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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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14/24

出会い.9


 桜が見頃の夜、一人暮らしを始めたばかりの帆澄のもとに勅令が届けられた。


 前日に、秘伝の術を使った帆澄の消耗は激しく起きるのも億劫なほどだが、勅令とあっては無視できない。痛む身体を起こし受け取った手紙には、夜な夜な男が姿を消すので調べて欲しいとあった。


 女子供ならまだしも男ということもあり、初めはそれほど深刻に捜査されなかったようだ。どこぞの女のところに行ったのだろうと邪推されていたが、日ごとにその数が増し、とうとう愛妻家で有名な軍人まで姿を消した。それでやっと、これはおかしい、となったらしい。


 指定された場所は、帝都を西にある川に掛けられた橋の一つ。やや北にあるその橋は本来なら八重樫の担当地区だが、あっちもあっちで人が足りていないそうだ。


 夕暮れの中、橋のたもとに座り様子を窺っていると、妖が現れた。長い髪のその女は帆澄を見てにんまりと口角を上げる。


「これはまた、今夜はついているね。若くいい男が転がっている」


女の肌は透けるように白い。だけれど、黒い瞳は濁っていた。帆澄は重い身体を奮い立たせ立ち上がると、刀を構えた。


「女郎蜘蛛か」


 厄介ではあるが、妖力はさほど強くない。ただ、棟馬が父の手伝いに駆り出され不在なのが痛手だ。

 帆澄の正体を察した女郎蜘蛛の行動は、予想より数倍早かった。


 軽く跳躍すると橋の欄干に飛び乗り、さっと風のごとく対岸へと駆けていく。


 帆澄も急いで後をおったが、いかんせん、足が気持ちについてこない。


 それでも必死に走り、あと少しで刀の間合いに捕らえられるという時、土手を歩く少女の姿が見えた。


 穂澄より早く少女に気づいた女郎蜘蛛が、少女めがけ糸を放つ。人質にして逃げようという算段だろう。


「くっ、間に合わない」


 帆澄が舌打ちする。少女の腰に糸が絡み、それを女郎蜘蛛が引き寄せる。と同時に人型から八本足の禍々しい容貌に姿を変えた。


 糸は女の子の口を塞ぐと、右腕も絡み取る。何かを棒のようなものを握っていたようだが、白い糸で繭玉のようになってしまい、それが何か帆澄には分からない。


「その子を離せ!」


 叫びながら「術」を放てるか考えるも、回復していない身体では無理だった。どうすべきかと刀を構えたまま睨み合っていると、突如、女郎蜘蛛が苦しみ始めた。


 穂澄が目を見張りその様子を観察すると、少女の手が何かを握り糸に押し当てているのに気づく。それと同時に糸が霧散した。


「ぐわっ」と苦しそうに女郎雲が悲鳴をあげると、少女は這うようにしてその場から逃げる。帆澄は少女に駆け寄り、腕を持って立たせると背後に庇った。


 そこでようやっと、少女が何を握っているか気がついた。


「その封じ紙、八重樫の人間か?」


 肩越しに振り返り聞けば、少女は真っ青な顔で頷いた。歳のころは七歳ほど。幼女ともいえる頼りなさなのに、周りに大人の姿は見えなかった。


「一人か?」

「うん。阿紫霊を封じた帰りで……勅令が来て、初めて一人で……」


 恐怖で少女の身体は震えている。しどろもどろで要領を得ない部分もあるが、勅令を受け一人で妖を封じた帰りなのだろうと帆澄は推察した。


「封じ紙はまだあるか」

「うん、これ」


そう言って懐から数枚の紙を取り出し帆澄に見せた。


「糸が迫ってきたらそれを投げつけろ。本体は俺が滅する」


 そう言い、帆澄は刀を構えると、地面を蹴った。数本の蜘蛛の糸が襲い掛かってくるも、帆澄は刀でそれを両断する。一束斬り損ねたが、振り返った少女が封じ紙を投げていた。


「小癪な、これでどうだ」


 女郎蜘蛛が大量に糸を空中に放った。しかし帆澄はそれをも切り裂くと、女郎蜘蛛の頭目掛け刀を振り降ろす。


 グワッッツ


 悲鳴と共に女郎蜘蛛は黒い煙に姿を変え、霧散した。帆澄はそれがすべて消えるのを見届けると、地面にころりと転がった漆黒の玉を拾い上げ、少女に駆け寄る。


「怪我はないか?」

「うん、あの妖しは? 封じたの?」

「いや、滅した。これがその証拠だ」


 手のひらの玉を見せると、少女は慄きながらそれを見つめた。


「……怖くないの?」


 玉のことだろうかと一瞬考えたが、震える丸い目を見て、妖との対峙を言っているのだと理解する。


「少し、怖いかな」


 正確に言えば、「術」を使うたびに増える自身への呪いが怖かった。

 帆澄の答えに、少女の目にぶわっと涙が溜まる。


「私も怖い。手が震えるし、足もぶるぶるするし、涙が出てくる」

「それなら大人に任せればいい。君はまだ子供だ」

「駄目。だって私が一番強いから。私がしなくてはいけないってお爺さまが言ってた。たくさんの封じ紙を帝にけんじょうするから、八重樫は一番なんだって。だから、私が頑張るの。それが私のかち、だから」


 話ながら少女の目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

 堰を切ったように話す口調から、少女がどれほど追い詰められていたか察せられる。


 帆澄は言葉を失う。八重樫の一門が衰退していると聞いてはいたが、こんな幼い女の子に重責を負わせるほどとは考えていなかった。


 そして、そこまでして地位にしがみつく彼らを許せないと思った。


 帆澄が一人で妖を退治したのは十五歳になってからだ。それまで誰かしら大人がついていた。それでも、始めて妖と対峙したときの恐怖は、今でもまざまざと思い出せる。


 帆澄がそっと少女の髪を撫でた。でも、少女は泣き止まない。


「泣いたら……怒られる。お爺さまに、殴られっ」

「大丈夫。ここには俺たちしかいないから」


 眉根に力が入る。その小さな身体を抱き寄せ、しゃくりあげる背中を撫でてやる。体罰まで与えていたのかと怒りがこみ上げた。


(だけれど、俺が口出しできる話ではない)


 同じ宿命を背負った少女を助けてやりたいが。それができないのは理解している。


 帆澄は少女から離した左手を懐に伸ばした。そこには、亡き母がくれたお守りが入っている。着物の内側でそれをぎゅっと握り、初音に聞こえない声で印を唱える。


 もぞり、とお守りの布の下で動く気配がしたのを確かめると、帆澄は懐からそれを取り出し初音に差し出した。


「これは?」

「あげるよ。俺が助けてあげられることはほとんどないが、それでも持っていて欲しい」


 きょとんとしている初音に、帆澄はお守りを握らせる。


 十年以上前に母から貰ったお守りは、お世辞にも綺麗とは言えない。角はひしゃげ、ところどころ糸がほつれかかっていた。


 だけれど、少女はじっとそれを見たのち、嬉しそうに頬を染めた。


「ありがとう。私、初音っていうの。お兄さんは?」

「初音か、いい名だ。一人で帰れるか?」


 帆澄は名前を言わない。もし初音が帆澄の名を祖父に告げれば、宮應に助けられたと折檻されるかしれない。

 初音は一瞬不思議そうに瞬きしたが、すぐに無邪気に笑って右手で対岸を指差した。


「大丈夫。家はすぐそこだから」


 初音は橋の向こうを指差す。そうして落ちていた長刀を拾い「すぐだよ」ともう一度言った。

 すっかり日も暮れ、空には星が輝いている。本当なら送ってやりたいところだが、そうもいかない。


「じゃぁ、もうお帰り」

「ありがとう」


 初音は頭を下げると、子供らしい足取りで駆け出した。


 帆澄はその後ろ姿が闇に消えるまで見守ってから、右手に握ったままの玉を懐にしまう。

 そうして、目を閉じる。暗い視界の先に八重樫の家の門が見えた。


 お守りには印を結んだ魍魎を忍ばせている。それを通して、初音が庭にある桜の木の前で立ち止まったのが分かった。


 初音の表情は不明だが、すぐに歩きだし玄関扉を開ける。出て来た祖父母が封じ紙を見て笑うのを見届けてから、帆澄は目を開けた。もう大丈夫だろう。




 それからも時折、帆澄はお守りに忍ばせた魍魎を通して初音の様子を窺った。


 家なりと呼ばれるその妖は、「障子に目あり壁に耳あり」の語源ともされ、至る所に存在する。邪気を吸っても人を害せないほど弱い妖で、八重樫の人間にとっては道端に転がる石のようなものだ。だからそれが一匹増えようとも、誰も気に留めなかった。


 そうやって帆澄はできる範囲で初音を見守り、強い妖を封じる勅令がきたときは先回りして滅した。宮應に先をこされたと叱られる初音に心が痛んだが、それでも優先すべきは初音の命だと考えた。


 穂澄はそうやって、自分と同じ使命を背負った少女を父親のような、兄のような気持ちで見守ってきたのだ。


 だから、全部知っている。


 初音が八重樫の家でどのような境遇にあるのか。家の権力を守るために少女を妖へと向かわせる家族には、反吐が出る思いがした。


 初音が震える足を叱咤して妖を封じている間、家族はのうのうとその帰りを待っていた。


 許婚の男と妹の距離が縮まるのを知りながら、何も言えない初音に心が痛んだ。


 嫉妬から冷たくあしらう父親に認めてもらおう日々奮闘する姿には、胸が詰まった。


 時が解決するだろうと考えてもいたが、初音が成長するにつれ、置かれる状況はますます厳しいものになるばかりだ。


 そんな時だった。


 珍しく帝から呼び出された帆澄は、八重樫と宮應の家を結び、より強い破魔の力を持つ子をなすよう命じられた。


 降って沸いた初音との婚姻に、帆澄は混乱した。ずっと父兄のように見守ってきた娘を妻になんて考えられず、一度は誇示をするも、帆澄の意見は通らなかった。


 帆澄は帝との対面を終えると、その足で公会堂へと足を向けた。


 お守りの魍魎と視界を共有できるといっても、頻繁にしていたわけではない。それにお守りはたいてい初音の袴帯に結わえられていたので、初音の姿を見る機会は少なかった。


 あの少女がどのように成長したか。

 初音は自分を覚えているだろうか。

 そして、実際に初音と対面したとき自分はどう感じるのか。


 それを知るために向かった公会堂で、帆澄は初音を助けた。


 自分の腰までしかなかった身長は、肩に届くほど伸びていた。綺麗に結った髪に、健康的できめの細かい肌。漆黒の瞳に面影はあるが、華奢な首は妙齢の女性らしく艶めかしい。

 雨でぐっしょり濡れている理由は、魍魎を通して知っていた。


 春人に向けられる苛立ちは、帆澄自身の想像を超えるもので、怒りがこみ上げてくる。


 もし自分が勅令を拒めば、初音はずっと苦しい環境で生きていかなくてはいけない。春人と美琴の関係は、もはや使用人にまで周知されている。そんな中で、幸せな結婚生活が送れるとは考えられなかった。


 だから、帆澄は初音を娶ると決心した。


 世間一般の夫婦のような情は芽生えないだし、初音が春人を慕っているもの知っている。それでも初音が安心して眠れ、心から笑える場所を用意しようと心に誓ったのだった。


 こうして初音は、青女房一人つれて帆澄の家にやってきた。


 八重樫の妖に対する考えは承知していたので、初音が棟馬を不審に思うのは想定の範囲だ。いずれ、少しでも分かり合ってくれればと話すよう勧めたのだが、まさかその足で棟馬に会いにいくとは考えもしなかった。


 しかも初音は、帆澄の想像以上に棟馬を受け入れた。追い出せと言われても仕方ないと思っていただけに、その柔軟さには驚いたものだ。


 それ故、長屋を偵察に行けとの勅令に、初音も連れていった。もしかすると、宮應と妖の関係を受け入れてくれるのではないかと期待したのだ。


 浮かれていたのだろう、と帆澄は思う。


 初音との暮らしは予想外に楽しく居心地の良いものだった。棟馬と親しく会話する姿を見て、他の妖にも友好的に接してくれると甘く考えていた。


 だけれど実際は違った。


 初音にとって害を及ぼさない妖は、今までの自分を否定する存在だ。それを受け入れられず走り去った初音の姿に、後悔が沸き上がる。


 すぐに追いかけようと思った。でも、髪に結わえられた春人から貰った髪飾りが自分を拒絶しているように感じ、動けなかった。


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