出会い.5
「今日は豪華だな」
帆澄の声がやや浮かれている。
「そうですか? いつもより一品多いぐらいです」
「卵焼きの色艶が良い。山菜が並ぶと春を感じる」
「お疲れでしょうし、たくさん召し上がってください」
「ではいただくとしよう」
帆澄が丁寧に手を合わせ、箸を手にした。ふわっと焼いた卵焼きを割ると、内側からほくほくと湯気が立ち昇る。一口大のそれを口に入れ、ほふっ、と熱そうに、でも嬉しそうに食べる。
その姿を見るのが、初音はいつしか楽しみになっていた。
勅令で出掛けることの多かった初音は、一人で食事をするほうが多かった。食事自体は品数も多く豪華だったのだろうが、あまり味がしなかったのを思い出す。料理人は父親が選んできた人なので腕は確かなのだろうが、冷めていたのと疲れからそう感じたのかもしれない。
美味しそうに食事をする帆澄に、頬が緩む。怪我をしていないかと心配していたが、元気そうだ。
「それで、変わりはなかったか?」
帆澄から気遣いの言葉をかけられ、初音は目をぱちくりとする。大変だったのはきっと帆澄のほうなのに、と思いつつ、こくんと頷いた。
「はい。南の方で妖が出たと勅令があり向かいましたが、大したことありませんでした」
現れたのは阿紫霊という妖狐の一種だ。
妖が見えぬ人間でも、その存在を信じているかどうかは別にして、物語や昔語りで見聞きした経験が一度はあるだろう。
だけれど、妖力によって阿紫霊、地狐、白狐、空狐、天狐と呼び名が変わるのを知るのは一部のものだけ。一番妖力が強いものを天狐といい、ここまでくると神や精霊として崇め奉られたりもする。
初音が封じた阿紫霊は三匹。妖狐が群れるのは珍しいが、苦労はしなかった。
食事の合間にそう説明すると、帆澄は箸を止め難しそうに眉根を寄せた。
「俺が滅したのは白狐だった」
「地方に白狐が出るのは珍しいですね。大丈夫でしたか?」
「あぁ、大きな怪我はしていない。それにしても最近妖狐が頻出するのが気になるな」
比較的数の多い妖ではあるが、こうも続くのはあまりない。
帆澄は暫く思案していたが「棟馬に命じるか」と呟くと、再び箸を動かした。
何を命じるのか聞こうと思ったが、『俺は俺のやり方を貫く』と言われたことを思いだし、口をつぐんだ。
(帆澄様も私と同じように自分の意志で婚姻したわけではない。踏み込み過ぎないようにしなくては)
初音は少し冷めたお味噌汁を飲む。
この生活は居心地は良いが、時折、帆澄が引いた線がもどかしく寂しく感じてしまうのだった。
食事の片付けが終えた初音が前掛けを解いていると、玄関先で「ごめんください」と男の声がした。初音が裏口から出て庭を回り向かうと、扉の前で軍人が立っている。
軍服の肩に垂れる紫紺の房は、彼が帝直属の軍人である証拠だ。勅令を持ってくる軍人の顔は幾人か見知っているが、全員、肩に同じ紫紺の房が付いている。
「これを」
「畏まりました」
差し出された手紙を初音は両手で恭しく受け取る。
軍人は指先まで伸ばした手を額の横に当て敬礼をすると、踵を返し帰っていった。
必要以上に言葉を交わさないので、彼が手紙の中身を知っているか初音に分かりようがなかった。
手紙を見れば、上質の和紙に宮應帆澄の名が大きく掛かれている。
初音は玄関から家に入ると、居間で一服をしている帆澄のもとへ向かい、長机に手紙を置いた。
「勅令です」
「客の声を聞いてそうだと思った。棟馬が受け取るだろうと玄関へ行かなかったが、初音さんが受け取ってくれたのか。すまない、手間をかけた」
「いえ、そんな。手間、というほどでは」
八重樫の家で、当主の父親自ら玄関まで赴くことは、まずない。だから、帆澄が立ち上がらないのも当然だと思っていたので、謝られるとは思わなかった。
帆澄は厳しい顔で、手紙を開ける。
「……」
暫く無言で目を動かしていた帆澄だが、途中から何やら考え込むように口をへの字にした。
初音が帆澄の勅令を読む姿を目にするのはこれが初めてではない。だがこんな風に表情を変えるのは珍しく、思わず口を挟んだ。
「難しい案件でしたら、私も同行いたします」
「……いや、そうではない。難しくはないのだが」
そこで帆澄は言葉を区切り、宙を睨む。
考え込むように指を顎に当てたのち、うん、と頷いた。
「そうだな。初音さんに知ってもらういい機会かもしれない」
「私にですか?」
何をと首を傾げる初音に、帆澄は手紙を差し出す。受け取り読んだ初音は、ますます傾ける首の角度を大きくした。
「たしかに難しい案件ではありませんし、普段なら分家に命ぜられる類いのものです」
だからこそ帆澄は自分に何を知って欲しいのだろうと、疑問が膨らむ。
勅令は、『妖らしいものが住む長屋があるので、調査して欲しい』という内容で、特段目新しくもなかった。
「今、帝都周辺で妖狐の出没が増えていて、分家はそれに駆り出されている。だから俺に勅令がきたんだろ。ま、考えようによっては運が良かったとも言える」
「運がいい、ですか?」
どういう意味だろう。だけれど帆澄は、今は初音の疑問に答えるつもりはないようだ。
となると、件の長屋に着いてから話すのだろう。そこで初音はポンと手を叩いた。これしかない。
「妾? いえ、隠し子がその長屋にいるのですか?」
「……どうすればその結論に至るのだ?」
眇めた目と冷ややかな声が返ってきた。
十七歳の小娘である自分と違って帆澄は二十五歳、妻どころか子供がいてもおかしくない年齢だしと考え至ったのだが。初音は気まずく視線を逸らす。
でも、どこかはっきりしない物言いは何か隠しているとしか思えない。
帆澄が深いため息を吐きながら立ち上がった。
「急ぎではない。天気も良いので歩いていくぞ」
「はい」
何にせよ、帆澄の新たな一面を見られるだろうと初音も腰をあげる。
こうして二人は勅命のあった帝都の南へと向かうことになった。




