「変えられるのは自分だけ」そう気づいて態度を変えたら、大好きだった傲慢婚約者を捨てることができました
一年の締めくくりに、「変えられるのは自分だけ」という気づきから始まる物語を書きました。
一方的な献身に甘え、胡座をかいていた相手には、それに見合う結末を。
かつては大好きだった相手――
その気持ちごと手放し、自分の未来を選ぶ物語です。
小さな覚悟と、少し強めの“ざまあ”を添えて。
楽しんでいただければ幸いです。╰(*´︶`*)╯♡
「ダフネ、どんなに理不尽な振る舞いをされようとも、相手の態度や行動を変えることはできないわ」
王都で人気のティールームで、親友のマリエッタは私の手を握って真剣な表情でそう言いました。
「変えられるのは、自分の態度と行動だけなのよ」
私——ダフネ・フィオーレは、伯爵家の令嬢として侯爵家嫡男エリオット・アッシュフォード様と婚約しています。両家が決めた政略結婚でしたが、私は彼に恋をしていました。けれど婚約が正式に決まってからというもの、エリオット様の態度は日に日に冷たくなっていったのです。
挨拶は無視される。誕生日は忘れられる。夜会では他の令嬢と楽しげに談笑し、私が近づくと「後にしろ」と邪険にされる。
「あなたが変われば、彼も鏡のように変わるはずよ。もっと彼を大きな愛で包み込むように接してみて」
マリエッタは最近読んだという本の内容に従って、熱心に私にアドバイスをくれました。
私はその助言に「なるほど」と頷きを返しました。きっと私の努力と愛が足りていないのだ。私がもっと彼のことを考え、彼に寄り添えば、きっと彼も私を尊重し、大切にしてくれるようになるはずだ。
私はそう信じ、早速行動に移すことにしました。
*****
その日から、私は常に彼のことを考え、彼の望みに寄り添うことを優先しました。
エリオット様の好みが「清楚で控えめな女」だと聞けば、鮮やかなドレスをすべて処分し、地味な色合いの服だけを身に纏いました。
彼がどれほど待ち合わせに遅刻しても、扉の前で立ったまま待ち続け、姿を見せた瞬間に最高の微笑みを作って「お会いできて嬉しいです」と出迎えるよう心がけました。
趣味の乗馬や読書を否定されれば、「エリオット様が仰るなら」と即座にやめました。
エリオット様が最近お気に入りのデイジー嬢とダンスを踊るだけでなく、人気のない廊下で親密に腕を絡める姿を目撃しても、黙って踵を返し、何事もなかったように振舞いました。
何を言われても怒らず、反論せず、ただ慈愛に満ちた聖母のように微笑みを浮かべ、彼を包み込むよう心がけました。そうすれば、きっと鏡のように、彼も私に寄り添い、優しさを返してくれるようになる。
そう信じていたのです。
けれど——
「おい、ダフネ。何だその流行遅れの貧相な装いは。相変わらずセンスがないな。少しはデイジー嬢を見習ったらどうだ」
夜会へ向かう馬車の中、エリオット様は顔を合わせた途端、当たり前のように私の装いを貶してきました。
かつての彼は、気が向けば好みのドレスや装飾品を贈り、花束を抱えて迎えに来てくれることもあったというのに。
けれど今は違います。
「私が何をしても許す」と思い込んだ彼は、無遠慮な振る舞いを隠そうともしません。配慮や気遣いという言葉は、とうに彼の辞書から消えてしまったかのようでした。
「申し訳ございません、エリオット様。ですが、この装飾品は以前エリオット様がくださったもので……」
「……ふん。自分の努力不足とセンスの無さを俺のせいにするのか。つくづく可愛げのない女だな」
嘲るように鼻を鳴らすと、彼は私の顎をガッと掴み上げました。そこにあるのは愛情でも優しさでもなく、言うことを聞かない飼い犬を無理やり従わせるような、冷たく支配的な力だけでした。
「いいか、ダフネ。地味で取り柄のないお前を、侯爵家の次期当主である“俺が”妻にしてやるんだ。
感謝して、黙って従え。
俺が気分よく過ごせるよう気を配る——お前に求めてるのはそれだけだ。簡単だろ?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心の中で、何かが急速に冷えていく気がしました。
私が彼のためにと変えた好み。
彼のためにと費やした時間。
彼のためにと心を砕いたすべて——。
それらは、彼に優しさや思いやりを思い出してもらうきっかけにはなりませんでした。
むしろ傲慢さを助長し、私への扱いをさらに悪化させただけだったのです。
(ああ、マリエッタ。あなたの言う通りだったわ)
視界が、かつてないほどクリアに晴れ渡っていくのを感じました。
自分が態度を変えれば、確かに相手との関係性は変わる——こんなにも「醜悪なもの」へと、劇的に。
私はエリオット様の侮蔑に満ちた瞳をまっすぐに見つめ返し、この日、人生で最後となるだろう「完璧な作り笑い」を浮かべました。
*****
それから私は、自分の態度を改めることにしました。
「……ダフネ? 聞いているのか。来月ナタリア嬢の誕生祝いがあるんだ。彼女、宝石が好きらしいからな。お前、適当に選んで用意しておけ」
エリオット様の高圧的な声が、我が家の応接室に響きます。これまでの私なら、「はい、エリオット様。ナタリア様に喜んでいただけるよう精一杯努めますわ」と、健気に、そして卑屈に微笑んでいたことでしょう。
けれど、今の私は違います。
私は手元の紅茶を一口飲み、カップをそっとソーサーに戻しました。そして、感情の欠片もない視線を彼に向けます。
「お断りいたしますわ」
「……あ?」
エリオット様が、自分の耳を疑ったように眉をひそめました。
「今、なんと言った? 聞き間違いか?」
「いいえ。お断りすると申し上げました。私はあなたの召使いではございませんし、あなたの女友達の機嫌を取ることは、私の仕事ではありません」
淡々と、事実だけを述べます。私の声には怒りも、悲しみも、執着もありません。ただの事務報告のような響きに、エリオット様は顔を赤くして身を乗り出しました。
「お前、反抗するつもりか! 俺がどれだけお前を気にかけてやっているか……」
「まあ、嫌ですわエリオット様。間違いを指摘しただけで『反抗』などとおっしゃるのですか?ならば、これ以上あなたと会話を続けるのは困難ですね。では、お茶会は終了ということで、私はこれで失礼させていただきます」
私は椅子を立ち、完璧な角度で一礼しました。
「おい! まだ話は終わっていない! どこへ行く!」
「自室へ戻ります。婚約者同士のお茶会のつもりで予定を空けて参加したのですが、私、参加するお茶会を間違ってしまったようなので」
背後で彼が何かを怒鳴っていましたが、私は一度も振り返ることなく部屋を後にしました。
*****
それからの私は、徹底した態度を貫きました。彼からの呼び出しには「体調不良」か「先約あり」の定型文を返しましたし、月に一度、義務として出席する夜会でも、自分好みの華やかなドレスを纏い、彼の三歩後ろを無表情で歩くようにしました。
「おい、もっと楽しそうに笑え。それに、何だその派手なドレスは」
エリオット様が苛立ち紛れに私の腕を強く掴みます。以前の私なら痛みに耐えて謝りましたが、今はただ、冷え切った瞳でその手を見つめ、淡々と苦情を申し立てました。
「……離してくださいませ。痛いではありませんか。それに、せっかくのドレスに皺が寄ります」
「貴様、最近のその態度はなんだ! 前のように、俺の言うことに大人しく頷いていればいいんだよ!」
「エリオット様。私は、あなたに倣って自分の態度を改めただけですわ。あなたがそれを望まないのだとしても、私の行動を縛る権利はあなたにはございません」
私はその手を冷たく振り払いました。
エリオット様の顔が、驚愕と、言いようのない不安に歪んでいます。
——彼は気づいていないのです。
私が「尽くす女」をやめ、彼を「どうでもいい存在」として扱い始めた瞬間、
彼が必死に保とうとしていた“優位性”は、砂の城のように崩れはじめていたことに。
「相手の行動は変えられない。だから、自分の行動を変える」
ええ……本当に、マリエッタの言う通りでした。
私が彼を「大好きで大切な婚約者」として扱うのをやめた途端、
目の前に残ったのは、ただの礼儀も知らない傲慢な男だったのです。
ならば、私がするべきことはただ一つ——再び自分の行動を変えることでしょう。
*****
「いい加減にしろ、ダフネ!」
数日後、エリオット様はアポイントメントもなしに我が家の応接室へ乗り込んできました。肩を怒らせ、顔を真っ赤にしたその姿は、かつての私なら震え上がるほど恐ろしいものでした。けれど今の私には、ひどく滑稽な喜劇役者のようにしか見えません。
「……何のご用でしょうか、エリオット様。本日はお約束をしておりませんが」
「その態度だ! それが気に入らないと言っているんだ! なぜ前のように、俺の顔を見て嬉しそうに笑わない! なぜ俺の好みの服を着ない!」
彼はテーブルを叩き、叫びました。その瞳には、私への怒り以上に、自分を無視されることへの耐えがたい恐怖が混じっているのが見て取れます。
「前のお前は、もっと献身的だった。俺が何を言っても『エリオット様、エリオット様』と縋り付いてきただろう。あのおしとやかで、俺を立てていたお前に戻れ! 命令だ!」
私は手にしていた扇を、ゆっくりと閉じました。静寂が部屋に満ちます。私はため息を一つ溢すと、立ち上がって、彼を無機質な瞳で見つめました。
「私は、以前友人からこうアドバイスをいただきました——
『相手の態度や行動は変えられない。変えられるのは自分だけだ』と」
「……あ?」
「ですから私は、あなたの冷淡な態度に心を痛めるのをやめ、自分の態度を変えることにしました。まずはあなたの好みに合わせ、あなたに尽くすことにしたのです。いつかあなたの態度が変わることを期待して……けれど、あなたは変わりませんでした」
私は一歩、彼に歩み寄りました。エリオット様が、気圧されたように後ずさります。
「だから私は決めたのです。
もう“変わってほしい”と願うのをやめ、再び自分を変えよう、と」
私は完璧な、けれど血の通わない微笑を唇に湛えました。
「私はもう、あなたに興味はありません。あなたは私の中で『愛すべき婚約者』から『どうでもいい他人』に変わったのです」
「……な……っ!?」
「あ、それから。本日、父を通じて王宮へ正式に婚約解消の書類を提出いたしました。理由にはあなたの不貞と不当な扱いを連ねております。証拠の記録も、私が『尽くしていた期間』にしっかりと揃えておきましたわ」
エリオット様の顔から、さあっと血の気が引いていきます。
「もちろん、このまま泣き寝入りするほど従順ではありませんでしたので——念のため、根回しも終えております。あなたのお父様にも同様の証拠と記録を提出しておきましたの——とても怒ってらしたわ」
彼はようやく理解したようです。私が彼に尽くしていたあの地獄のような時間は、彼を甘やかすためではなく、彼という人間の底の浅さを見極め、反撃の準備を整えるための猶予期間であったということに。
「待て! ダフネ、待ってくれ! 俺が悪かった、これからはお前を大事にする、だから——!」
縋り付こうとする彼の手を、私は扇でぴしゃりと打ち払いました。
「申し上げたはずです。私にとってあなたはもう『どうでもいい他人』です——デイジー様でもナタリア様でも、お好きな方とどうぞお幸せに」
侯爵家での立場を失った後でも相手にしてもらえるなら……ですが、と呟いた声は呆然とする彼の耳には届いていないようでしたが構いません。
では、ごきげんよう——そう言って、私は一度も振り返ることなく、応接室を出ました。
背後で、エリオット様が何事か叫びながら崩れ落ちる音が聞こえました。
しかし、あんなに好きだった彼の声も、今の私にはただの騒音のようにしか感じられません。
胸の奥で、最後の情がすっと溶けて消えていきます。
——ようやく、彼を捨てることができました。
私は一度も振り返ることなく、弾むような足取りで自室へと戻りました。そのまま、ふと思い立ってバルコニーへ出ます。すると、春を孕んだ柔らかな風が私の頬を撫でて通り抜けていきました。
「……沈丁花?」
鼻先をくすぐったのは、目が覚めるほど瑞々しく甘い香りでした。別名「千里香」と呼ばれるその花は、その芳香が届く先々に幸福を運ぶと言われる、春の訪れを告げる花です。
かつての私は、彼が好まないからと、この花の香水をつけることを諦めていました。けれど今は、風が運んでくるこの香りを全身で受け止めることができます。
「ああ……なんて、いい香り。またこの香水をつけてみようかしら」
もう誰にも、私の人生を奪わせたりしない。
——そう思った瞬間、ようやく深く呼吸ができたのでした。
【完】
「他人と過去は変えられない。変えられるのは自分と未来だけだ」
——エリック・バーン(カナダの精神科医)
変わらない誰かを変えようともがくより、
自分の足で未来へと向かう選択を。
その一歩が、人生を変えることもあるのだと思います。
皆様の新しい年が、どうか穏やかで、
そして希望に満ちたものとなりますように。




