第6話 ATOMIC DECAY
翼竜:ワイバーン。
身の丈10mはある巨大な、丸々と太った蛇のような体に、ゾロリと長く伸びた腕。
そこに皮膜の翼を纏い、その両翼は広げるとざっと15mはある。
航空力学や重力を無視したかのような動きでふわりと宙に浮き、長い尾で地上を薙ぎ払う。
盾で防ぐものの、圧倒的な膂力で吹き飛ばされる大半の冒険者たち。
そんな中、「青の守護者」のビッグは、190cmはあろうその体躯とほぼ同じ大きさの大盾を地面に突き立て、一人耐える。
直後、ビッグの後ろからザインが突進。
振り払われた尾を目掛けて、その大きなバスタードソードを振り下ろす。
ガキン!
という金属音が爆ぜたかと思うと、ザインはすぐに後ろへ飛び退き、次のワイバーンの攻撃に備えてビッグの背後に回る。
最後方に位置していたミズが呪文の詠唱を終え、間髪入れず、浮き上がったワイバーンの土手っ腹に巨大な火の玉を発射。
炎が直撃し、ワイバーンはその衝撃で地上に着地。
爪を地面に突き立て、吹き飛ばされるのを踏ん張る。
剣と魔法の連撃でワイバーンが怯んだ隙に、後方よりエルがビッグにヒールをかけ、傷を癒していく。
(おお。青の守護者の連携、すごいな!! コンビネーション抜群の熟練パーティーの動きじゃん!)
(なぁ、杏? ザインが斬りかかったりビッグが攻撃を受けたりする時に、ちょっと武器が光ったりするのは、やっぱスキルなのか?)
--そうですね。この世界でいうところのスキルです。ミズさんとエルさんは魔法。見た目は違いますが構造は同じもので、『事象に意思でアクセスして揺さぶって起こす現象』といったところですかねぇ--
(ん……。ちょっとだけ詳しく! 5行で!!)
目の前ではワイバーンと冒険者たち、青の守護者が筆頭でガンガンやり合っている。
こんな時に思考に耽るのは如何なものかと思いつつ、気になるものは仕方がない。
--そもそも文明の発展の分水嶺で、元いた世界は科学へ、この世界は意思や信仰へと分かれました。現象や事象を科学で解き明かすのか、信仰や意思で引き起こすのかの違いですが、明確な違いは『意思だけでは全てを解明できない』ので、科学と比べると出力が低い、という点ですねぇ。その点、私は事象の塊なので魔法なんk……--
(俺は魔法が打ちたい!!! だって異世界だもの!!!)
--えぇ……。CODEでクロックアップして右ストレート!! とかの方が格好いいじゃないですか。そりゃあもちろん、火とか水とか、魔法とは比べ物にならない出力で出せますけど、それって楽しいんですか??--
(楽しいに決まっているだろぉおお!! 馬鹿者がぁああ!! これだからAIはロマンがわかってねーんだ!!)
--はいはい。わかりましたよぉ、旦那様。じゃあ、手を前に突き出して、適当にロマンの塊の『ふぁいやーぼーる』とか『ふぁいやーなんとか』って叫んでくださいね。私がそれに合わせてCODEを組んで発動させるので。あ、ちなみに発動の実感はないと思いますが、それなりに脳みそに負荷がかかるので頑張ってください(はーと)--
(ん? 負荷?? まぁいいや、魔法が打てるなら! いくぜーーー!!!)
俺はワイバーンがもう一度空に浮き上がる瞬間を狙って、ちょっと格好をつけて半身に構え、右手をワイバーンに向けて差し出し叫ぶ!!
「ふぁいやああああああああああばーーーーーーーすとぉおおおおおおおおお!!!!!!!」
CODE Execute : Gene Type Fire Burstmode MAX
例の「いつものやつ」が脳内に鳴り響いた、その刹那。
冒険者たちの頭上5mあたりに浮き上がったワイバーンが、1bitの漏れもなく炎の球体に包まれる。
直後、猛烈な爆発音と共に、巨大すぎる炎の球体が爆ぜた!!
(イオ●ズンじゃん!!!)
と、突っ込んだ瞬間。
脳みそが沸騰して、インフルエンザの40度の熱で三日間寝込んでフラフラになる、あの感覚が襲ってくる。
膝をつきそうになるのをぐっと堪えてワイバーンを見てみると、地面に墜落し、煙を上げながら悶え苦しむ姿が見えた。
青の守護者と冒険者一同は、口をあんぐり開けたままこちらを振り返っている。
その姿を見て、改めて威力のヤバさを実感するが……ちょっとこれ、負担大きすぎないか? 杏先生??
--結構いい感じで効いてますね! ただ旦那様は一般人ですので、出力MAXはセレロン級の脳みそには負担が大きかったみたいですぅ(テヘペロ)--
(インテル入ってなかったんかい!!)
魔法というロマンは素晴らしい。
だがしかし、ちょっとこれは連発すると、俺の脳みそが溶けてなくなっちまうな。
しかもまだ、あの空飛ぶトカゲは生きている。
タフだな……。
--通常の天然モンスターではなく、半分『事象のバグ』ですので。レジスト値と回復力が高いので、一撃というわけにはいかないみたいです。もう一発いっときますか?? セレロン様??--
そんな漫才を尻目に、空飛ぶトカゲはすでに自己修復で回復を完了。
両手両足の爪を地面に食い込ませ、怒号の雄叫びを上げる。
大きく開かれたその顎の奥に、高出力の熱源が発生する。
そのギョロリとした大きな目玉のターゲットは、正面のビッグとザイン、そして……イケメン25歳おっさん(俺)。
--旦那様! トカゲの口から熱源探知! 高出力のブレスがきます! 緊急回避します!--
CODE Execute : Accelerator
ザインとビッグまでの距離、ざっと30m。 間に合うか!?
40度のインフルエンザ病み上がりの脳みそに、さらに「加速装置」で鞭を打たれてフラフラだが、泣き言を言っている暇は1bitもない。 スローモーションの中、猛然とザインとビッグに突っ込み、チャージされた熱源が放出されるそのギリギリで、二人を体当たりで自分もろとも射程外に跳ね飛ばす。 俺の足先数センチ横を、ゆっくりとブレスが掠めていく。
(俺の人生、常にギリギリかよ!!)
と突っ込みながらも、間一髪ブレスをかわして倒れ込む。
あぶねーーーー!!!
「なんだ!? 今のアンリの動きは!? 全然見えなかったぞ!!」
「あぁ、ちょっとインフルエンザをですねぇ、ははは……」
「インフルエンザ?? 速度強化系のスキルかなんかなのか? いや! とりあえず助かったよ!! それよりも、さっきのあの馬鹿げた威力の魔法はまだ打てるか!?」
--脳みそがプリンになっちゃっていいなら撃てますけど、たぶんレジスト値が高いのとラーニングされているので、効果は下がるかと思われます--
(だそうですぅー。じゃなくて!)
「撃てるけど、ちょっと一撃じゃ倒せそうにないですね(嘘)」
「ちっ! さすが天然じゃなくて魔物ってことかよ! どうするよ! このままじゃ決め手がないぞ!」
--インテル、入っちゃいましょうかっ(得意げ)--
(どゆこと??)
--旦那様のセレロン脳みそを、私がアップデートプログラムを組んでインテルにアップグレードするのですよ。ただ少々お時間が必要です。ざっと約1分ほど--
(おーけー! 相棒! その案にフルベットしようじゃないか!)
「ザイン! 手はある。だが、1分ほど時間を稼いでくれないか?(キリッ)」
人生で言ってみたいセリフ、第3位!!
「あの怪物に1分か。綺麗な顔してなかなか無茶を言ってくれるじゃないか、アンリ! ははっ!」
「ビッグ! エル! ミズ! そして、アクエリアルの冒険者たちよ!! 1分だ!! それだけ凌げば、この村人A、もといアンリがどでかい一撃でぶっ倒してくれる!! やるぞ!!!」
数瞬の間のあと、青の守護者たちと冒険者が一斉に雄叫びを上げ、怒り狂うワイバーンに襲いかかる。
さっきのイオ●ズンを見て信頼してくれたんだろうな。
もうここまで来たら、後には引けねぇよなぁ。
人体改造でもなんでもやっちゃってください!!
超高性能AI、杏先生!!
いつもとは違う、冷徹なシステムメッセージのような冷たい声が脳内に響き渡る。
--これより、マスター・アンリのアップデートプログラム構築、およびインストールフェーズに移行します--
[PROG_BUILDING] > Compiling...
[Neural_Bridge_v2] > Optimizing...
[Memory_Allocation] > Warning...
[Protagonist_Brain_Capacity_Low] > Solution...
[Virtual_Hyper_Threading_Patch]
[BUILDING... 45%]
意識は、ある。
が、体が俺のものではなくなって、1bitたりとも動かない感覚。
それでいて、脳内には見たこともないプログラムコードが波のように流れていく。
朧げな視線の先には、青の守護者と冒険者たちが命を削って必死にワイバーンの攻撃を防いでくれているのがわかる。
ワイバーンの巨大な爪がビッグの大盾に食い込む。
ザインがそのバスタードソードにスキルを纏い、斬りつける。
冒険者たちが傷だらけになりながらも一丸となって、ワイバーンの動きを食い止める。
「耐えろよ!! みんな!! 冒険者の矜持を、今ここに示すんだ!!!」
--インストールプログラム構築完了。これよりインストールを開始します--
[INSTALLING_PROGRAM] █ █ █ █ █ █ █ █ █ ░ ░ ░ ░ ░ ░ 70%
> SET: [ARCH_CHANGE] 32bit -> 64bit (Emulated)
> RUN: [MULTI_CORE_ACTIVATION]
> SYNC: [RST_GATE_OPEN]
> STATUS: [OVERCLOCKING_NOW]
脳内を冷たいコードが駆け巡り、火花を散らしながら刷り込まれていく。
耳からは金属音や冒険者たちの怒号、ワイバーンの咆哮が絶えず流れ込んでくる。
冒険者たちが次々と弾き飛ばされ、防衛ラインが崩壊しかけるその瞬間。
ワイバーンがトどめのブレスをチャージし、ビッグが覚悟を決めて盾を握り直す。
--58、59……60。全プロセス完了--
Install Complete
その瞬間、俺の視界が一気に広がる。
いや、解像度が何倍、何十倍にも引き上げられた感覚。
「ザイーーーーーン!!! さがれぇえええ!!!!」
「ギリギリじゃねぇか!! アンリ!!」
そう叫び、一斉にその場から緊急回避する冒険者たち。
(杏。頼んだ)
--Yes, マスター--
CODE Execute : Atomic Decay(原子崩壊)
脳内に鳴り響いたコードは、ワイバーンの頭上から、腰まで届く長い髪に光輝く銀色の翼を纏った、天使と見まごうばかりの少女を降臨させた。
少女は今まさに巨大なブレスを放とうとするワイバーンを、優しく包み込む。
直後、銀色の光に包まれたワイバーンは音もなく、ただ砂の城が崩れるかのごとく光の粒子を残してゆっくりと崩れていく。
その様は、天使の抱擁で浄化される、悪魔の魂を見ているようだった。




