47P2.それの名前は
こちらの世界に来てから、知らない概念や知識に触れる機会が多くあった。
それは恐らく魔法が無いが故に発達した研究と技術の為であり、また研究と技術を繋ぎ高める為の教育の成果なのだろう。魔法であれば少々物を知らずとも出来る事も、こちらでは細かな部品の角度まで把握していなければならない。
不便だ。全くもって不便だ。だがその不便こそが文化の、何なら文明の底を上げている。それは、不足があるから発展する、そういう大原則が変わらない事の証明でもあった。
俺様の世界でも、俺様の国でも出来た筈の発展だった。もちろん、それはそういう実例を見て初めて気付けたことだ。国に居たままで気付けたとは、残念ながら到底思えない。
「何だそのドクオヤというのは」
「[……総じて子供に害となる行動をする親の事ですね]」
その概念も初めて知ったものであり、何でも大体は明け透けな物言いをする家主ツミキが、少しとは言え口ごもった時点で相当に悪い言葉であるのは分かっていた。
「[特に身体的及び精神的に、束縛、拘束、支配する行動を取って子供を1人の人間ではなく、己の所有物として扱う場合にそう呼称されます。こちらの世界では、ですが]」
もっともその内容は想定外の方向だったが。害となる行動、なのだから、過剰に痛めつけたり臓器を売ったり実験台にするものかと思ったら、出てきたのは想定よりも抽象的な言葉だったのだから。
だが、言わんとする事は分かる。身体的及び精神的に、束縛、拘束、支配する。人間ではなく所有物として扱う。間違いなく俺様が思い浮かべた行動も「ドクオヤ」のものだ。
しかしそれは身体的なものだ。もちろん精神に影響が無いとは言わない。魔法の実験台にするのであれば、精神に異常をきたす場合もある。だがこちらの世界には魔法が無い。故に精神的に束縛、拘束、支配する。そういう行動に該当するのは……。
「…………なるほど」
それは恐らく、過剰な教育も含まれる。性格の否定や人格の否定も、与えられる知識の偏りもだ。何故ならそれは人に対して行われるものではなく、「王」という装置を作る為に行われるものだからだ。
もちろん、否定する事は出来ない。何故なら王とはそういうものだ。人のままで国を背負う事が出来るのは、極一部の突然変異めいた規格外だけである。だからあれは必要だった。それは分かる。
だが。だったらその末にある未来は、確実に「王」でなければならなかった筈だ。何故ならそれは「人を王にする」為のものであり、「王」とならなければ無駄になるものなのだから。だからこそ、王太子である俺様のみがその「教育」を受けていた。
「[え、国に戻って来てくれと縋りつかれる心当たりでもあるんですか]」
「……」
それに今更気付いて沈黙すると、何故そんな時ばかり鋭いのか、家主ツミキが突っ込んで来た。心当たりは……あると言わざるを得ないが、沈黙しておく。
何故ならあの「教育」を受けたのは俺様だけだ。それはすなわち、エディームズやアドリューゼでは「王」足りえないという事。そしてこちらにあれほど俺様の世界のモンスター等が流れ込んでいるなら、逆もまたしかり。
そんな状況に、現王だけで対処できるとは思えない。それでなくてもあの国の守りは俺様1人で担っているに等しい状態だったのだ。その穴を埋めるだけで精一杯だろう。それ以上の対処など、出来る訳が無い。
「[あるんですか?]」
そして恐らく、それも察しているのだろう家主ツミキは更に確認してきた。そうだな。あの国には俺様が必要だ。王太子、という歯車が必要だ。生きていると分かれば、縋りつくどころか、それこそ誘拐してでも連れ帰られるだろう。
「……無い事は無いが、その場合お前はどうするんだ?」
国に戻る。それも必要とされて。それは理不尽な追放を受けた時であれば、そら見た事かと呆れたため息を吐いて受け入れただろう。
だが今は。ここを離れて国を戻る。それが酷く……億劫だった。
もちろん正しい表現ではないかもしれない。だが俺様の語彙ではそれが精一杯だった。何しろ、感情に関することなど教えられていない。感情は排するものと教育されてきたのだから。
「[私? 何故]」
「何って…………あぁそうか、行動の判断は各自で下せという方針だったな。そうだった」
「[そうですが。私は私の生活を守るのが最優先ですからね。好きにすれば良いと思いますよ]」
だから、自分でも何を期待してかは分からないまま口を突いて出た疑問に対する答えに、落胆するのは当然だった。それはそうだ。こいつは最初から変わらない。
そう。戻るかどうかは己が決めるしかない。……そこに実質、選択肢が無いとしても。ここの家主であるツミキには関係の無い話なのだから。
「[まぁでもその上で、リットさんが帰りたくないけどちょっと相手の取る暴力の上限が高くて抵抗でき無さそう、とかって状況で、こっちに助けを求めるなら、助ける位はしますよ]」
関係の無い話、の、筈だ。
筈だが。
「…………いいのか?」
助けを求めれば、応える。
すなわち、助けを求めても良い。
それはどう考えても不合理な言葉だった。己の生活を守る事を最優先とするなら、問題を持ち込む他人など、切り捨てるのがもっとも合理的だ。
だというのに、問題を持ち込んでも構わないという。それは、理解できない考えだった。
「[いいもなにも、私は最初からそういうスタンスです。助けを求められたら良識と余裕の範囲で応じます。最初に避難してきた人達を受け入れた時から変わりません]」
だが。
そうだった。このツミキという家主は、そう。最初から。それこそ俺様が逃げ延びてここに辿り着いた時から、助けを求める者には手を差し伸べてきた。
助けを求めて伸ばされた手を掴み、引き上げ、そして引き上げた者がまた別の伸ばされた手を掴めば、同じく応じる。そう、確かにその言葉通り、変わっていない。最初からそうだった。最初から不合理だったのだ。
そして流石に俺様も知っている。学んでいる。その不合理は、情けと優しさという名前で呼ばれる事を。
きっとこの家主にとっては、相手がドラゴンだろうが国だろうが、それこそ世界だろうが大して変わらないのだ。1人の人が対峙するには大き過ぎるという意味で。
何しろ言っていたからな。本人は覚えているかどうか分からないが、ドラゴンを相手にして、捕まえられなければどうするのかと聞いたら。
「[その時はまぁ、死ぬまで削るしかないでしょうね。生物ではあるんです。2週間でも1ヵ月でもかけて、ちまちま傷をつけながら食事を邪魔し続ければそのうち死ぬでしょう]」
それを徹底するのであれば、国だろうと削り切ることは不可能ではない。国を運営するものからすれば最悪の、ゲリラ戦から始めて強制的に籠城戦を強いる、弱者が強者を潰す為の戦略だったのだから。
なおかつ、己の拠点の防御に関しては、もはや俺様ですらお手上げである。兵糧無限で結界樹にドラゴンまで備える拠点など、どうやって潰せというのだ。こちらが戦力を出せば、移動途中で必ず削りにくる上に、その間に国が好き放題されるのが見えているというのに。
……全く本当に、味方であれば頼もしいやつだ。今からこいつと敵対する者らが哀れで仕方なくなるではないか。




