第6話 スカート
昨日、結衣に押し切られるような形で「配信に出る」と約束してしまった。けれど、やっぱり恥ずかしい。
娘の配信に父親が出るなんて、絶対に炎上する……。寝る前はそんな不安ばかりが頭をよぎり、結局ほとんど眠れなかった。
眠い目をこすりながら、毛が料理中に混入しないように手袋をして、キッチンで朝ごはんと弁当を作り終える。
出来上がった料理を机の上に並べ、そろそろ結衣を起こしに行こうか――そう考えたとき、二階からドタドタと慌ただしい足音が響いた。
「パパ!」
階段を駆け下りてきた結衣が、いきなりスマホの画面を突きつけてきた。
「これ見て!」
「……なに?」
画面には、ネットに投稿された僕の写真。
その下には、異常な数の「いいね」とRT。
「パパ、SNSでバズってるんだよ!」
「バズってる……?」
ほとんど寝ていない脳みそでは、状況がうまく理解できなかった。
「しかもね、トレンド入り。『猫パパ』って!」
「えっ……?」
あっけに取られている僕をよそに、結衣はいつの間にか朝ごはんを食べ終えていた。
机の上の弁当を鞄に入れると、玄関に向かいながら言う。
「じゃ、今日配信だからね!」
「あ……」
完全に断るタイミングを逃した僕は、冷めていく朝ごはんを横目に、スマホで自分の写真を眺めていた。
コメント欄には「AI生成だろ」とか「コスプレ乙」とか、否定的な声も多い。
もし僕が動画に出なかったら――結衣が“嘘つき”扱いされて炎上してしまうかもしれない。
――だ、ダメだ。それだけは阻止しなければ!
緊張しすぎて配信に出たくないと思っていたが、結衣を守るために出る決意を固めた。
……とはいえ、何を話せばいいんだろう?
獣人になった経緯? 好きな食べ物?
ただ何気なく見ていた配信だけど、いざ自分が出る立場になると、話題をつなげる難しさに気づく。
――配信者って、本当にすごい。
そんなことを色々考えているうちに、玄関のドアが開き、結衣が帰ってきた。
夜の六時から配信すると告知していたはず……。
もう三十分もないと思うと、胸の奥がそわそわして落ち着かない。
そうこうしているうちに、気づけば配信五分前になっていた。
「じゃあ、パパは普通にしててくれたらいいから。進行は私がするから、身を委ねてくれたらいいから」
「う、うん……」
心臓がやたらとうるさい。緊張で手が震える。
「じゃあ、始めるよ」
「わ、わかった……」
結衣がスマホをインカメラに切り替え、ライブ配信のボタンを押した。
「こんばんは〜」
「こ、こ、こんばんは!」
緊張して、つい噛んでしまった。
【は、ガチかよ。フェイク画像とかだと思ってた】
【着ぐるみにしちゃあリアルすぎない?】
【パパ!? 本当にパパ!? パパさん!?】
【え、可愛いんだけど……】
「今日は、パパが『着ぐるみ説』とか『AI画像説』とか言われてるから、それを検証していこうと思います!」
「え?け、検証って……?」
突然の宣言に、思わず声が裏返った。
「まずは、服を脱いで背中を見せてもらいます」
「え?う、うん……分かった……」
少し驚いたが、結衣の指示に従いながら、僕は後ろを向き、上着を持ち上げて背中を見せた。
「ほら、チャックとかないでしょ?」
「にゃうっ!?」
結衣が僕の背中の毛をかき分けながら、カメラに寄せて映す。
毛を掻き分けられる感触がくすぐったくて、思わず変な声が漏れた。
【今、鳴いた!?】
【背中弱いタイプの猫パパ】
【声が完全に反則】
【あーこれ、ASMR案件】
【叡智です】
【確かに着ぐるみではない……が、逆に興奮する】
【もしかしたら3DVTuberの可能性も……】
【いや、これは生きてるやつだろ】
【メイド服着てくれたら信じる!】
まだ一部の視聴者は疑っているようだった。
けれど、全体的には信じてくれた人が増えている。
ほっと息をついた僕だったが、結衣の表情はまだ満足していなかった。
「これでも信じない人がいるんだから、仕方ないな。――じゃあ、パパ、これ着て」
「え?」
「視聴者のリクエストだから」
差し出されたのは、なぜかメイド服だった。
――いや、さすがにこれは……。
父親としての尊厳というか、父親としてのラインというか……。
文句を言いながらも、結衣の炎上を回避する為にここで逃げるわけにもいかない。
僕は無言で画面の外へ出て、服やズボンを脱ぎ、メイド服を着用して戻った。
「ほら、私が渡した服を着てるでしょ? VTuberなら、リアルタイムで着替えなんてできないよ!それに、尻尾の動きもほら!」
これで、VTuber説は否定できているのかどうかは、正直分からないけど……。スカートは、なんというか、心許なくてスースーする。
それに、足もとにまとわりつく布の感触がくすぐったくて、少し動くと裾が揺れるのが気になる。
――というか、娘の前でこの格好は、冷静に考えたらかなり恥ずかしい。だって、三十代後半の父親が着ているのだから。
【ふぁ!? 猫耳メイド!? 最強かよ】
【尻尾まで生えてるのリアルすぎて逆にドキドキする】
【パパかわいすぎ問題】
【スカートがちょい上がってるの助かる】
【恥ずかしがってるパパさんもいいよ!】
【お願い、一回くるっと回って見てよ……】
【360度見たい!】
【尻尾でスカート持ち上がるとか、そういう仕様ですか!?】
コメントがどうなっているのだろうか。恥ずかしいなと思いながらも気になって、結衣が持っているタブレットを覗いてみると、コメント欄が「回転」で埋め尽くされていた。
どうやら、全身を確認したいらしい。
「……回ればいいのかな?」
そうつぶやきながら、リクエストに応えるように片足を軸にくるっと回ってみせた。
「ちょ、パパ!?」
「ん?」
結衣が慌てて僕の前に飛び出し、カメラから僕の姿を隠すように間に入ってきた。
【白!】
【ブリーフ確認!】
【尻尾でスカートがめくれて!!】
【ナイス回転w】
【ありがとう猫パパ!】
【30代パパのブリーフに興奮させられるとは!】
【サービスシーンきたああああ!】
【今スクショ撮れた人は勝ち組】
結衣が飛び出して、すぐにハッとした。
——やってしまった。
勢いよく回転した拍子に、尻尾がスカートを持ち上げたまま回ってしまい、全国ネットで三十代後半男の不快な物を晒してしまった。
そりゃあ結衣も、全力でカメラを塞ぎたくもなる。
「じゃ、じゃあ、パパの疑いは晴れたと思うので、配信は終了します! お疲れ様でした!!」
結衣は慌てた声とともに、配信は終了した。




