S1.日常が消し去られた日
あの日。私はいつもと同じように、高校に向かう所だった。
「え?」
バスに乗っている間に、適当に流し見していたSNS。簡単に短い文章を投稿できるそれの、顔も知らない相手が投稿した文章が、時間経過だけを基準に並んでいる横には、今の話題が出ている。
そこに並ぶ文字が変わる事自体はいつもの事だ。でも今回変わったのは「ゾンビ」だった。何かゲームでも出たのかな、と思った。けど。
あっという間に「ゾンビ」についての投稿は増えて行ったし、「ゾンビ」だけじゃなくて「宇宙人」とか「ファンタジー」とか「異世界」とか、そんな、漫画とかアニメでしか見ないような単語が並んでいく。
「え、なん……?」
バスは変わらず走っているけど、その中は同じように気が付いた人の話し声で騒がしかった。本当かどうかなんて分かる訳が無い。でも頭のどこかで、こんなに大勢の人が、こんなあり得ない事を、ここまで口を揃えて言う? とは、思ってた。
けど。
ドン、って鈍い音がして。
バスの前の方から、緑色の手が飛んできたのを見たところから、あんまり何を考えてたか、思い出せない。
たぶん。後から考えたら、たぶん、ゾンビが出てきたんだと思う。そしてそのゾンビに、バスがぶつかった。ゾンビが簡単にバラバラになるのは、後で分かったから。普通に走ってるバスがぶつかったら、絶対にバラバラになる。
でもその時は、そんな事は分からない。しかも、他にもゾンビが居て、悲鳴が上がって、流されるようにバスの外に出て、自分がどっちに向かってるのかも分からないまま、ゾンビから逃げる為に、走って、走って。
途中で、確かに宇宙人としか言いようのない何かも見かけたけど。あれもゾンビと同じぐらい、人間を狙って来るものだった。大きな野生動物なんて鹿ぐらいしか見た事ないけど、車ぐらいある狼が走っていくのも見えた。
「やだ……っ!」
――そういうのに襲われる人も、何度も見た。
「やだ、やだ……! たす、助けて、お父さん、お母さん……!」
走って、走って。転ばずに走って行けた先で、ゾンビなら何とか撃退できる人の集団に見つけてもらえたのも。持ってたお弁当が大きくて、おやつも持ってたから、それと引き換えに守ってもらえるようになったのも。単に、運が良かっただけ。
その後も、ギリギリ足手まといにならなかったから、一緒に居させてもらえただけ。いつ放り出されてもおかしくないのを守ってくれたのは、私の後に助けられそうな人がいなかっただけ。
だから。「救助申請用」って書かれた、ピンク色の電話。それを見つけた時に、何にも考えずに受話器を取ったのも、たぶん偶然で、運が良かっただけ。
『――10人程度なら、余裕で受け入れられる。だから、この連絡先を目指して移動して』
「……へ?」
『そうすれば、その電話の効果で辿り着ける。その電話は、そういう何か変で特別なものだから。いい? 電話をかけた相手の場所、に、向かう。そう強く思いながら移動して。たぶん1日以内には不思議な力で辿り着けるから。辿り着いたら受け入れるから』
…………そこから聞こえた声が、本当に助けてくれる相手に繋がった、って事だって。そしてそれを、その時一緒にいた全員が信じてくれた事も。もう、他に助かる方法なんて、誰も思いつく事も出来ないだけだったかも知れないけど。
だからひたすら、ゾンビと宇宙人と、大きい動物と、怖い相手から逃げながら、あの電話の声の人の所へ行く、あの電話がかかった先に行く、それだけ考えながら、歩いて、歩いて。
「ん? 何か……道が、広い?」
「というか、向こう明るくないか?」
「電気じゃないな……?」
どうにか全員揃ったまま、建物の影とか木の影とかを選んで通って、隠れながらひたすら移動して。その先に、ここまでは見えなかったものがあった。
ものがあったというか、光景が見えたというか。どこも酷い状態で、その代わり隠れる場所もいっぱいあったのに、そこだけ、普通の道路みたいに、開けて綺麗になってたから。
その向こうに、灯りが見えた。もうとっくに夕方も過ぎて、周りは暗くなってる。ここまでは、狭い場所にじっとして、ちょっとだけうとうとするっていうのが精一杯だったし、時々、大きな動物に襲われて、慌てて逃げる事になる事もあったし……。
「……土嚢が積んであって、人がいる。ヘルメットで顔は見えないが……なんかバズーカみたいなの持ってるぞ」
「えっ」
「ばず……?」
「危ない人なんじゃ?」
……警戒してしまったけど、どっちにしろ、頼る宛てなんてどこにもない。だったら、あの人が危ない人で、騙されていたって同じ事だ。誰かがそう言って、道の開けたところを一気に走った。
そうしたら、その足音に気付いたその人は右肩に何か、筒というか、バズーカみたいなものを担いだまま、左手を大きく振ってくれた。左腕全部を使って手を振って、その後手招きをしてたから、本当だったんだ、って思いながら、土嚢の隙間を通って、その奥、森だと思ってた中に作られてた、柵で挟まれた道を歩いて、大きな門と壁がある建物に辿り着いた。
門は開いていたから、玄関までだけが草の抜かれた庭で待っていると、最後にあの人がやってきて、門を閉めた。これで、逃げ場は無い。
「ようこそ、生存者の人達。とりあえずご飯炊いておいたけど……おかゆの方がいいかな、これは。とりあえず、中に入って。部屋は各部屋風呂トイレ別でついてるから、好きな部屋でまず休んで」
……本当に、助けてくれる人だった。
それが分かったところで、私の記憶は、途切れてる。