第十三話 新星到来、風紀の乱れ
「……」
「はあ……。ねえ、勉強って何の意味があるの? 私たちを競わせて苦しめてるだけじゃないの?」
また福山さんの言い訳が始まった。小学生みたいな、少しは本質突いてる言い訳。この前のやる気はどこへ行った。先生に褒められて嬉しかったんじゃないの?
「ここから出るには点取るしかないよ」
「そうよね、勉強するしかないわ。はー……」
俺だって彼女作るなんて無理難題、ため息が出るわ。それでもあの時はかなり頑張った。あれ以上頑張れないかも。
「勉強なんかじゃなくて、面白いことがしたいわ」
福山さんはペンを回しながらそんな突拍子もないことを言い出した。
面白いことねえ……。そんなのそう簡単にある訳ない。例えば宇宙人がやってくるとか、地球に隕石が衝突するとか、そんなレベルのことが起これば別だけど。さすがにないか。
「……福山さんはどんなことが起きてほしいの?」
「そうね、せっかくだからもう一人くらいメンバーが増えたらいいのだけど」
結構現実的なやつきてびっくりしたわ。宇宙人や隕石を考えてた俺がバカみたい。
「新入りの子、いつでも来てねー!」
地面に向かって地球の反対側のブラジルの人を呼ぶように、ドアに向かってそんなことを言っている。その直後、ドアが開く音が!?
「新入り来たわ!」
「まさかそんな……」
あんなスピリチュアルな方法で願望が実現!? まさかそんな訳……。
「やっぴす! まやっち、幌田!」
ほらね、仙石さんだよ。いつものように派手な格好でテンション高く、教室の中に入り込んできた。
「仙石さん!」
福山さんにとって仙石さん襲来は十分面白いことらしく、目をキラキラさせて仙石さんと手を握り合う。
「今日も勉強頑張ってるのー?」
「あのね、仙石さん。幌田くんが勉強させていじめるの……」
「人聞き悪い!? 俺だって先生に脅されてるからやってるだけなのに!」
「あはは! やっぱり幌田とまやっち面白いね! 夫婦漫才みたい!」
夫婦漫才!? 俺と福山さんが!? 冗談にしてもタチが悪い。
「仙石さん……。変なこと言わないで」
福山さんがガチで困惑する表示をしている。うんうん、その気持ちは分かる。俺と夫婦なんて、鼻からタバスコ流した方がマシだよな。絶対痛いな、それ。
「結構本気だったんだけどなー……」
「本当にやめてよね」
「まやっち、可愛いね」
「からかわないで!」
福山さんと仙石さんが仲良い方が、俺は嬉しいよ。巻き込まれずに済むから。
「まっ、そんなわけで遊ぼう!」
「うんっ!」
二人は嬉しそうだが、俺は心配だった。
「先生が来たらまずいんじゃ……」
「今日は来ないわよ。職員室で先生の机を盗み見てきたから。予定あるってことだけは分かるわ」
意外とヤバいことするなぁ、福山さん。
「そうなの? でもなんかな……」
そう言ったその時、教室のドアがガラガラと音を立てて開く。そして、鬼の形相をした先生が入ってくる。予定と違うじゃないか。手には表紙がよく分からない薄い本を持っていた。
「入れ!」
先生に引き連れられ教室にぶち込まれたのは、黒縁メガネをかけ、制服も整えられたいかにも真面目そうな女子生徒。もう俺は騙されない。こういうまともそうな奴に限ってヤバい。だから現に補講室に連れられている。
「先生! 私は何もしていません! ただ、田中くんと山本くんのBL妄想を本にしただけで……」
「配布されたら彼らの名誉に関わるだろ!」
福山さんとは別ベクトルにヤバい奴だー!
「先生、それは私の自信作で……」
「関係ない! 焚書する!」
「ひどい! 職権乱用です!」
仕方ないよな。田中くんと山本くん(知らん奴らだけど)が可哀想だもん。で、焚書って言ったら校庭で焼くのかな。焼き芋の燃料に? 季節じゃない。今は夏だ。
先生は手に持つ本を一旦カバンにしまい、俺たちに宣言した。
「こいつが新たな問題児だ。仲良くするんだぞ。それじゃ」
BLメガネ(仮)を置いて先生は去ってしまった。いつもいつもやること済んだら秒で帰るよな、あの人。
「あああー! 私の最高傑作がー!」
叫び声が教室に広がる。叫び続けて喉が疲れたのか、息を切らしながら俺たちの方を見る。
「あの、私って悪い子なんですか?」
ぐるっと首を回して俺たちの方に向き直る。その眼には生気が宿っていなかった。
「まず、私たちはあなたのこと知らないわ」
「うん。まやっち、マジそれな」
俺も俺も。声が出なかった。それはコミュ障で喋らないからである。初対面は特に難しい。
「私は四組の名護詩織です。あらゆる方面のオタクです。よろしくお願いします!」
元気が戻ったようでなにより。
「詩織ちゃん、よろしくね。私は福山麻耶よ」
「よろしくー! あたし仙石瑠奈!」
出遅れた。俺も名乗らなければ。
「ん、そこの彼は私と同じオタクの匂いが……。くんくん」
「本当に嗅ぐ人初めて見たよ」
美少女に匂いを嗅がれる。なかなかドキドキするシチュエーションのはずだが、なぜだろう、恐怖が上回る。
「俺は幌田陽介。オタクではない」
「うんうん、今オタクでなくてもこれからなれる! 幌田氏には素質がある!」
幌田氏? 変な呼び方する人だな、名護さんは。また一人変な奴が増え、補講室は賑わいそう。もちろん皮肉である。
「新入りが来たことだし、何かしましょうよ!」
「いいね! あたしも遊びたい!」
「わーい!」
女子三人で盛り上がって、仲良くていいなあ。勉強が苦手でも、ギャルでも、オタクでもみんな仲間で羨ましいなあ。人が増えれば増えるほど、孤独が増す経験、分かる? 俺はそういうタイプだ。