫ではそもそも妖に対する考え方が違う。それでも棟馬は例外だろうな。あれは自由が過ぎる。八重樫の人間にとっては違和感があると思うし、俺のように振る舞うよう強要するつもりはない。ただ、妖については俺は俺のやり方を通させてもらう」
「分かりました。凍馬については、そういうものだと受け止めます」
「それは助かる。ただ、もしよければだが、気が向いたら棟馬と話をしてくれないだろうか?」
「妖と会話、ですか?」
八重樫では基本、印を結んだ妖は言葉を発しない。ただ命じられた仕事をするだけで、そこに意思の疎通はないので、今まで会話を交わしたことはない。これもまた、八重樫と宮應の違いなのだろう。
「強制はしないが、そうしてもらえると嬉しい。心に留めおいてくれないか?」
「はい」
小さく頭を下げると、リボンが頭の後ろで揺れた。
そのリボンに帆澄が一瞬複雑な表情を覗かせたが、すぐに元に戻ると、先程と同じように筍を頬張った。
「おかわりはあるだろうか」
「はい。お茶碗を貸してください。お入れします」
どうやら食事を気に入ってくれたらしい、受け取った茶碗におひつからご飯をよそう。多めに炊いたが、明日からはもう少しあったほうがいいだろう。
帆澄の食欲は朝から旺盛で、ご飯を二度もおかわりをし、おかずもすべて平らげた。
初音は空になった器を厨に運び洗い物を済ませると、前掛けで手を拭きながら勝手口を出て庭へと足を向ける。
何かを探すように首を伸ばしていると、頭上で声がした。
「もしかして、俺を探している?」
見上げれば、屋根の上で胡坐をかいた棟馬が初音に手を振っていた。
「いい天気だよ。こっちに来る?」
へらっと笑うその顔は、もはや妖には見えない。初音の知っている妖は暗い目をし、重苦しい妖気を纏っているが、棟馬は陽気で明るかった。
「‥…ええ。分かったわ」
「へっ?」
本当に来ると思っていなかったのだろう。棟馬から間抜けな声が出た。初音はそれを無視して二階の自室に行くと、窓を開け屋根に出る。そのまま危なげなく歩いて棟馬の横までやってきた。
「本当に来ると思わなかった。さすがの身のこなしだね」
棟馬は、まぁ、座りなよと瓦を叩く。婚約を結んだ帆澄より馴れ馴れしいほどだ。初音は躊躇いつつ、腰を下ろした。
「で、俺に何か用? 好物は魚の煮物で、卵焼きは甘いものが好きだ」
次からは自分の分も作れというのだろうか。悪いが、初音にそのつもりはない。
嬉しそうに身体を左右に揺らす凍馬を、初音はキッと睨んだ。
「帆澄様に、棟馬と話すよう言われたから」
言われたから来たが、妖と並んで話をしているなんて、違和感しかない。
「それで来てくれたんだ。素直というか純朴というか。そこは箱入り娘なんだな」
はは、と棟馬は屈託なく笑う。そんな棟馬に嫌味たっぷりに「妖も笑うのね」と言えば、棟馬は目をくりくりさせて「そこからかぁ」とへらっと笑った。
「楽しければ笑うし、辛ければ泣く。俺たちは人と変わらない。ま、八重樫の人間にこんなこと言っても信じられないだろうが」
「当たり前でしょう」
「じゃ、奥様にとって妖とはどんな存在なんだ?」
「私はまだ奥様じゃない。……妖は、悪しきもので封じるのが私の役目よ」
「つまり、奥様の目には、俺が悪しきものに映っているのかぁ」
棟馬がごろんと横になり空を仰ぐ。その顔がなんだか悲し気で、初音の胸がざわざわとする。
妖は悪しきもの。封じるもの。印を結んだ妖は使役のために生かしているにすぎない。
だから間違ったことは言っていないのに、心が落ち着かない。
棟馬の表情は人間と変わりなく見える。棟馬が特別なのか、それとも宮應と印を結んだ妖はすべてこうなのだろうか。
聞きたいが、聞くと初音を支えている何かがひっくり返りそうな気がして喉がつかえた。とりあえず帆澄に言われたとおり声を掛けたのだからもういいだろうと立ち上がる。
「もう行くのか? 奥様も一緒に寝転がって昼寝でも……あっ、これ以上言ったら帆澄に滅せられるな」
くつくつと笑う棟馬を初音はひと睨みする。
「わ、私はまだ、奥様ではないからっ」
「じゃ、初音ちゃんと呼んでいいか?」
「なっ!」
あまりの気安さに初音はもうどう答えていいか分からず、肩を怒らせ自室へと戻った。
そこでふぅ、と息を吐きしゃがみ込むと膝を抱える。
まるで人間のように笑った棟馬の顔が、脳裏から消えない。
自分が封じてきた妖も、彼のように笑っていたのだろうか。さざ波のようだった疑問が、胸の中で大きくなっていった。




