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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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7/22

出会い.2


 約束通り三日後の夜、荷物と一緒に帆澄の住む家に来た初音であったが、生憎帆澄は帝からの勅令留守だと言われてしまう。


 迎えてくれたのは本家から来た使用人で、初音の部屋や厨、風呂、厠といった一通りを説明すると、宮應の家に帰っていった。


 仕方なく青女房に荷入れさせると、初音は一人眠り、次の日、日の出と一緒に目を覚ました。見慣れない天井に違和感を覚えつつ「朝餉の用意をしなきゃ」と呟いて布団から出る。


 帆澄は帰っているのだろうかと思いつつ、藤色の袷に袖を通し、たすきで袖を押さえた。(ふか)蘇芳(すおう)色の袴の上から腰巻もつけ、身支度を整えたところで厨へと向かう。


 連れて来た青女房は、料理はできない。

 そもそも、妖の作った食事を口にしないのが八重樫の常識であった。


 その代わり、青女房は洗濯が得意だ。妖の血は人にとって毒となる場合もあるので、破魔の力のない使用人に触れさせるわけにはいかない。だからいつも青女房が汚れた着物をきれいに洗い上げ、ほつれや破れまでも直していた。


 さほど大きな家ではないし、使用人が案内してくれた部屋は綺麗に整頓されていた。これなら掃除も青女房一人いれば問題ないだろうと思う。


 そのかわり、料理は自分が請け負うつもりだ。


 帆澄の家があるのは帝都の中心部に近い場所だった。大通りから少し入ったその場所には、同じような造りの家が軒を連ねている。どの家も門から本邸までは三市丁、十五歩ほどで、暮らしに多少余裕のある者が住んでいる。


 それらの家構えと違うところといえば、玄関脇には車寄せがあり人力車が止められていることだろう。お抱えの車夫を雇っているのは、名家、旧家といった金持ちだけなので、そこはさすが宮應といったところだろう。


 庭の広さはこの辺りでは一般的で、数本の松や楓、金木製が植えられ手入が行き届いている。小さな池にある石の上では亀が首を伸ばしていた。ぱしゃんと跳ねた水音が聞こえたので、魚もいるようだ。


初音は二階の部屋を当てがわれたが、帆澄の部屋は一階だと聞いている。寝ているのか帰っていないのか、物音一つせず静かだ。


 厨に着くと下駄を履き、まずは竈に火を起こす。


 祖父母が亡くなり、どことなく家に居場所がないと感じるようになった初音は、勅令がない日は厨に良く顔を出していた。


 使用人たちは「手伝いなんてさせれない」と首を振ったが、一人、初音の子守り役だった女性だけは、あれやこれやと教えてくれ話し相手となってくれた。


 そのおかげで料理は一通り覚えたし、寧ろ好きだ。


 竈の火具合を見つつ、水瓶の水を使って米をとぎ、筍の煮物と干し大根の味噌汁を作る。


 トントン、と小気味いい音を鳴らしていると、背後で人の気配がした。


 振り返った先では、寝起きだろう帆澄が寝間着に羽織姿で立っていた。


「おはようございます」

「……おはよう。どうして初音さんが料理をしている? 妖を連れてきたのではないのか?」

「だって、妖が作った料理を口にするわけにはいきませんでしょう?」


 当たり前のように答えた初音に、帆澄は軽く目を見開き、やや緩慢なしぐさで頷いた。


「そうか。八重樫ではそうなのだな」

「あの、なにか?」

「いや、なんでもない」


 はっきりしない物言いに、初音が少々きつめの口調で問えば、帆澄はあっさりと首を振り話を変えた。


「いい匂いだ」


 帆澄は下駄を履き土間に降りると、くつくつと煮ている鍋に目をやる。筍がいい塩梅に茹っていた。


 結納の儀よりあと、顔を合わすのはこれが初めてだ。何と言えばいいのかと悩んでいるのは初音だけではないようで、帆澄も思案気に顎に手を当てている。沈黙が少々気まずい。


 暫く所在なさげに宙を彷徨っていた帆澄の視線が、ふと初音の髪留めで止まった。

 後頭部に結わえた髪にやや大ぶりのリボンを結んでいたのを思いだした初音が、それに触れながら尋ねる。


「装飾は、やめたほうがいいでしょうか?」

「……いや、女性が身に着けるものに口出しするつもりはない。好きにしてくれ」


 どこか本心とは思えぬ口調に感じた。でも、そう聞こえたのは初音が抱く後ろめたさからかもしれない。


 朱鷺色のリボンは、出立する日に春人が餞別にとくれたものだった。「僕との縁は破談となったが幸せになって欲しい。お守りとしてずっと身に着けてくれると嬉しいです」という言葉が嬉しかった。


 もと許婚のくれた品をこのように大切に思うのが不義なのは分かっているが、今はこのリボンをはずす気にはなれない。


 帆澄はそれ以上リボンには触れず、少々改まった口調で初音に告げた。


「この結婚は帝の勅命であって、俺たちの意志は関係ない。だから、初音さんの気持ちを無視して、子

を産む必要はないと思っている」

「えっ、でもそれでは、破魔の力が途絶えてしまいます」


「八重樫一族にも破魔の力を持つものがいる。心配はない。俺は牛馬のように番にさせられ、自分の意思に反して子供を作らせようとする傲慢な考えが気にいらない。とはいえ、縁があって夫婦となったのだから、まずはお互いを知ってそれからどうするかを考え……」

「分かりました」


 帆澄の言葉を、初音が遮る。


(帆澄様もこの結婚に納得をしていないんだ)


 いきなり結婚しろと言われ、子供を作るのが使命だとされ、不本意なのは彼も同じなのだろう。初音が感じている憤りと虚しさを、目の前の男も感じているはず。


「帆澄様が形だけの夫婦関係を望んでいること、承知いたしました」

「うん? い、いや。ちょっと待ってくれ。そういう意味ではないような……」


 慌てたように帆澄が首を振る。必死に何か伝えようと口を開くも、なぜか二の句が続かない。どう説明しようかと考えあぐねる帆澄に、初音が怪訝に眉を寄せた。と、そのとき


「あっ、こんなところにいたか」


 勝手口の扉が開き二十代半ばの男が現れた。

 肩までのくせ毛は無造作に首の後ろで纏められ、黒い長着を着流している。背丈は帆澄よりも大きい。


 その人非ざる気配に、彼が帆澄と印を交わした妖だと察する。

 八重樫が印を交わす妖は数種類。だが、目の前にいる妖はそれらとは違うように思う。妙な違和感を覚えるが、他家が印を結んだ妖に会うのはこれが初めてなので、気にしないことにする。

 帆澄は話の腰を折られやや不満気にしながらも、初音に彼を紹介した。


「この家の雑事を手伝う棟馬だ。何でも用を言ってくれ。むしろこき使ってくれていい」

「酷いな。ま、頼まれればなんでもするが」

「それにしても、突然現れるな。初音さんが驚くだろう」

「八重樫の次期当主とされていた娘が俺ごときに驚かんだろう。それにお前がずっと気にかけていた娘を見た……ぐふっ」


 帆澄が棟馬の腹をぐっと殴った。ぎょっとする初音の前で、意外なことに棟馬は「痛い」と文句を言いながら笑う。印を結んだ妖は人間に従うものだ。それなのに、二人の関係は旧知の仲のように見える。


 ちょっと耳が赤くなっている帆澄を揶揄う棟馬を、初音は呆然と見る。こんな風に人間と関わる妖を、今まで見たことがない。これが宮應と妖の関係なのだとしたら、八重樫とは随分と違う。


「……あっ! 吹きこぼれてしまう」


 二人の様子に呆気に取られていたせいで、いつの間にか鍋が吹きこぼれそうになっていた。


 急いで火からおろして蓋を上げる。焦げていないとほっとしたところで、米の火加減もしなくてはと思い出した。ばたばたと忙しなく動く初音の後ろで、呑気な凍馬の声がする。


「これは久々に美味い飯が食えるんじゃないのか? 帆澄の作る料理は食えるが味はちょっとなぁ」

「お前が作るよりましだ。言っておくが、飯は二人分だ」


 えっ、と初音の手が止まる。目を丸くする初音の前で、二人はお互いの料理を批判しながら立ち去っていった。


「帆澄様が作る? 妖の作った物を食べている?」

 どちらも信じられないことで、初音はふたりがいた場所を呆然と眺めた。


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