第9話 不登校
ダンジョン前で落ち合う約束になっていたので、僕は十分前から待っていた。ゲートの前に数人の探索者たちがいる。
すると、約束の時間ぴったりに依頼主――配信者の『ゴロッドさん』が姿を現した。
「おはようございます」
「おはよう。……お、ちゃんと顔は隠してありますね。てっきり忘れているのかと思いましたよ。それじゃあ、この荷物をお願いします」
差し出されたのは、大きなリュック。ぱんぱんに膨れ上がっていて、まるで登山装備でも詰め込んだかのようだ。
ずしりと重そうだったが、僕は軽々と背負い上げた。
「おお、すっご」
若者に褒められると、なんだか照れくさい。
「えへへ」
「持ち上げるのに、苦戦するか無理だと思ったのに」
そのまま二人でダンジョンの入り口へ向かった。入口は相変わらず、魔物が外に出ないよう厳重に壁で囲まれている。
僕はギルドカードをかざし、電子音とともにゲートを通過する。
「じゃあ荷物を下ろして、ドローンカメラ出して」
「う、うん」
リュックを下ろして中をのぞくと、一番上に箱があった。その蓋を開けて中からドローンを取り出し、ゴロッドさんに手渡す。ゴロッドさんはそれを受け取ると、慣れた手つきでスマホを操作し始めた。
次の瞬間、ドローンがふわりと宙に浮かぶ。モーター音はほとんど聞こえない。おそらくお高い!
「はいどうも、ゴロッドです! 今回はダンジョン探索をしていこうと思います〜」
軽快な声とともに配信が始まった。
僕はドローンの視界に映らないよう、少し離れて後ろを歩く。
……かなり若そうなのに、登録者は六十万人以上。やっぱりすごいよな。
1階層を抜け、初めて2階層へと降りる。
景色は大きく変わらないが、出現したのはスライムではなくゴブリン。
ゴロッドさんは迷いなくダガーを構え――次の瞬間、ひと息で首を跳ねた。
地面に小さな魔石が転がる。
僕の仕事はもちろん、荷物持ち以外にも魔石を拾うこと。これが、初めて手にした魔石だった。
ーーー魔石って、こんなふうに手に入るのか……
配信の合間、魔物が出ないときはゴロッドさんがスマホでコメントを見ながら雑談していた。
こんな場所で視線をスマホに向け続けるなんて、急に魔物が現れたらと思うと僕はヒヤヒヤしながら後をついていく。
「魔石は拾わないんですか? だって?いや、今日は荷物持ちを雇ってみたんだ。だから俺は魔石を拾わなくてもいいんだよ」
ゴロッドさんは、コメントで質問された事を返事した。荷物持ちがいる証拠を見せるために、ドローンカメラを僕の方に向けてきたので、軽く手を振ってみせた。
配信はおよそ二時間。二十五階層まで到達したところで、ゴロッドさんは配信を終えることにした。
「それじゃあ今日は、二十五階層まで来たので配信を終わりまーす!」
配信を終えるまでに拾った魔石は四十八個になっていた。これだけの数の魔石を換金したら、いくらになるのだろう。スライムの魔石は一個五百円ほどらしい。階層を降りるごとに買取価格も上がっていくから……たった二時間で一万円は軽く超えているはずだ。しかも、配信での収益もあるのだから……羨ましく感じてしまう。
ゴロッドさんが軽い声で明るく締めくくったあと、ドローンなどの機材を片づけて、帰る準備を整えた。
ダンジョンを出る帰り道、無言のままでは気まずいので、僕のほうから話を振った。
「どうして依頼に『顔を隠すフード』って条件があったの?」
「人が嫌いだから。顔を見たくない」
「そ、そうか……」
その答えは、思いのほか即答だった。けれど、なんとなく分かる気もした。僕も人と関わるのは得意じゃない。
「結構若い感じだけど、高校生とか?」
話しているうちに、気になっていたことを思わず聞いてしまった。
「まあ、高二だけど」
かなり若い顔立ちと声だとは思っていたけれど、まさか高校生だったとは。聞いてみて、なんだかかなり驚いた。しかも、結衣と同じ歳だった。
「じゃあ、高校とか行かないの?だって、今日は平日だし……」
「今は不登校中。ダイエット目的で探索者でもやってみようと思ったら、魔力適性が高かった。それで配信も始めてみたら、意外と人気が出てさ。楽しくて、気づいたら夢中になってた。夏休みの終わりごろには、月に数十万円くらい稼げるようになって……そしたら、もう学校に行く気がなくなったんだ。まあ、もう辞めてもいいかなって思ってる」
「え、でも、行った方が……」
「いやだね」
短く言い切るその目に、妙な静けさがあった。そうしているうちに、ダンジョンを出る事が出来た。
「おじさん、なかなか体力あるから、またお願いするよ。俺、初めて三十階層探索配信やる予定だから、また頼んでいいか?」
「い、いいよ」
「助かる。報酬は多めに上乗せするよ」
ギルドのアプリを通じて再依頼の通知が届く。
承諾ボタンを押すと、ゴロッドさんは荷物を受け取って帰っていった。




