第8話 荷物持ち
最近、荷物持ちの仕事が増えているらしい。
ダンジョンに潜る際は、食料や武器、アイテムなどを持参しなければならないため、探索者たちはどうしても荷物が多くなる。
そのため、荷物を運ぶ専門の『荷物持ち』の需要が高まっているのだ。
しかも、配信者からの依頼なら作業時間は五時間程度で、報酬も五千円から二万円と幅広い。
登録者は五千人に増えたが、収益化条件はまだ満たせていない。
仮に収益化できても、最初に稼げるのは数千円。続けていけば数万円、いや、運が良ければ数十万円になる可能性もある。
だが、そこまで収益を得られるようになるには、それなりに時間がかかってしまう。
だから僕は、荷物持ちの仕事で生計を立てようと考えた。それに、この姿では普通の仕事では誰も雇ってくれない。
荷物持ちの利点は、探索ギルドで発行されるギルドカードさえあれば仕事を受けられることだ。
魔石を換金することもできるが、確実性はない。どれだけ頑張っても、一階層から五階層までの比較的倒しやすい魔物は、若い探索者が先に倒してしまうため、魔石を手に入れることはできない。
だから、確実に報酬が得られる荷物持ちを選んだ。だが、それだけが理由ではない。求人の中に、ある魅力的な条件を見つけたのだ。
依頼主は配信者で、条件欄には「顔が隠れるフード着用」とあった。
――今の僕に、これほどぴったりな仕事はない。
ギルドカードはすでに発行済みで、探索ギルドアプリにはデジタル版のカードも登録されている。
これは運転免許証のように、身分証明書としても利用できる。
荷物持ちの依頼は、すべてアプリ内で完結する。
銀行口座を紐づけておけば、報酬は自動的に振り込まれる仕組みだ。
個人間のやり取りではなく、ギルドが仲介するため未払いの心配もない。
僕は依頼を受けるために、探索ギルドアプリの設定をいくつか整え、早速応募した。
ほどなくして応募は受理され、依頼主とのメッセージのやり取りが始まった。
『よろしくお願いします』
『受理しておいてなんですが、本当に大丈夫ですか? いや、悪いですけど……配信機材や武器、アイテム、食料でだいたい三十キロはあります。途中でギブアップされても困るんでね』
依頼主には僕の年齢も見えている。三十代後半という数字を見て、体力面を心配しているのだろう。
だが、この体になってから筋力は格段に上がっている。冷蔵庫の下に落ちた五百円玉を拾おうとして、冷蔵庫ごと持ち上げたことがあるくらいだ。
だから僕は、自信を持って返した。
『大丈夫です』
『そうですか。じゃあ明日よろしくお願いします。途中で音を上げないことを祈ってます』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
こうして僕は、明日荷物持ちの仕事をすることになった。
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「パパ、明日荷物持ちの仕事するの?」
「そうそう」
「どんな人の荷物持つの?」
結衣が、夕飯を食べながら興味ありげに顔を上げた。
「配信者らしいよ。ゴロッドって言ってた」
配信者の名前を言った瞬間、結衣の目がぱちっと開いた。
「え、その人知ってる! 有名だよね〜」
「そうなの?」
「うん。登録者、六十万人以上いるんだよ〜」
「す、すっご……」
僕が思わず箸を止めると、結衣は少し呆れ顔でスマホを取り出し、画面を見せてきた。
そこには確かに、登録者数六十万人を超えるチャンネルが表示されている。
「え、パパ知らなかったの? この人、探索するスピードが速いし、それに顔も良いから特に女性に人気なんだよ〜」
「へえ〜、結衣も好きなの?」
「全然」
即答で否定し、首を横に振った。少し、安堵した。
「そっか〜」
「でも、サインとかもらってきて。友達の菜奈が好きだから」
「分かった〜」
せっかくのお願いだし、垢BANしてしまった挽回もできそうだし、父親としての株も上がりそうだ。
僕はサインペンと色紙を持って行くことにした。




