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第十六話 潮風とともに

 あっという間に日々は過ぎ、夏休みが始まった。期末テストと通知表で脳が破壊された福山さん、目がバキバキで怖い名護さん、そして緊張で肩が上がりまくった俺という見栄え最悪なメンバーが先生の車に乗って白百合荘に向かう。助手席には名護さんが座り、先生に話しかけまくって機嫌を取っている。いや、本人としては素直な感想を言っているだけだと思うが、ひねくれた俺と福山さんよりは楽しいことが言えるのは間違いない。


「幌田くん、私たちは今どこに向かってるのかしら……。どうやって処分されるのかしら……」


 福山さんは成績のことでかなり本気の落ち込み方をしている。気が利くような励ましができないのはもどかしい。


「さすがにお肉にはされないんじゃない? ほら、先生も俺たちの更生のためにやってくれてるわけだし……」


 俺の発言に答え、運転席の先生はこう言う。


「うーん、更生の見込みがなくなったらミンチもありえるかもなー」


 無表情で怖いこと言った。俺たち生徒を何だと思ってるんだ。


「え? ミンチ?」


 福山さんが真に受けてさらに怯えてしまった。捕食者を恐れる小動物のようにブルブル震えて、なんだか可愛らしくもある。


「先生、さすがにひどい冗談ですよ。命は大事にお願いします」

「はっはっは、幌田は私にだけは強気で話せるんだな。内弁慶ってやつか?」


 俺の地雷まで踏まれたー! コミュ障あるあるやめろ。上下関係がはっきりしてる相手にはある程度喋れるが、同輩が無理。これ、あるあるな。


「後ろが静かになったなー」


 死体撃ちにも程がある。もうその話題は出さないでくれよ。


「あ、もう少し行ったところで止まるぞ」


 少し開けていた窓から潮風が車内に吹き込む。車はゆっくりと減速し始め、エンジン音が止んだ瞬間とても静かになった気がした。やがて車は止まり、俺たち三人は車から降りた。


「到着、白百合荘だ!」


 綺麗な和風の建築が海の近くに佇んでいた。白百合荘という響きと雰囲気がとても合致する豪華な建物、手入れが行き届いた庭園に心奪われる。


「それではレッツゴー! 行け! 走れ!」


 先生に背中を押されて、俺たちは白百合荘の門をくぐる。

 建物の中もとても綺麗で清潔感があり……。


「あ、先生」


 名護さんが何かを見つけたようだ。指をさす先には浮世絵? があり、男が二人描かれていた。


「これは江戸時代のBL間違いなし!」


 とはしゃいでいるが、先生は全く相手にしない。


「それは全然そういうのではないらしいぞ」

「いや、森羅万象から萌えを見出してこそのオタク……」


 まで言うと、先生はなぜ持ってきたか分からない、授業のときにしか出てこないバカデカい三角定規を取り出す。


「その腐った性根を叩き直すためにここに来たんだ。次に変なこと言ったら……、分かるな?」


 命に関わるわ。名護さんもさすがにビクビク震えて命の危険を感じているようだ。


「詩織ちゃん、私だって勉強頑張ってるんだから、人前でBL暴走はダメよ」


 福山さんは名護さんをなだめようと頭をポンポンと叩く。並ぶのは初めてで、初めて身長差を意識した。福山さんの方が一回り大きい。


「今度からは気をつけます」


 名護さんはそう言ってお口チャックのジェスチャーをする。


「今度からって何回言ってるんだ!」


 先生の言うことは正しい。今まで名護さんは一度も欲を我慢できたことはない。


「は、はい!」


 この怒りの矛先が俺と福山さんに向かうこともあるので気をつけないと。


「次は部屋行くぞ」


 部屋は二階にあるようで、階段を上がって部屋に向かう。


「ここだ」


 一つの扉の前に立つ。ここから奥に二つ部屋があるから、それぞれそこに入るんだな。


「お前ら、ここで一つ謝らせてくれ」


 珍しく先生がかしこまって俺たちの方を向く。そして突然頭を下げて叫ぶ。


「私の不手際で部屋は一つしか用意できなかった! 全員ここに入ることになる!」


 えー!? 女子二人と同じ部屋で寝るとか勘弁してくれ!


「先生! それは倫理的に……」

「幌田は女子と一緒だからって変なことするようなやつではないって信用してるさ」


 それは俺が理性的なやつだからではなく、ヘタレだからである。いや、ヤバくないよ? 俺。真面目だからね?

 福山さんは俺の方にジロジロと恐ろしい視線を向け、名護さんはニヤニヤしている。先生、変態ならこっちですよ。


「まあ……、そうするしかないか……」


 俺は諦めてそう言うしかなかった。心配でしかないけど、まずは福山さんの説得から。さっきからずっとネコみたいにシャーシャー警戒してる。


「幌田くん……。私を襲うつもりね……」

「いや襲わないよ!」

「私に近づく男子はみんないやらしい目で見るから……」

「み、見ないから!」


 あの時テストの点数見たけど、それ以外は見ない! しかもあれは先生に頼まれて仕方なくだ。それでも福山さんの中で俺は「見てきやがる人」に認定されているらしい。

 名護さんはというと、手を突き出した変なポーズをとって叫ぶ。


「ラブコメの波動! はあ!」

「詩織ちゃんはふざけてるけど、大丈夫なの!? 知らない男と一緒の部屋で寝るなんて!」

「幌田氏は福山氏に興味津々なので、私が狙われることはないかと」

「幌田くん、興味あるの!?」

「えっ、いやそんなことない!」

「それはそれでひどい!」


 福山さんに興味あるというより、名護さんから逃げたいってのが正確。でもこんなこと言ったら傷つけるだけだよな……。

 どうやら、覚悟を決めないといけないときが来たようだ。


「俺は廊下で寝る」


 俺がそう言った瞬間、時間が止まったように静まり返った。うまくいったのか……? 静寂を破ったのは先生。俺の前に歩いてきて肩に手を乗せる。


「さすがにそれは悲しい」


 先生が今まで見せたことのない慈愛と困惑と憐憫の顔を向けてくる。それを見た福山さんははっとした顔をし、俺に優しく言った。


「幌田くんにそんなみじめな思いをさせようなんて、私は最低だったわ。同じ部屋でもいいわ……」


 なんだか可哀そうな奴になった気分だが、説得には成功したということでいいのだろうか。

 とにかく部屋のトラブルはあれど、ここでしばらくの生活が始まる。最初は拒否しながらも、来てみると意外とワクワクしている自分がいる。合宿ではどんなことが起こるのだろう。不安も大きいが、少しは期待してもいいのかもしれない。

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