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第十七話 名護先生の指導

 納得をいただけたところで、部屋に入る。広い畳の敷き詰められた和室の中心には大きめのテーブル。立派な掛け軸やふすま、窓辺にはドラマで悪役が話してそうな、椅子と机のあるスペース。


「結構いい部屋だわ……。カッコいいかも」


 福山さんも感心している様子。確かにここまで良い環境を用意してくれるなら、勉強もはかどりそう。

 名護さんはこういう和風なのは好きそうだ。部屋に入るとすぐに隅々まで見ていき、その一つ一つに感心したように声を漏らす。特に掛け軸の方はふむふむうんうんなど言って見入っている。入口の浮世絵にもそうだが、芸術には造詣が深い? いや、それはないな。江戸時代のBLとでたらめ言ってたし。

 俺だってこの部屋には何も思わないではいられない。壁に触れたり窓を開けて外を見たりしたくなってしまう。


「さて」


 部屋の観察も一段落ついて落ち着いてきたあたりで先生が言った。ちょうどお腹が空いてきた頃なので昼ご飯だと助かる。時刻は13時を過ぎていた。


「昼ご飯だが、私が朝一で入手してきたコンビニ弁当で我慢してくれ」


 ここに来てまで食べるものじゃねえだろ。せっかくだから海の幸料理が出たっていいじゃないか。せっかくの海だよ? 俺たち都市の住人は魚に飢えているのだ。魚が美味しいイメージのある海に来たら、口が魚を迎える感じになってたのに。


「配るぞー」


 全員同じような透明の袋に入ったコンビニ弁当を受け取り、テーブルの上で広げる。どれもこれも油っぽくて重そうだし、見慣れた弁当はつまらない。あっ、焼き鮭入ってる! とでも思って無理やり盛り上げるしかあるまい。部屋割りといい、どこまでも適当な合宿だ。先が思いやられる。先生の選択肢が全て貧乏くさいというか安価というか……。こんなことなら自分たちでお金出した方がマシだろ。


 ☆


「ごちそうさまでしたー」


 食事を終えるとすぐに先生が前に立ち、ゴミを回収しながら宣言した。


「今から三時間は勉強。頑張れよ」


 とだけ言って、大きなゴミ袋を結んだ後はどっかりとあぐらをかいて座り込んでしまった。雑な指示だが、やることは本当に勉強くらいしかないので仕方ない。俺たちはしぶしぶ勉強の準備を始める。

 福山さんはどんよりした顔で教材を引っ張り出す。移動だけで疲れたのに、その後に勉強なんて嫌だっていうのはすごく分かる。憂鬱なだけでなく眠そうな表情。本当はこのまま寝たいのだろう。でも、食べてすぐに寝るとブタになるよ。


「はあ……」


 今日は国語をやるようである。正直、俺は国語がそんなに得意ではないし、教えるとなるとさっぱり分からない。覚えろと言えば済む他科目とは違い、対策が難しいと思う。勉強の手助けにならなければ、福山さんにとって俺の存在価値はない。それに、頼まれて断れるほど俺はメンタル強くもない。助けてくれ。


「うーん、幌田くん、国語の勉強ってどうすればいいのかしら?」


 悪い予感ほどよく当たる。俺が焦っているのも知らず、彼女は俺を全知全能のように勘違いしているのか? 今まで数学などではなんとか威厳を保っていたが、それを崩される時が来た。無邪気に期待のまなざしを向けてくるのが痛い。俺より勉強できる人なんて大勢いるのに!


「福山氏、それなら私にお任せを」


 俺が戸惑っていると名護さんが割り込んできた。名護さんには勉強のイメージはあまりなかったが、意外とオタクは博識とも考えられる。オタクはたくさん本を読んで読解力を高め、同人誌でアウトプット!? でたらめ浮世絵解説が頭をよぎっていまいち信用できないが、見てみないことには分からない。俺にとっても有益かもしれないし。


「まずですねえ、福山氏、どんなふうに読んで問題を解いていますか?」

「どんなふうに……、って普通に本文を全部読んでから問題文を見るだけだけど……」

「特に小説ではどうです?」

「登場人物の気持ちなんてよく分からないから苦手なのよね……」

「そこです! 実は感情移入は正確な読解を妨げるのです!」


 名護さんは急に立ち上がって福山さんの手を握る。

 感情移入すると正確に文章が理解できない。俺にとっては新視点だった。ついメモを取る手が止まらなくなるほど説得力がある。


「登場人物の気持ちを考えるのはやめましょう! それはあなた自身の感情であって、作者の伝えたいものではないかもしれない」

「言われてみれば……?」


 福山さんもなんだか納得した様子。オタクのプレゼン力は侮れない。特に名護さんのような喋れるオタクこそが最強のようだ。もはや名護さんがいれば俺はいらないかもしれないと思うと危機感が高まるが。先生から「幌田は不要だな。帰っていいぞ」と言われる日も近いか? そもそも徒歩では帰れないから。


「すごい、詩織ちゃんってただの変人じゃないのね」

「ふっふっふ、私は天才ですから」


 天才とまで言えるかは分からないが、その実力は本物のようだ。実際、読み方を心得ただけでマークシートの点数は大きく伸び、速さも段違いだ。先生も感動したのか、ずっとうなずいて涙を流している。いくらなんでも感動しすぎだ、この熱血教師め。


「もう俺いらないよね?」


 ついそんな弱音をつぶやいてしまった。言った後に気持ち悪い発言だったと後悔したが、気づいたら遅かった。福山さんと名護さんの視線が刺さる。聞かれてしまうとなんだか苦しく感じる。必死に擁護しようという雰囲気はかえって申し訳なくなる。


「いや、幌田氏が必要なくなったわけではないです。これからも私たちと勉強しましょう。私より得意なことはあるはずですから」

「そうだわ。幌田くんのおかげで数学は少しできるようになったもの」


 うーん、自虐からフォローという流れに少し快感を覚えてしまった。このまま癖になったら名護さんを超える変態になってしまいそう。それに、この優しさにつけこんで甘えすぎてもいけない。受け身の姿勢は俺のダメさの最大の要因であり、改善しなければならないところだ。

 俺に優しい言葉をかけるメンバーたちにも感動したようで、先生はまた大粒の涙を流した。感極まっているところ申し訳ないのだが、出発前に言った「お前ら全員、はっきり言ってカスだ」という発言を忘れない。先生は今、カスに対して泣いているのだ。こんなわずかな成長に感動できるなんて、どんな純粋な脳みそしてるんだよ。


「あまり頻繁に泣かれると困るのだけど……」


 福山さん、よく言った。それこそ真理、間違いなしだ。

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