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帝都の妖もののがたり~私が居場所を見つけるまで~  作者: 琴乃葉


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12/20

出会い.7


 暫く土手を南へ向かって歩くと、帆澄は右前方にある階段を指差す。


 膝下程度の高さの竹手すりに、土を踏み固めただけの簡素な階段をおりた先は、下町情緒が溢れる場所だった。


 黒船が来航し十数年、帝都の中心には西洋風の建物が建設され、衣食にも西洋文化の影響が現れるようになったが、このあたりは幕府時代と変わらない。


 土埃を足元に舞わせながら進んだ突き当りに、コの字型に並ぶ平屋の建物があった。

 一棟に五つの間口が均等に並び、中央には共有の井戸がある。よくある長屋だ。


 その井戸のつるべを握っていた女の子が、二人の姿にぱっと顔を明るくした。


「帆澄様だ!」


 女の子がつるべから手を離し、井戸の中にぼちゃんと桶が落ちる音がする。


 でも、女の子はそんなこと気にもせず駆け寄ってきた。その勢いのまま体当たりするように帆澄の腰に抱き着く。これはきっと。


「隠し子ですか?」

「どうしてそうなる」

「心得ました」

「心得るなっ」


 簪を買ってもらった。いがみ合いを望んでいないのも理解した。


 でも、二人の婚姻が勅命であることに変わりない。初音にだって許婚がいた。初音よりずっと年上の穂澄に過去がない、はずがない。


「私を気遣ってそう仰ってくださるのでしょうが、大丈夫です。帆澄様のように見目麗しい方なら左様なこともあるのでしょう。私との縁談は勅令ですし、お気になさらず。そういえば、目元のあたりがそれとなく似ています」


「他人の空似だ。頼むから俺の話を聞いてくれ」


 神妙に頷く初音に、帆澄は目頭を押さえた。声に悲嘆が滲んでいる。


 それに構うことなく初音はしゃがみ、女の子と視線を合わす。

 女の子は切れ長の瞳をぱちりとさせると、にっと笑った。微笑み返そうと口角を上げた初音だったが、すっと表情を消すと女の子から間合いを取る。


「帆澄様、これはどういうことですか。彼女は妖です」


 懐に忍ばせている封じ札に手を伸ばそうとすると、帆澄に手首を掴まれ制された。初音が剣呑な目で帆澄を睨む。


 初音の知っている妖とは少々違うが、目の前にいる女の子が人非ざるものであるのは間違いなかった。


 腕を掴まれたまま視線を巡らすと、全部で十五個ある長屋の間口の向こうに、計十体ほどの妖の気配が感じとれた。数は多いが、強い妖力ではない。


 長刀がないのは心許ないが、封の紙だけで大丈夫そうだと算段する初音を、帆澄が呼び止める。


「待ってくれ」

「どうして止めるのですか?」


 心底意味が分からないと眉根を寄せる初音に、帆澄は腰を折り深く頭を下げた。


「しばらく何も聞かずに俺に付き合って欲しい」

「ですが……」


 封じるべきだと言いかけた初音だが、顔を上げた帆澄の真剣な瞳に言葉が続かなかった。

 帆澄は初音から視線を外すと、不思議そうに二人のやり取りを見ていた女の子に声をかける。


「なつみ、あざみは家か?」

「お母さん? いるよ。呼んでこようか?」

「いや、できれば家にあげて欲しい」


 帆澄の頼みになつみは頷くと、踵を返し奥の長屋へと走っていった。

 勅令に書いていた妖とは、どう考えてもこの長屋にいるものだろう。


(帆澄様は、彼等の存在を知っていて、どうして何もしないの?)


 ぎゅっと奥歯を噛みなつみの背中を睨む初音の肩に、帆澄が手を置く。


「申し訳ないが、この場は俺に任せて欲しい」

「ですが……」

「勅命は宮應に来たものだ」


 ぐっと、初音が次の言葉を呑む。たしかにその通りではある。でも、連れて来ておいて、いまさらそれを言うのはずるいとも感じた。


 だけれど、帆澄がもう一度頭を下げたので、それらの感情をぐっと飲みこむ。年上の男が女に頭を下げるなど、初音の知る限りありえない。


「……分かりました。ですが、私や帆澄様に害があると判断したなら、封じます」

「心得た」


 神妙に頷く帆澄の意図が、初音にはまったく分からない。

 だけれど、ここは任せるしかないと腹をくくり、帆澄と一緒になつみが入った部屋へと向かった。


 長身の帆澄が背をかがめながら、先に戸を潜る。

 入った土間の向こう、一段上がったところに六畳間があり、日本髪に結い上げた女が座っていた。その横で、なつみが立ったままこちらを見て手を振る。


 一目見て妖だと分かるその女は、解いた着物を手にしていた。裁縫をしていたらしい。


「帆澄様、お久しぶりです」


 女が艶やかな黒髪を下げた。藍を基調とした格子柄の着物に昼夜帯姿は、長屋にとても馴染んでいる。破魔の力がない者なら、人にしか見えないだろう。


「あぁ、あざみは変わりないか」

「はい。帆澄様の口利きで女中として働け助かっています。今日は休みですので、この子の着物の肩出しをしていたんですよ」


 あざみが手元の着物を持ち上げた。黄色地に麻の葉柄のそれは、よく着こまれたものだ。何度も肩出しをして着続けているのが伺える。


 帆澄はそうかと微笑むと、ちょっと邪魔をすると言って草履を脱いだ。戸惑いを見せず畳に上がる帆澄のあとに、初音は躊躇いながら続く。


 あざみとなつみが、部屋の隅にあった卓袱台を真ん中へ動かし、変わりに卓袱台があった場所に裁縫道具と着物を置いた。


「お茶を用意しますね。なつみ、座布団を用意して」

「はい」


 襖を開け座布団を出すなつみを帆澄が手伝う。あざみは土間に下りると竈の上にある鉄瓶を手にする。窓の下にある棚から湯のみと茶葉を取り出すと、手慣れた様子で茶を淹れ戻ってきた。


「お茶うけ、何かあったかしら」

「いや、気にしないでくれ。すぐに帰る」


 腰を浮かそうとしたあざみを手で制し座るように促すと、帆澄は自然な動作で茶を口にした。


 それに初音はぎょっと目を見開く。八重樫では妖が作った料理や茶を口にすることはない。棟馬が摘んできた野草を食べてはいるが、それも初音にとっては異例のことだった。


 硬い表情で湯飲みを見る初音を目の端にとどめつつ、帆澄は切り出す。


「実は、この場所に妖がいるので調査しろと勅命がきた。お前たち以外の妖を見かけなかったか?」

「……いえ。知っての通りこの長屋の住人のほとんどが妖ですが、新しく入居したものはおりません。帆澄様がご存知の妖ばかりです」


 アザミの顔が、どんどん青くなっていく。目線が室内を彷徨った。


「私たち、ここを出たほうがいいでしょうか?」

「いや。大丈夫だ。俺の知らない妖が出入りしているなら確認せねばと来たが、そうでないなら問題ない。このまま住み続けてくれ。帝には異常なしと報告する」

「帆澄様!!」


 たまらず初音が声を荒げた。


 帆澄はここに住む妖を見逃し、帝に虚偽の報告をしようとしている。

 到底、許せるものではなかった。


 この場は帆澄に任せると約束したがそうも言っていられないと、初音が懐に手を伸ばしたときだ。

 勢いよく入り口の扉が開かれた。


「帆澄の旦那、やっと顔を出してくれましたかい」


 張りのある大声が、部屋の中に響く。

 入り口には天秤を肩に担いだ男が立っていて、愛想の良い顔で笑っていた。


 まくり上げた袖から見える腕や足は日焼けしており、歳は三十代ぐらいの容貌だが、彼もまた妖なのは一目瞭然だ。

 男は天秤を担いだまま身体を横に滑らせ入ってくると、よいしょっと肩から降ろした。


「弥吉か。相変わらず声が煩い」

「仕事柄、仕方ありやせん。結婚されたと聞きましたが、お隣のお嬢さんがお相手ですかい。なんとまぁ、若くて可愛らし方で」


 彼もまた帆澄の知り合いのようだと、初音は二人を交互に見る。帆澄は腕を組み薄く息を吐いた。


「結納の儀を交わしたが、結婚はまだだ」

「どっちも同じようなものでしょう。ちょうど良かった。イキのいい魚が取れたんで持って帰ってください」


 帆澄は「弥吉は魚の行商を生業にしている、川獺の妖だ」と初音に教える。

 天秤の先にぶら下がっていた盥には魚が入っているようで、弥吉は蓋を開けると鮎を一匹持ち上げた。


「今朝取ったばかりだから新鮮ですよ。塩焼きにしても煮てもうまい」


 そう言うと、帆澄の返事を聞かず大きな葉で数匹をくるんと包んだ。

 普段から人間に化けて暮らしているのだろう、口調も仕草も、魚を包む動作も慣れたものだ。弥吉は「ここに置いときますね」と土間にある小さな調理台に鮎を置いた。するとまた、入り口から声がした。


「帆澄様、お嫁さんを拝ませてくださいな」


 今度は初老の女が現れ、その後ろからはひょろっとした男も顔を出した。


「随分噂が広まっているようだな」

「弥吉が吹聴しておりますからね。こんなものしかありませんが、持って帰ってください」


 女が手にしていた干芋を鮎の横に置けば、背後にいた男はにまっとしながら酒を持ち上げる。


「左近殿が中庭で宴会の準備をしておりまさぁ。花見にはちょっと早いですが、結婚祝いに飲みましょう」

「飲む理由が欲しいだけだろう」

「それが楽しみで生きているんでぇ」


 はは、と笑う男は陽気だが、これも間違いなく妖である。

 もう黙ってはいられないと、初音は帆澄の袖を引っ張った。


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