第3話 結衣目線
最近、うちのパパがおかしい。
ダンジョンで副業していることは、なんとなく知っていた。でも、その副業を始めてから、パパの様子が明らかに変わった。全身を隠すようになったのだ。フードに手袋までして、肌を一切見せない。
最初は別に気にしなかった。
でも、一週間も続くとさすがに心配になる。落ち着かなくて、配信活動も手につかない。お風呂に入っているときなんか、つい色々考えてしまう。
机に向かってしばらく考えてみたけど、結論は出なかった。
――もう、直接聞くしかない。
「……ねえ、なんで手袋とかフードをかぶって、肌を出さないようにしてるの?」
「あ、いや、これは……」
はぐらかそうとするパパ。顔を覗き込もうとすると、フードの端を引っ張って、さらに顔を隠そうとしてくる。
「なんで顔を隠すの!」
「……まあ」
この時点で確信した。何か隠している。もしかして、ダンジョンで火傷や怪我をして、見せられない体になっちゃったんじゃないか? もしそうなら転職どころじゃないし、私にできることがあるなら手伝いたい。
そう思った矢先――。
「あ、そうだ。お風呂入らないと」
「は? まだ話の途中なんだけど!」
逃げようとするパパを睨む。
「パパ、最近マジで行動おかしいんだけど。何隠してんの? はっきり言ってよ!」
パパが横を通り過ぎる瞬間、振り返りざまにフードをつかんで引き留めた。
外れたフードの下に見えたのは、灰色に覆われた猫耳だった。
「猫耳……?」
「あ……」
間抜けな声を出すパパ。
私が問い詰めると、しぶしぶ振り返った。そこにいたのは、完全に猫耳を生やした猫獣人になったパパだった。思わず「かわいい」と言いそうになったけど、ぐっとこらえて見つめる。
「ねえ、これ、どーゆーこと?」
「こ、これは……つけ耳……だニャン?」
「は? バレバレだから。で、本当は?」
観念したパパは、反省した態度を正座しながら示し、全部話してくれた。
どうやらダンジョン探索で獣人化してしまい、戻し方も分からないらしい。しかも私に見られたら嫌われると、本気で思っていたそうだ。
「——ってことで、ごめんなさい……」
「へえ、それで私に隠してたわけ」
「う、うん」
事情を聞いて、別に怪我をしたとかじゃないことが分かり、安心してほっと胸を撫で下ろす。
……ほんと、もう。勝手に心配させないでよ。
耳がしょんぼり折れて、反省しているのが分かる。
ぴくぴくと動くその耳が、なんだか小動物みたいで……思わず笑いそうになる。
でも、ここで甘やかしたらダメだ。ぐっと表情を引き締める。
「ふーん。じゃあ、転職は絶望ってわけね」
「ま、まあ、そんな感じ……です」
「じゃあ、これからどうすんの? まさか私にバイトでもさせる気?」
ちょっと強めに攻めると、さらに耳がぺたんと倒れた。
……まあ、別にパパが大変なら家計のためにバイトしてもいいけど。この見た目なら配信で人気が出るんじゃない? そう思った私は、パパと一緒に配信することを考え始めた。
「う……でも、まだ貯金が……」
「貯金とか言ってるけど、何年も持つわけないでしょ。現実見なよ」
配信を一緒にする口実を作るために、パパにまずは働かなければという危機感を植え付ける。
「で? これからどうすんの?」
「この一週間、ずっと悩んでたんだけど……全く解決策が見つからなくて……」
腕を組んでパパを睨むと、彼は気まずそうに俯いてしまった。
なので、すかさず私が提案してあげる。
「じゃあ、私と配信しよ」
「え?」
「実はさ、こっそり配信してるんだ」
「そうなの?」
パパには内緒にしていたけど、私は半年前から雑談やダンジョン配信をしていて、登録者は一万人ちょっと。収益化も済んでいる。
「でも、配信とか稼げないし、こんな見た目の僕が出ても……需要ないんじゃない?」
「は? あるに決まってんじゃん。それに私のチャンネル、登録者一万人超えてるし、収益化もしてるから。はい、これで就職決定だね。じゃあ、明日から配信デビューね」
「え、えぇ……そんな急に言われても……」
パパはオドオドと目を泳がせながら、猫耳をピコピコと動かしていた。
パパの表情があまりにも可愛くて、思わず可哀想に思えてきた。
胸の奥がちくりと痛むけど——パパを配信者にするには、ここで折れちゃダメだ。
「転職が絶望的なパパに、拒否権があると思う?」
「わ、わかった……」
こうして、私はパパを配信の世界に引きずり込むことに成功した。
これで、配信を口実にいろいろできる♡




