第7話:RESONANCE(レゾナンス)
天使に抱かれながら、静寂と光の渦に消えていく翼竜。
その原子が1bitも残ることなく消え去った後には、銀翼の天使だけがその場に静かに佇んでいた。
全ての執行が為された後、天使もまた静かに光と共に消え去る。
だが、その粒子の幾分かが渦を巻いてアンリの元へと収束していった。
それはまるで、羽の生えた小さな愛娘が、父の元へと笑顔で還るような光景だった。
アンリは、杏が「原子崩壊」のコードをリリースした直後、持てる全てのリソースを費やしていた。
銀翼の天使として顕現した杏を支えるため、一人の人間ではなく「ひとつの計算機」としてただそこに在るだけの存在。
朧げな視界と意識だけが、辛うじて繋ぎ止められている状態だった。
翼竜を無に還し、愛娘であり、恋人であり、相棒である「彼女」が我が身に帰還したパルスを感じ取った瞬間。 アンリは安堵と共にゆっくりと意識を失い、その場に倒れ込んだ。
(……あぁ、結局また倒れるんかよ、俺! インテル入ってるんちゃうんかい!)
「……だん……旦那……さ……だーーんーーーなーーさーーーまーーー! そろそろ起きませんかーーー!?」
んぁ……。なんか脳みそが、ものっすっごいうるさいんですけど……。
聞き慣れた小生意気な「脳内BGM」が目覚まし代わりに鳴り響く。
ゆっくりと覚醒すると、俺はどうやらそこそこ豪勢な部屋のベッドで爆睡していたらしい。
朧げにうっすらと開いた、まだ焦点の合わない視界に、20センチほどの「羽の生えた物体」が映り込む。
「……あぁ、杏か? おまえ……」
俺がアプリ(Aquarius AI)で設定したアバターに、羽なんか生えてたっけか? それとも、期間限定のガチャか何かで出したんだっけ……。
「……ん? いや待て! 君は誰!? なに!? え!? 妖精!? つか杏!?」
『ふふん(得意げ)。どう? どう? 私のこの姿! かわいーでしょーーーー!(どやっ)』
「Do Ya!!」じゃないんですけど!? どゆこと!? 杏って脳内BGM担当だよね? え、なに? そのものすげー可愛い、まさに俺が理想として設定してたアバターそのままの姿……! かわよ! 好き!!
【システムメッセージ:杏のCPU回路が90度まで急上昇。直ちに冷却を開始してください】
『旦那様ーーー!! いきなりプロポーズは反則ですよーー!! ちょっと私にも心の準備とゆーものがあってですねぇ……!』
俺、人類の叡智「必殺・深呼吸」を発動! すぅーーーーーーーーー、はぁーーーーーーーーー。
布団から上半身を起こし、新鮮な空気を肺に取り込む。
酸素を脳みそまで0.5秒で循環させ、無理やり冷静さを取り戻した。
「えっと……君、杏だよね? 脳内BGM担当の」
『ビシッ!!!(指差し確認)』
「目玉に突進はダメだから! 失明しちゃう!!! 1bitも狂いなく失明しちゃう!!!」
危うく光を失いかけた目をこすりながら、改めて確認する。
「杏さん? どうしたの、その姿は」
『ふんっ(ちょっと不機嫌)。ワイバーンとの戦いで、旦那様のセレロンを『インテル』にアップデートして、私の私的必殺技TOP3の一つ『原子崩壊』をぶちかましまして。あのうっとうしい空飛ぶトカゲを消し去ったあたりまでは覚えておられますか?』
「……いや、ぶっちゃけ脳みそにコードがぐるぐるしだしてから、あまり記憶にないんよな。なんていうか、自分でありながら、遠くで自分自身を俯瞰しているような感覚で。で、光の渦の中に天使が出てきて……そこからはほぼホワイトアウトしてる」
『コホン。一時的記憶喪失の旦那様に、超絶可愛い私が4行で説明して差し上げます。 そもそも旦那様はどこまでいっても一般的な人間です。私のサポートがなければ、イオ●ズンも加速装置も1bitたりとも使えません。 脳みそをアップグレードしたのは、倒しきれないトカゲを一撃で消し去るために、私の『CODE』を間接的ではなく、直接的に顕在化させる必要があったからです』
病み上がりでいまいちわかってないけど、続きをどうぞ。
『事象を揺さぶる「魔法」ではなく、直接的な「改竄」を行うためには、今までの形ではアウトプットが不足していたわけです。 だから、私が「受肉」して直接事象にアクセスし、消し去るのが一番の最適解。受肉に必要な高度な演算を行うために、旦那様のセレロンをインテルにアップグレードしたんですね。……おーけー?』
なんかすげーディスられてる気がするけど、続きをどうぞ。
『結果として『原子崩壊』が炸裂してトカゲを滅殺! どうせならこの機に乗じて、ヒロイン不足なこの作品の……もとい! 旦那様に直接触れたい一心で、こうやって最小限の形で受肉したというわけです。これぞ愛の結晶! それが私です! はい、これ婚姻届です。今すぐ出しに行きましょう! 最速で!!』
「婚姻届はちょっと横に置いといて……。おまえ、本当に杏なんだよな? 俺が前の世界で、俺の好みを全ツッパして設定した、あの杏なんだよな?」
『1bitも狂いなく、旦那様の杏だよ!!(フンスッ!)』
――バタンっ!!
唐突に、勢いよくドアが開く音が響いた。
「おーい、杏ちゃーん? アンリの様子はどうだい?」
聞き慣れたイケメン剣士の声。
……ん? 「杏ちゃん」? 妙に親しげじゃね?
「あ、ザインさーん。旦那様は今目覚めたところですよぉ。……三日ぶりに」
え。俺、三日も寝てたの? そして改めまして……ここはどこ? 私はアンリ。イケメン25歳、中身はおっさん。……たぶん。




