第10話 同級生
ゴロッドさんが結衣と同い年だと知ったときも驚いたが、不登校だったと聞いたときはさらに驚いた。
しかも、結衣に頼まれていたサインをお願いするのをすっかり忘れていたことに気づき、結衣が帰ってきたタイミングで正直に打ち明けた。
「もう、パパしっかりしてよ〜」
「ごめん……」
謝りながらも、僕はなんとか言い訳を探した。
「だって、ゴロッドさんが結衣と同じ学年だって聞いて、びっくりしてさ。その驚きで、ついサインのこと忘れたんだもん」
「ふーん」
結衣は腕を組み、じとっとした視線を向けてくる。完全に納得していない顔だ。
しかし次の瞬間、ふと思い出したように表情を変えた。
「もしかしたら、同級生の武田くんかもしれない」
「そうなの?」
「うん。ゴロッドって、同級生の武田くんにちょっと似てるな〜って、前から思ってたんだよね。二年の夏休み明けから不登校っていうのも一致してるみたい。ほら、入学式の写真」
結衣がスマホをこちらに差し出す。画面には、入学式の集合写真。
その中の一人――少し太めで笑顔のぎこちない少年を結衣が指をさした。
「似てない?」
言われてみれば、目元の雰囲気や口元の形が、どことなくゴロッドさんに似ている。
まさか結衣と同じ学校の人だったとは……思いもよらなかった。そんなことを考えていると、視界の端でふわりと何かが揺れた。
猫じゃらしだった。
結衣に猫じゃらしを左右に揺らされると、体が勝手に反応してしまう。手が伸び、目で追い、気づけば腰まで浮き上がっていた。
「パパって、ほんと猫みたいに反応するんだね」
「こ、こら! パパで遊ぶなにゃ!」
「学校帰りに何となく採ってきたけど…いいね。サイン貰い忘れた罰だよ」
「ふ、ふにゃあ!」
数分間たっぷり遊ばれたあと、結衣は満足げに猫じゃらしを机の上に置き、そのままトイレへ向かった。僕はその隙を逃さず、猫じゃらしをそっとポケットに滑り込ませて隠した。
「……あれ、猫じゃらしは?」
「さ、さあ〜? どこ行ったんじゃない!」
「ふーん……。じゃあ、パパ。そろそろ配信するよ」
「う、うん」
結衣がスマホを三脚に固定し、配信が始まる。
「こんばんは〜」
「こ、こんばんは〜」
まだ2回目の配信なので、僕の挨拶はぎこちない。
【可愛い!】
【こんばんは!】
【始まった〜】
【おっ、初見です!】
【親子で配信っていいね】
【パパ緊張してるw】
【ぎこちないの可愛い】
【耳ふさふさしてそう…触りたい】
画面にはコメントが次々と流れていく。
「自己紹介する間もなくアカウントがBANされちゃったので、改めてはじめましての方もいると思いますし、ここで自己紹介していこうと思います。私はユユ。そして、この獣人猫ちゃんがうちのパパです。みんなもミケちゃんって呼んであげてね」
「えっ?」
「ほら、パパ自己紹介!」
「ミ、ミケ……です!」
突然、僕の名前がミケであることが告げられた。どうやら結衣の中では、「猫=ミケ」という連想があるらしい。
【よろしく、ミケちゃん!】
【ユユさんのパパの名前は、ミケちゃんか〜】
【ミケちゃん可愛い!】
【はじめまして〜】
【尊すぎる】
【父娘で尊死】
【ミケちゃんに踏まれたい】
コメント欄は一気に盛り上がった。
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「で、ダンジョンでの配信もパパと一緒に始めようかなって思います。ね、パパ」
【ユユちゃん…なんか少し傾いてない?】
【飲み物取ってきたときからだな】
【確かに、ユユちゃん何かしてるのかな?】
【なにかしてる?】
「う、うん…そうだ、ね」
【ミケちゃんなんか見てるよな?】
【視線が泳いでる】
【腰浮いてるww】
【臨戦体制か?】
【尻尾ブンブンしてる〜】
【だめだ可愛すぎる!】
結衣が画面外で、捨てたはずの猫じゃらしをゆらゆらと揺らしている。最初は耐えられていたが、次第に気になって仕方なくなった。
叩きたい。――猫じゃらしを叩きたい。
これが猫の本能なのか、気づけば臨戦態勢に入っていた。
「ふにゃっ!!」
僕は我慢できずに猫じゃらしの方に飛びついてしまった。
「っは!?」
すぐに正気に戻ってあたりを見渡すと、倒れたカメラの上に自分の肉球を乗せていた。慌ててカメラを立て直し、元の位置に戻った。
【おお〜】
【大迫力!】
【カメラ倒れたww】
【臨場感ハンパない】
【ちょっと怖かったけど、なんだろこのドキドキ…】
【今牙見えた!尊い】
【その口に指入れたい】
【ミケちゃんにかじられたい】
【食べられたい……♡】
【あの体勢…抱きしめたい】
【肉球で押されたい】
【もっと暴れてくれ】
【配信事故すらご褒美】
【ユユちゃんの声が焦ってるの可愛い】
「もお、パパ〜何してるの〜」
「だ、だって、ユユが…」
「パパが遊びたがってるので、今日の配信はここまでで〜す!」
「え、いや、ば、バイバイ〜」
――という感じで配信は終わった。
別に僕は遊びたがっていたわけじゃない。結衣が猫じゃらしで僕を誘導したんだ。……と弁明できなかったのが、少しだけ不満だった。




