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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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新しい生活.3


 翌日、厨で朝食の片づけをしていた初音に、棟馬が声をかけた。


 青女房も加わり三人でひそひそと相談し、庭先で準備をしていると、帆澄が縁側に姿を現した。歩けるほどに回復したようだ。

 手ぬぐいを頭に被った初音が声を掛ける。


「帆澄様、お加減はどうですか?」

「あぁ、もう大丈夫だ。急に暖かくなり春めいてきたな」


 寝間着から袷の着物に着替えた帆澄が、両手を挙げて伸びをする。

 やや右腕が上がりきっていないが、痺れもほぼ取れたようだ。


「ちょうど良かったです。今から棟馬と蓬生餅をつこうと思っていたのですよ」

「おう、それは楽しみだ」


 初音の無邪気な笑顔に、帆澄が目を細める。二人の間にある空気が以前より親密に感じられ、棟馬はにまにまと口をにやけさせる。


「初音さま、もち米が炊き上がりました」


 涼がもち米を入れた木桶を両手で抱え厨から出てきた。帆澄と目が合うと、小さく頭をさげる。


「これは見違えた。初音さんが青女房に名を聞いたのか」

「はい。涼から悪しき気配は感じませんでしたので」


 妖にとって名前は特別だ。主人に固有名を呼ばれることにより、その姿をはっきりさせる。それは弱い妖ほど顕著だった。強い妖は名前など関係なく、自身の妖力で姿を形作れる。

 今まで「青女房」とひとくくりにされてきたが、初音に名を呼ばれたことで、涼の容姿は帆澄の目にも変わって移った。


 帆澄は沓脱石にある草履を引っかけ庭に下りると、初音のもとへやって来る。


「生まれたときから教わった価値観はなかなか変えれるものではない。だから無理強いするつもりはなかったが、こうもすんなり馴染むとは。初音さんは強く柔軟だ」

「強さ、は関係ないと思いますが」


 不思議そうな初音に、帆澄は苦笑いで首を振る。


「価値観を変えるのは、今までの自分を否定するに等しい。それは辛くて苦しいゆえ、新たな考えを受け入れられず我を通すものを俺は幾人も知っている。素直でしなやかなのは初音さんの長所だ」


 昨日に続く賛辞に、褒められ慣れていない初音はうろたえてしまう。どう返答しようかとおろおろしていると、棟馬が現れ帆澄の首に手を回した。


「だから、そういうのは二人きりの時にしてくれないか?」

「どうしてだ。長所を褒めるのに人前も二人きりもないだろう?」

「お前は自分がどんな面構えをしているか、分かってないだろ。無意識に甘さを垂れ流すってどれだけたちが悪いんだか」


 呆れたように棟馬が目を眇める。帆澄が鬱陶しそうに首に回された腕をどけた。

 そんな二人を横目に涼がもち米を臼にいれ、一度厨に戻ると蓬生を持って戻ってくる。

 蓬生は水で良く洗い、灰をとるため水にさらしてからさっと茹でた。冷めたところで、刻みすり鉢で擦り潰している。


 茎が硬いので棟馬の力も借りた。どろりとしてきたら下準備は完了だ。

 棟馬が蓬生ともち米を混ぜるように杵でこねたあと、気合の入った声をあげる。


「では、やるぞ」


 ぺたん、と良い音が庭に響いた。

 手に水をつけた涼が、合いの手のように餅を持ち上げ折りたたむと、再びぺたんと音がした。それが何度も繰り替えされる。


 小気味よい音が庭先に響く。凍馬はもちろんだが、涼もどこか楽し気だ。

 じっと見つめていたからだろう、汗を拭うのに手を止めた棟馬と目が合った。


「初音ちゃん、やってみる?」

「いえ、私はいいわ」


 初音が微笑みながら、はっきり拒否を示す。それなのに、やはり棟馬はしつこい。


「大丈夫、初音ちゃんの手はつかないって」


 ほらほら、と涼をどかせ臼の前に初音を連れていく。にこにこと嬉しそうにされると、初音としても断りにくい。

 仕方なく傍に置いていた水の入った桶に手を入れると、帆澄が棟馬から杵を取り上げた。


「身体がなまっている。少し動かしたい」

「本当にそれだけが理由か?」

「そうだ、おまえはあっちに行っていろ」


 棟馬が離れたところで、帆澄は杵を振り上げた。大丈夫かと心配する初音の前で、危なげなく帆澄がぺたんと餅をつく。慌てて初音も餅に手を伸ばした。

 餅はずっしりと重く、柔らかく、温かい。


 餅つきは初めてで、見よう見まねで下側から上へとこねると、帆澄がまた杵でつく。

 慣れない初音に合わせているからか、棟馬たちに比べると随分ゆっくりとしている。


 あまり遅くては餅が固くなってしまうが、棟馬も涼も何も言わず嬉しそうに二人を見守っていた。

 餅がつき上がったところで木桶に移し、縁側で丸める。

 涼が仕込んでくれた小豆で、餡子も作ってあった。蓬生に餡子、最高の組み合わせだと初音の口角が上がる。


「やけに嬉しそうだな」


 すかさず帆澄に指摘され、初音はあっ、と頬を赤らめ恥ずかしそうに肩を竦めた。


「実は、蓬生餅も餡子も大好きなんです」


「知っていた。だが、つきたては食べたことがないんじゃないか?」


 この時期、八重樫の家では餅をつく。だけれど、妖を封じるのに忙しい初音は、つきたてを口にする機会がなかった。

 父と春人、使用人でついたという餅を、一人居間で食べていたのを思い出す。

 そんな寂しさまで共有してくれていたのだとしみじみする初音の横で、帆澄がしまったとばかりに顔を歪ませた。


「すまない。初音さんの日常を覗き見していたわけではないのだ。だが、初音さんがいつ勅令を受けるか分からないので、どうしても、止む無くたまに、生活を垣間見る瞬間があって、だな」

「はい。見守ってくださっていたのですよね」


 しどろもどろの帆澄に、初音はにこりと微笑む。その無邪気な笑顔が、却って帆澄の良心を痛めるともしらずに。

 痛む胸元をぐっと押さえた帆澄の背中を、棟馬がばしりと叩いた。


「初音ちゃん、怒っていいんだよ。覗き見なんて紳士の風上にもおけない悪行だ。いやらしいにもほどが……いたっ」


 今度は帆澄が棟馬の頭を叩く。べしっといい音がした頭を撫でながら、棟馬が口を尖らせた。


「本当のことじゃないか」

「決して、断じて、そのようなことはない」

「いやいや、それは無理があるだろう」


 睨み合う二人の前に、呆れ顔の涼が皿を並べる。


「お二入りとも良ければお召し上がりを。お腹が空いているから、喧嘩するのですよ」

「いや、涼、これは喧嘩では」

「やった。餡子までつけてくれているぞ」


 棟馬が嬉々として餅をつまみ頬張ると、心底おいしそうに頬を緩めた。

 涼が初音にも皿を手渡す。こちらにはちゃんと箸も添えられていた。


「どうぞ、お召し上がりください」

「ありがとう」

「うまかった」


 すでに食べ終えた棟馬が、目の前にあるさっき丸めたばかりの餅を一つ、追加で皿に乗せる。

 初音は餡子を餅にのせ、箸で持ち上げかぶっと口にする。とろーん、と餅が伸びた。なかなか切れないそれに苦心しながら咀嚼すれば、蓬生の良い香りが鼻から抜ける。

 ほくほくと温かく、柔らかい。頑張った甲斐があったと初音が頬を緩め食べる姿を、帆澄が目を細め見守る。


「帆澄、食べないのか? 俺がもらってやろうか?」

「食べるに決まっているだろう。元気になったら腹が減って仕方ない」


 棟馬が帆澄の餅に伸ばしてきた手を、帆澄が払い落とす。そうして左手でもちを摘まむと、大きく開けた口で半分頬張った。

 その食べっぷりに初音が目を見張る中、帆澄はさっさと咀嚼し残り全部口に押し込む。さすがに頬が膨らんだが、それもあっという間に平らげた。


「食欲があるのは良いことです」


 初音も残りの餅を口にする。餡子も甘すぎず、粒が残っていて初音好みだった。

 せっせと一人手を動かし餅を丸める涼にも食べるよう勧めると、心底嬉しそうな笑みが返ってきた。

 その顔を見て初音はふと思い立ち、前に座る帆澄に声をかける。


「帆澄様、お願いがあるのですが」

「なんだ?」

「長屋の妖にこの蓬生餅を届けたいのですが、いいでしょうか? あの時、せっかく祝ってくださったのに、私、飛び出してしまいました。お詫びにと考えたのですが、厚かましでしょうか」


 予想外の提案に帆澄は目を丸くしたのち、口角を上げた。


「いや、あいつらも喜ぶだろう。これを食べたら一緒に出かけよう」


 その会話を聞きながら、涼と棟馬はそっと目配せをする。

お互いに憎からず思っているのに、自分の感情に鈍感すぎるこの二人は、相当時間がかかるだろう。

 ゆっくり楽しもうと、妖二人の目は笑っていた。


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