第十四話 合宿行きます
「よーし、今日は第一回、補講室定例会だ!」
教卓の前に京ヶ谷先生が立ち、俺たち補講室メンバーに宣言する。定例会ってネーミングから察するに、これから何度もあるってことか。嫌だ。先生は妙にウキウキしており、多分こういう会議的なのをやってみたかったんだと思う。
「なんでいきなり……」
福山さんは相変わらずめんどくさそうにしている。死んだ魚の目とはまさにこのことだ。勉強のみならず、座ってること自体が苦手そうだしこの反応は納得。
「その前に、まず質問が。なぜ私はここに入れられたのですか!?」
「猥褻な本で風紀を乱したからって前言っただろ!」
一瞬で潰された。名護さんが補講室送りになった理由は最初に明らかになっていたはず。相当納得がいかないようで、まだ抵抗を続けている。BLレジスタンスだ。(?)
「ふっふっふ、BLは封じられましたが、私はまだ百合もイケる!」
「猥褻なことしたらそれも没収だからな」
「そんな無慈悲な!」
先生に強く釘を刺され、名護さんは白目を剥いて後ろに倒れた。本当に大丈夫だろうか。
福山さんは首をかしげてどこか理解できてない様子。
「百合? お花がどうかしたの……?」
オタクじゃないが、俺は百合を知っている。福山さん、知らなくていいこともあるよ。
「よし、次は福山。勉強の状況はどうだ?」
死んだ名護さんを無視して話を進める京ヶ谷先生。福山さんは少し間を置いて、こう答えた。
「まあ……、ぼちぼちですね」
「そうか、それは良かった。期末テストも赤点で、どうなることかと思ったぞ。コラー!」
情緒不安定か。この前は向上心を褒めていたが、現状に甘んじる考えは喝! なようだ。
そう、何を隠そう福山さんは中間テストに続いて期末テストでも赤点を取りまくっている。俺が教えてもすぐ点数に反映されるとは限らない。それでも、俺に一定の責任はあると思い、少し申し訳ない。
「は、はい……」
「うんうん、それでどうしたんだ?」
言い訳を許さない威圧的なスマイルと黒いオーラのハイブリッドが、その恐ろしさに拍車をかける。ヘビに睨まれたカエル、いや、風の前の塵、いや先生の前の福山さん。福山さんはガチガチに固まっていた。
「最後は幌田! どうだ、彼女できそうか?」
先生が俺に対して、そんな質問を投げかける。さっきの鬼の激怒から、仏のような笑顔に。逆に怖い。
「いえ、全く進展なしです」
と俺は答えた。だって、本当だもん。ここに来てから福山さんとは話すようになったが、仲良くはしてくれない。当然だ。勉強させてくるやつなんて嫌いだろ。それとクラスでは仙石さんがいるが、ギャルのノリは難しい。なんだよやっぴすって。もうやらないからな。
俺が喋り終えると静かになり、再び先生のターン。
「お前ら全員、はっきり言ってカスだ」
教師としてそれは言っちゃダメでしょ。
「そんなカスなお前たちにとっておきの改善策を用意する。夏休み、合宿に来い! 内容は今から配るプリントに書いてある」
「はぁ!?」
全員が同じ反応をしてしまった。
「大丈夫。保護者には話をつけてある」
「いや、でも……」
「そういう問題じゃ……」
「萌える……」
それぞれの反応を見せる。っていつの間に名護さん復活したの? しかも萌えるってどういうことだ。
「うるさい! 高校生の間に思い出作ってないのは人生の大損失だ。もちろん幌田と福山は勉強もしてもらう。名護の役割は……、合宿の盛り上げとかどうだ?」
「私、得意です! いろんなオタク要素で盛り上げますね!」
「指示はこっちから出すから勝手なことはするなよ」
この人、本当にヤバい。京ヶ谷先生、いい判断だ。これを野放しにすると社会へ悪影響となる。いや、ここにいるのすら危険かもしれない。
「文句言うな! プリント配るぞ」
京ヶ谷先生は俺たちにプリントを配り、内容を読み始める。
「合宿は8/1〜8/3の二泊三日。場所は海沿いのところにある『白百合荘』だ」
「百合?」
名護さん黙ってて。
プリントに目を移すと、住所や地図が書いてあった。写真も付いていて、綺麗な海と砂浜、閑静な田舎町が広がっている。ここからそう遠くない場所にあるのが信じられない。
「すごい!」
福山さんが目を輝かせて言う。陽キャは海好きだよなー。俺のようなやつは日陰が似合う。太陽の光に当たると体から火が出て消滅してしまうのだ。したがって、俺は海は得意ではない。俺って魔物か何か?
「ここからは中身の説明だ。ここでお前たちはそこそこ楽しく、かなり厳しい生活を送ってもらう。その生活の中で、お前たちの腐った根性を正してやる」
なんて恐ろしいこと言うんだ。一昔前市内を持った教師像が浮かぶ。
「プログラムを見てみろ。まずは初日だ」
・勉強
まず勉強かよ。福山さんは苦悶の表情を浮かべる。着いてすぐ勉強なんて俺も嫌だ。
・肝試し
・花火
ここからはまあ、普通だなぁと。名護さんは目を輝かせて、「青春! 青春!」と叫んでいる。怖い。本当に怖い。マンガの世界に引きずり込まれ、戻れなくなっているようだ。しかも、あの見た目で陽キャ寄りの性格をしているのもなんだか不自然で、さらに怖い。
「そんなわけで、準備しておくんだぞ。荷物もそうだが、何より『進化』する覚悟をだ」
京ヶ谷先生は、俺たちにそう告げた。進化ってなんだ? これで進化できるの?
「じゃあ今日は私の話はここまで。いつものように勉強しろよー」
そして教室には俺たち三人が残される。一瞬の静寂ののち、空気が一変するのを感じた。
「詩織ちゃん」
「福山氏」
二人は突然手を取り合って元気よくはしゃぎ出した。これが進化?
「楽しみね!」
「萌えの予感がします!」
二人は意外と相性がよく、仲良くなれそうだ。オタクは人を引き付ける魅力があるのか? 女子ばっかり仲良くなっちゃって、俺はすっかり置いてけぼりだな。
「あ、幌田氏。この合宿でオタクの沼に引きずり込んであげますよ。楽しみでしょ?」
名護さんは俺にそう告げる。楽しみか……。新しい領域に踏み込むのが楽しいなんて思ったのは、いつまでだったか。今の俺はむしろ、現状に満足しているというより、今より悪くなりたくないって感じだ。
「楽しみ……、かな」
苦手な作り笑顔をする。本当にそうならいいのだが……。合宿に緊張してるのか、名護さんに怯えてるのか、分からなくなってきた。本当に怖いよ、この人。