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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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出会い.10


 長屋を飛び出した初音は、いつの間にか実家の近くまで来ていた。


 川風を受けながら土手を歩いたのは覚えているが、考えごとをしているうちに帆澄の家を通り過ぎたようだ。


 土手の右側には川へと降りる石階段がある。冬場は枯草が目立ったが、春の訪れと一緒に山菜が芽吹いていた。


 初音はその石階段を下り、大小さまざまな石が転がる河原までくると、手頃な石に腰を掛けた。

 ぼうっ、と川の流れを見ていると、つられるようにして昔の記憶が蘇ってくる。


 初めて妖を封じたときの記憶だ。


 父は妖を封じられない。当時当主であった祖父は、長年の無理がたたって腰を痛めていた。だから勅令が来たとき、祖父は初音に行くよう命じた。阿紫霊も封じられないと帝に思われたくないとうのが、その理由だ。


 訳も分からないまま一人阿紫霊と対峙した初音の足は震えていて、目から涙がぶわっと溢れた。七歳の少女は恐怖で限界まで追い詰められながらも、無我夢中で封じ紙を投げなんとか阿紫霊を封じた。


 それからも、何度も妖を封じてきた。


(だけれど、私が封じた妖は、その必要がなかったかもしれない)


 初音の脳裏に、先程見た妖の笑顔が浮かぶ。


(きっと、帆澄様の言ったことが正しいんだ)


 祖父から教わったことを否定するのは、今までの自分を否定するのと一緒だ。自分が封じた妖に、人に害を及ぼさないものはどれだけいたのだろうと考えると、手が震えた。


(八重樫の地位を守るためには、妖を封じた紙をたくさん帝に献上する必要があると言っていた。お爺さまは、妖であれば何でもよかったんだ)


 その考えに至り、胸が張り裂けそうになる。そうだとすると、初音は本当に八重樫を存続させるための道具だったことになる。


 心の中を冷たい風が吹いたように感じた。


 初音にとって、八重樫の当主となることが唯一の存在意義だった。


 美琴のように一人の女性として見てもらえなくても、当主となれば一門にとってかけがえのない存在になれる。それを心の支えに頑張ってきたのに。


 それなのに、今度は子を産む道具になれと言われた。


 初音は石の上で膝を抱え、そこに顔を埋めた。

 これからどうしていいか分からない。

 いっそのこと、破魔の力なんてなければよかったのにと思う。


 そうしたら、普通の娘として生きれたのに。

 美琴のように友達と遊んだり、出かける時間もできただろう。袴でなく着物で着飾ることもできたはずだ。


 春人ともまた違う関係が築けたかもしれない。


 なにより、妖と対峙する恐怖を感じなくてすむ。

 とめどなく溢れてくるのは、初音がずっと胸の中に押し込めていた感情だ。


 どろりとしたものが、腹の奥からこみ上げてくる。

 悲しかった、辛かった、悔しかった。それなのに、誰も助けてくれなかった。


 ぽつぽつと雨が降って来たかと思うと、それはすぐに豪雨に変わった。春の嵐とはこのこととばかりに、激しい雨が河原を打ち付ける。


 空が光り、落雷が響いた。初音は堪らず耳を塞ぐ。その音が、妖の断末魔に聞こえた。自分が封じた妖は、邪気があったのだろうか。助けてと言う言葉を無視して封じた自分は本当に正しかったのだろうか。


「もうやめて!」


 悲鳴に近い声が河原にこだまする。その時、どこからともなく声がした。


「邪気の香りがすると思って来たが、小娘か」


 男の声は近くの橋の下から聞こえてくる。目を凝らすと、橋影から数匹の阿紫霊と、人型の妖の姿が現れた。

 反射的に右手を伸ばし、そこに長刀がないことを思い出す。


(今日に限って置いてくるなんて)


 雨の中、姿を見せた阿紫霊の数を数えながら、懐にしまった封じ紙の枚数を思い出す。


(八匹。なんとかなりそうね)


 問題は、人型の妖だ。妖狐のうち人型になれるのは、白狐、空狐、天狐で、その中でも天狐は飛び抜けて妖力が高く初音では手出しできない。


(妖力から考え、白弧か)


 とすれば、勝てない相手ではない。ただ、封じ紙だけで白狐の攻撃を避けるのは至難の業。長刀がないのと八匹の阿紫霊が厄介だ。

 初音が懐から出した封じ紙に、白狐がぴくんと反応した。


「破魔の力を持つ者か。これは運がいい。破魔の力を持つものの邪気は普通の人間の何十倍も美味いからな」


 その言葉に初音は打ちのめされる。妖は邪気を喰らうと帆澄から聞いたが、白狐の発言でそれが真実だと裏打ちされた。


 あぁ、やはりそうなのかと眩暈を覚える。だけれど、ここで逃げ出すわけにはいかない。

目の前にいる白弧の目は濁り、邪気を吸っているのが禍々しい妖気から伝わってくる。人を害するものは封じなくては。


「最近、妖狐が多発していると聞いたけれど、お前が主犯ね」

「さぁ、どうであろう」


 男は腰まである銀色の髪を揺らし、赤い瞳を細める。着流しの着物の袖を上げると、阿紫霊が八匹同時に初音に襲い掛かってきた。


 初音は後ろに下がりつつ、真正面から来た二匹に札を投げ封じる。右側から飛び掛かってきた阿紫霊を身をかがめ除け、背後から襲ってきたものを封じた。


 だけれど、統制の取れた攻撃は息をつく間もなく。


 ピカッと空が光、大きな落雷が響いた。それと同時に右足に痛みが走る。雷に身を竦めた瞬間、右足を長い爪で引き裂かれたのだ。だくだくと血は流れ、初音はその場に蹲った。


(もうだめ)


 初音の前に、今度は地狐も現れる。狐の大きさの阿紫霊に対し、地狐は狼ほどの大きさがある。さらにその牙には毒もあり、かすっただけで致命傷になってしまう。


 白弧がにまりと笑うと、残りの阿紫と地狐が同時に飛び掛かってきた。


 初音が身を竦め頭を守るように手で覆う。


 噛みつかれるのだろうか、引き裂かれるのだろうか。かつて、阿紫霊によって食い散らかされた人の亡骸が脳裏に蘇り、身体が震えた。


 だけれど、いつまでたっても痛みも衝撃も襲ってこない。


 代わりに、バタッバタッと地面に叩きつけられる音がし、続いて獣のうめき声が聞こえた。恐る恐る顔をあげれば、そこには見覚えのある鮫文様の羽織がある。


「帆澄様!」

「大丈夫か」

「は、はい」


 どうしてここにいると分かったのかと疑問は浮かぶも、それ以上に心の底から安堵がこみ上げてきた。記憶にある限り、こうやって誰かに助けてもらうのは始めてだ。


 今までずっと一人で妖を退治してきた初音には、守ってもらった記憶がない。それなのに、以前にも同じことがあるように感じた。


 帆澄は腰刀を手にしている。どうやら羽織の下に隠し持っていたらしい。


「下がっていろ」


 腰刀を軸に破魔の力が集まり、二尺の日本刀へと形を変えた。それを帆澄が構え白狐を見据える。


(これが滅しの術)


 初めて見る術のはずなのに、見覚えがある気がする。

 穂澄に睨まれているにも関わらず、白弧からは余裕の笑みが消えない。それを訝しく思っている初音は、雨の中に血の匂いを感じた。自分のものだろうかと思うも、ヒヤリと嫌な予感が走る。目を巡らせると、


「帆澄様、右腕から血が!」


 帆澄の左側にいる初音の死角となる箇所から、ぽたぽたと地面に血が滴り落ちていた。切り裂かれた袖から見える皮膚は紫色に変色している。地狐の毒だ。


「これぐらい問題ない」

「ですが」

「初音さん、ありったけの封じ紙で援護してくれ。白弧は俺が仕留める」


 帆澄が刀を構える。初音はそれに応えるように封じ紙を取り出した。二人なら、なんとかなるだろう。そう思ったとき、辺り一面に暗い靄が立ち込める。


「さすがに今のままでお前たち二人は厄介だ。また会おう」


 靄の中で白弧の声がし、それと同時に阿紫霊と地狐が飛び掛かってくる気配がした。帆澄が三匹を切り裂き、初音は二匹を封じる。そうして靄が晴れたあとには


「逃げたか」


 白弧の姿はもうなかった。


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