第18話 お姉ちゃん腐ってる
僕の服を、結衣と菜奈さんが選んでくれたらしい。「かっこいい感じの服かな?」「流行の服を選んでくれたのかも」
なんて少し期待しながら、渡された袋を家で開けてみた。
中から出てきたのは――ワンピースだった。
思わず袋をまじまじと見つめる。
……いや、どう見ても僕のじゃない。
「結衣、これ袋間違えてるよ〜」
「え? それ、パパの服だけど?」
一瞬、言葉を失った。
念のため、もう一度中身を確認する。
「……これ、だよ?」
「うん、そうだよ」
信じられなくて、袋の中身を全部取り出して見せたが、結衣は首をかしげることもなく、満足そうにうなずいた。
「こんな可愛い服、着れないよ……」
「パパは可愛いから、似合うと思うよ?」
似合うと言われても、恥ずかしい。
――いや、これはさすがにハードルが高い。
「あ、その服。1着で三万円くらいしたからね。レシートはもう捨てちゃった」
「さんまん……!? そんなに高いの!?」
思わず声が裏返る。
冗談であってほしいと願ったが、結衣はケロッとした顔で続けた。
「あ、でも、結衣が着れば――」
そう言いかけると、結衣はすぐに首を横に振る。
「パパのサイズで買ったから、私には着れないな〜」
三万円もする服を、着ないままにしておくのももったいない。
けれど、着る勇気は出ない。
……いや、そもそもワンピースだ。どう考えても僕にはハードルが高すぎる。
とはいえ、結衣と菜奈さんが一緒に選んでくれた服だ。値段以上に、その気持ちがありがたい。だから、捨てるなんてできるわけがない。
結局、いつ着るかもわからないまま、そっとクローゼットにしまおうとすると、
結衣はどこか不満そうに頬をふくらませていた。
「せっかく選んだのに〜。パパ、絶対似合うのになぁ〜」
「い、いつか、着るよ」
背中越しにその言葉を聞きながら、僕は苦笑を浮かべた。
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映画館から帰ってから、翔太の様子がおかしい。
「翔太、どうしたの?」
「う、うん。なんでもない」
なんというか、魂が抜けたみたいな感じだ。
もしかして映画がつまらなかったのかな?
心配して聞いてみた。
「映画が面白くなかったとか?」
「違う」
そっけない返事。
うん、これは絶対になにかある。
そういえば、映画の前からこんな感じだったような……。
でも家を出る前は元気だったし。
あれ? 私が結衣と一緒にミケちゃんの服を選んでたときから、様子おかしくなかったっけ?
――さては。
「ねえ、ミケちゃんと何かあったでしょ?」
「う、なんもなかったよ!」
はいビンゴ。これはもう確定で何かありました〜!
あ〜もう、そういう時の翔太ってほんとわかりやすいんだから。
これは聞き出すしかないでしょ!
「へぇ〜、ゲーム欲しいって言ってたよね?」
「う、うん」
「そのゲーム、買ってあげるよ」
「え……で、でも、内緒にするって約束したもん」
……なにそれ。内緒の約束!?
やっぱり! 匂う、めっちゃ匂う。私の勘がビンビンに反応してる。
「お姉ちゃんにだけ教えてよ。絶対誰にも言わないから。
お姉ちゃんが話さなければ、約束を破ったことにはならないでしょ?」
「そ、そうかな……」
私は翔太から話を聞き出したいがあまり、適当な理屈を並べた。
「そうそう」
「じ、実は……」
翔太の口から話を聞き出せた瞬間、心の中でガッツポーズを決めた。
――ゲーム代約一万円の投資、見事に回収ッ!
ミケちゃんに連れられて密室の男子トイレで二人きり?
ミケちゃんが積極的に服を脱いで?
翔太が触って確認……?
いやいやいや、ちょっと待って。
着ぐるみかどうか確認って言ってるけど、それって完全にそういうシチュじゃん。
「密室」「息づかい」「思春期男子」――はい尊い。
自分の弟が攻めか受けか、真剣に考え出す私。
ミケちゃんがあの見た目でちょっと天然っぽいから……うん、これは弟が攻め!
ミケちゃんに偶然出会って、弟を偶然預けたら、ものの数分でその展開って……
むしろ私、立派なキューピッドじゃない?
翔太をミケちゃんに預けた私、天才かもしれん。
脳内で再生されるシーンは、もう完全に尊みの極地。
あ〜もうダメ。これは供給。新しい推しカプ、誕生の瞬間。
翔太×ミケちゃん、今夜から連載開始です(脳内で)。
――はぁ……尊い。
「ふぅ、ごちそうさまでした」
「え? お姉ちゃん、何か食べたの?」
「ま、まあ、そんなところかな」
「お姉ちゃん、息が荒くなってるけど……大丈夫?」
「だ、大丈夫! これはね、健康的なやつだから!」
翔太の心配そうな顔を見て、私は慌てて手を振る。
いや、ほんとに健康的だから。酸素が足りてないだけ。
尊みを吸いすぎて酸欠になってるだけ。
――弟よ。最高の供給をありがとう。




