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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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出会い.8


「ほ、帆澄様、これはいったい」

「どうやら俺の婚約を祝ってくれるらしい」

「話しは聞いていたのでそれは理解しております。どうして妖とそんなに親しいのですか?」


 妖たちはここで人間に紛れて暮らしている。印を結んでいない妖に囲まれているというのに、帆澄は終始のんびりと構え警戒の色を見せない。


「この長屋にいる妖は、邪気を取り込んでいない。その違いは、初音さんなら分かるのではないか?」


 来る前に帆澄と交わした会話を思い出す。ただ、違いと言われてもどこで判断すべきかピンとこない。あえて言うなら、長屋に住む妖は陽気で人懐こい。


 戸惑うように視線を妖たちに向ける初音の耳元で、帆澄が囁いた。


「邪気を取り込んだ妖は、まず目が濁る。それから身体全体から黒い靄のようなものが浮かび出る。彼らにそういった類はないだろう」

「……はい」

「この場は俺に任せると約束してくれた。ならば、もう少し成り行きに身を任せてはくれないだろうか? もちろん無理にとは言わない。ただ、その胸にある封じの紙は出さないで欲しい」


 初音はもう一度妖たちを見る。帆澄の言う通り目に濁りはなく、靄も敵意も感じない。


 だけれど、相手は封じべき妖だ。初音が胸の内で葛藤しているうちに、妖たちの声が庭先で増えた。


「どうしたの?」


 なつみが初音を覗き込むと、無邪気な笑みを見せた。そうして初音の手を引き立ち上がらせる。


「ほら、早く。お料理がなくなってしまうよ」


 なつみにぐいぐいと引っ張られ、帆澄にも促され、初音は考えが纏まらぬまま外に出た。するとすでに宴会の支度ができているではないか。


「ご両人、ほらほら、こちらに」


 弥吉が井戸の前に敷かれた茣蓙の上で手招きをする。茣蓙には卓袱台が置かれ、料理や酒が並んでいた。


 煮物にあえ物、干し柿や梅干しと普段食卓に並ぶものばかりだが、妖たちのもてなしの気持ちが充分に現れている。


 脇においてある七輪では、味噌を塗った椎茸が焼かれている。炭を扇いでいるのは先程の初老の女だ。いつの間に。

 先に席についたあざみが、卓袱台の上の皿を少し持ち上げる。


「美津が蓬生餅を作ったのですが、帆澄様食べますか?」


 あざみの隣にいる女が小首を傾げた。スッと細長い首が艶めかしい。帆澄がろくろ首だと耳打ちしてくれた。

 並べられた座布団におずおずと座ると、体躯の良い男が乾杯と杯を持ち上げ早々と飲み始める。


「おい、左近。俺がまだ飲んでいないのに、先に飲むな」

「仕方ないでしょう。酒が前にあるのに飲まなきゃ酒呑童子じゃない」


 その名に初音はギョッとする。川獺やろくろ首と違って酒吞童子といえば妖力も強い。思わず身構えた初音の手に、帆澄の手が重なった。


「よく見ろ。奴は邪気を吸っていない」

「ですが……!」

「俺はすべての妖を滅すべきだと考えてはいない」


 強い口調だった。揺らぐことのない決意が感じられる。


「それが貫くべき帆澄様のやり方、なのですか?」

「そうだ。初めに言ったが、俺のやり方を押し付けるつもりはない。ただし、初音さんが彼らを封じるというのであれば、俺は守る側につく」


 その言葉に初音の息が止まる。


 帆澄は八重樫の人間と違い初音を心配し気遣ってくれた。だから心を開いた初音だったが、自分より妖を優先すると言われ、目の前が真っ暗になる。


 どうしてと詰め寄りたいが、自分にそんな資格はないように思えた。所詮は勅令による結婚で、出会ってまだひと月の他人だ。


 目の前にはどんどん料理が並んでいった。周りからは異口同音に祝いの言葉をかけられるが、混乱している初音の耳には届かない。

 こんなのおかしい、と叫びたい気持ちをぐっとこらえ初音は俯いたまま帆澄に問いかけた。


「……宮應は、代々彼らを匿ってきたのですか?」

「そうだ。他にもこのような場所が幾つかある」

「どうして、そのようなことをされるのでしょうか?」

「それは、彼等が人を害さないからだ。滅する必要はない」


 ゆるゆると視線を上げれば、そこには人と変わらぬ姿で笑いあう妖がいた。帆澄の婚姻を心から喜んでいるのが伝わってくる。邪気はいっさい感じなかった。


「お嫁さん、焼き立ての魚をどうぞ」


 美津が皿を初音の前におく。

 断り切れず初音が箸を持ち魚の背を割ると、中からほくほくとした湯気がたった。言い焼き加減だ。

 帆澄にじっと見つめられ、おそるおそる口に入れれば、ほわっと身が解ける。普段食べている魚と変わらないし、なんなら美味しい。


 初音の混乱はどんどん増していく。


 さっき帆澄に妖を優先すると言われた衝撃もそのままのところに、受け入れ難い事実が重なる。


(もしかして私が封じた妖にも、邪気を取り込んでいたものがいたかもしれない)


 目の前にいる妖に悪しきものは感じなかった。人間と変わらない所作から、彼等が人に紛れずっと暮らしていたと想像できる。


 つまり、それほど長く人を傷つけずにいたということだ。

 箸を持つ手が震えた。頭が混乱する。


「帆澄様。私、先に帰っています」


 たまらず立ち上がった初音に、賑やかだった妖がシンと静かになる。それがさらに居たたまれず、初音は茣蓙の脇に置いていた草履に足を滑らせた。


「……では俺も一緒に」

「いいえ、一人で大丈夫です。帆澄様は私より妖と一緒にいてください」


 嫌な言い方をした自覚はあるが、そう言わずにはいられなかった。初音は帆澄に背を向けると駆け出す。いっときだってこの場に痛くない。


 ただただ一人になりたくて、土手への階段を駆け上がり、逃げるように北へ向かって走った。

 行きは晴れていた空に厚い雲がかかり、湿り気が増した土の匂いが漂う。雨が降るのかもと頭の隅で考えつつも、初音が足を止めることはなかった。



 *

 帆澄が初音と初めて会ったのは、もう十年も前になる。


 幕末の動乱の影響で邪気を帯びた妖が増えたにも関わらず、それを狩れる人間が少ないせいで帆澄は忙しかった。


 宮應の当主は代々短命かつ病弱で、例もたがわず父もそうだった。それは本家の当主にだけ受け継がれる「妖を滅する秘伝の術」が、身体に負担がかかる――いや、命をも脅かすものなのに起因している。


 「秘伝の術」を使いこなすには莫大な破魔の力が必要で、それを持って生れたのは長男ではなく次男の穂澄だった。


 そのせいか、いつ頃からか兄は帆澄と距離を取るようになった。そうして、帆澄が十四歳のときに姿を消したのだ。


 世間では失踪とされているが、実際は妖を滅しに行ったきり帰ってこないので生死不明である。本来なら帆澄が行くべきところを体調を崩してしまい、兄が向かった。だから帆澄は、兄の行方不明は自分のせいだと捉えている。


 それと同時に、破魔の力の大きさに関係なく、宮應は兄が継ぐべきだと考えていた。


 幕末の動乱の影響で増えた妖も、世が平和となれば数が減るだろう。それならば、「秘伝の術」を受け継ぐ有無に関わらず、帆澄ではなく長兄が継ぐのが自然だ。


 かろうじて現役だった父に、自分は兄が帰ってくるまでの中継ぎだと主張を貫くと、それを示すように帆澄は家を出て一人暮らし始めた。


 十五歳で独り立ちは早すぎると心配する人間も多かったが、印を結んだ棟馬を傍におくことで納得させた――というか意志を押し通した。


 宮應の人間が、滅の力を纏わせた刀で邪気に侵された妖を斬るのは知られているが、「秘伝の術」については門外不出。


 あまりにも力が強く負担が大きい「秘伝の術」は、術者にとって両刃の刃でもある。それを頼りに勅令が来ては、当主の身が持たない。

 乱用できない術を持つ宮應は、必然的に滅すべき妖を選択するようになった。


 そうして、滅する必要がないと判断した妖を、人間の世で暮らせるよう補佐するようになったのだ。


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