第十二話 未来へ
今日も今日とて補講室。目の前で問題集を前に唸る少女は福山さん。利害関係の下、俺も気合を入れて指導しなければならないというもの。昨日はたくさん助けられたからな。恩返しもコミュニケーションの一環だ。
「ここはこの公式を使えば簡単に解けるよ」
「本当だ。全然見えてなかったわ。ありがとう」
なんだかマイルドな性格になった気がする。少しは俺の成長を認めてくれたのか何なのか分からないが、良い傾向である。思い返せば初対面ではいきなり嫌われたが、なんとかお互いの目的のためにつながりを保ってこられた。まあ、俺も福山さんも大して成長していないと思うが。俺はかろうじて仙谷さんと毎日話せるくらい、福山さんは中間テストまでの範囲を半分ほど理解したほどだ。目標までまだまだ先がありすぎる。そんな状況ではあるが、毎日が少し楽しくなってきたようには感じる。はっきりとした理由は分からないが、ここ数か月の急激な変化が原因には違いない。疲れたようにしか思えなかったが、振り返れば楽しかったなんて、なんだか青春みたいじゃないか。これからもきっと楽しい日々を過ごすことになって……。いやいや、そんなに都合よく事が運ぶわけがない。
突然、扉をガラガラと開ける音が響き、久しぶりに京ヶ谷先生がやってきた。手ぶらで何しに来たんだ。
「お前ら、昨日は幌田のために三人で出かけてたようだな。仙谷から聞いたぞ。成果はどうだ?」
先生はニヤニヤと口角を上げまくりながら問う。非常にざっくりした質問だし、完全に冷やかしにしか見えないが、担当者として一応知っておきたいのだろう。
「まあ、悪くはないですよ」
「悪くないどころかかなり進歩してると思うぞ? 最近よく喋ってるようになったしな。私も教師として鼻が高い!」
腰に手を当て仁王立ち。そしてわっはっはと高笑いまで。これはもう魔王だ。福山さんは呆れたと言わんばかりに目線を逸らし、俺もついため息が出てしまった。進歩と言われても、あまり実感がない。よく喋るようになったとはいっても、複数人の会話ではいまだに置物。自分から話しかけるのもままならず、仙谷さんから話しかけられるのに頼るばかり。受け答えができるようになったという点では進歩なのか?
「この調子で頑張れよ! 私はお前らの成長を見逃さない。逆に成長してないのも見逃さないからな」
途中まで教師の感動名言だったのに、最後のせいで俺たちは恐怖に震えた。未達だった場合、あの三角定規で拷問にかけられるのだろうか。コンパスで刺されるのだろうか。どちらにせよ恐ろしい。いやさすがにないよな。
「福山も、次は期末テスト頑張るんだぞ。幌田の指導はどうだ?」
福山さんにビシッと指さす。彼女はビクッと震えた。正直なところ、まだまだ成績が上がったとは言い難い。これまでの復習も万全でないのに、期末テストで伸びるとは考えられないのが実情だ。それを自分でも分かっているのか、申し訳なさそうに答えた。
「幌田くんが教えてくれるようになって少しは勉強が続けられるようになったけど、全然できるようにはなってません……」
「おい幌田、どういうことだ」
「あっ、ごめんなさい……」
「冗談だ。幌田はよくやってると思うぞ」
今のはガチで怖かった。殺気にまみれた瞳に睨まれたら誰でも謝るに決まっている。もっとちゃんと教えろと言って怒鳴ってくると思っていたが、なぜかフォローされた。その緩急で頭が痛くなりそう。
先生だって教育者。すぐには成績が上がらないことは理解しているようだ。そしてまた俺が褒められる。福山さんも褒めてあげてよ。
「とにかく、気を抜かずに努力を続けた者にのみ勝利は訪れる! 順調な幌田も、これからの福山も、戦いはこれからだ!」
打ち切りになったマンガみたいな締め。だが意図は伝わる。俺たちが補講室に入れられ、はや二ヶ月、されどたった二ヶ月。初めの勢いだけよくてすぐに潰れるようではダメで、継続する力が俺たちには求められている。努力すれば必ず成功するわけではないが、成功するには努力していないといけないともいう。
先生に見守られる中、俺たちは勉強に戻る。しばらくはペンと紙の音だけが教室に響き、真剣さが感じ取れた。