第15話 焼肉
午後三時ごろ、本当に五十万円が振り込まれていた。
「今日は焼肉だよ!」
「えっ、焼肉!?」
夕方、結衣が帰ってきたと同時に告げると、予想外の言葉に目を丸くしていた。
「へえ〜、パパやるじゃん!」
「ふふん。じゃあ、お肉買ってきて家で食べよう」
僕がそう言うと、結衣はすぐに口を尖らせる。
「えー、家焼肉? せっかくだし、お店で食べたい〜」
「えぇ……でも、それはちょっと……」
「なんで〜」
「だって、この姿がバレたら……困るからさ」
獣人の姿を見られたら、きっと騒ぎになる。店にも迷惑がかかる。
そう思って渋っていたのだが、結衣の強い願いには抗えず、結局出かけることになった。
夜。やってきたのは街の中心にある高級焼肉店。
普段の僕からすれば縁遠い場所だ。照明は落ち着いていて、香ばしい肉の匂いがほんのり漂う。廊下も畳敷きで、店員の所作ひとつまで丁寧だ。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですね。どうぞこちらへ」
案内されたのは掘りごたつ式の個室。周りを気にせず過ごせるのはありがたい。
「よろしければ、上着をお預かりいたします」
「い、いえ! 大丈夫です!」
すぐさま差し出された手を慌てて制した。危うくフードを取られるところだった。
「パパ……ここ、かなり高いけど大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だよ」
強がりを返しつつ、まずは厚切り牛タンを注文した。
「お待たせいたしました。厚切り牛タンでございます」
盆に乗せられた牛タンは、分厚くて艶やか。見るだけで唾が湧く。
「両面を三分ほど焼いていただくと、より美味しく召し上がれます」
店員が丁寧に説明してから下がっていく。
僕はフードをそっと外し、教えられた通りに網の上で焼き始めた。
じゅわっと脂が弾ける。香りだけで胸が高鳴る。
「……うまっ!」
ひと口噛んだ瞬間、弾力と旨味が広がった。レモンを絞ると、さらに爽やかさが増す。
結衣も目を輝かせて頬張っていて、その顔を見るだけで嬉しくなる。
タンに続けてロース、ヒレ……肉のオンパレード。
最後はアイスで締め、ふたりで大満足だった。
「パパ、ありがと〜!」
「どういたしまして」
「お会計、3万5千円でございます」
「……は、はい」
お財布から4万円を取り出してお会計を済ませ、満足して家に帰った。
♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢♦︎♢
学校帰り、菜奈は自分の部屋のベッドに寝転がり、スマホをいじっていた。
画面をスクロールしながら、ぽつりと呟く。
「結衣のパパがゴロッドの荷物持ちしてるって、結衣から聞いてさ。今日の配信のアーカイブ見たんだけど……」
新しい部屋とか巨大オークとか、まぁ驚きポイントはいろいろあったのよ。ネットニュースでも取り上げられてたし。
でもね? 一番バズってたのはそこじゃなくて……結衣パパの獣人猫姿が可愛いって騒がれてて、ダンジョンの新発見より盛り上がってんのヤバくない?
で、問題はそこからよ。
「ふぁぁ〜〜!!ゴロッドがミケちゃん抱き抱えてるとか、尊すぎて無理ぃ!!」
あの……ガチで命がけで助けてるのに、画面越しでも空気が完全に恋愛フラグだったのよ。
しかもさ、逆にミケちゃんがゴロッドを抱き上げるシーンまであって……あれ完全に攻守交替じゃん!?
スイッチング可能カプ爆誕って感じで呼吸止まった。
ベッドの上で悶えていると、部屋のドアが突然開いた。
「……姉ちゃんご飯だって」
菜奈の弟。今年小学3年生になる翔太に見られた瞬間、菜奈はハッとしてスマホを閉じ、ハァハァと息を切らしながら答えた。
「う、うん……ご飯、分かった」
翔太は眉をひそめつつも、何も言わずにドアを閉めた。
ベッドから立ち上がった菜奈は、少し赤くなりながらリビングへ向かった。
心の中では、まだゴロッドとミケちゃんの尊さがぐるぐるしていて、少し悶々としていた。




