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嫌な転生

やる気のない復讐者

作者: 水無月 黒

・2025年7月13日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございます。


・2025年5月30日 誤字修正

 誤字報告ありがとうございます。

……あれ?

 ここはどこだ?

 いや、まて。

 どうして俺は生きている?

 あれは致命傷だったはずだ。

 車に撥ねられて、即死ではなかったけれど、もう助からないと自分でも分かった。

 撥ね飛ばした本人も俺を見て、助けるのを諦めて逃げ出したくらいだ。

 人通りの少ない道だったし、生きているうちに誰かに発見される可能性はまずない。

 奇跡的に助かったのだとしても病院にいるはずだけど……どう見てもここは病院じゃない。

 それに、やっぱりあの怪我で生きていられるとは思えない。

 俺はきっと死んだんだ。

 なら、ここは天国? には見えないな。

 もしかして、生まれ変わったとか?

 じゃあ、思うように体が動かないのは、赤ん坊の体になってしまったから……じゃない!

 確かに見慣れた俺の身体じゃないけれど、赤ん坊でもない。いや、問題はそこじゃない。

 よく見れば、俺の身体は血塗れだった。

 何だよ、これ!


「ガハッ!」


 喋ろうと口を開けたら、口から血がこぼれた。

 俺の全身を濡らす血は、俺からこぼれ出たものらしい。

 ヤバい。

 まずい。

 意味の無い言葉が頭の中をぐるぐると回る。

 痛みを感じないのは、感覚が麻痺しているからだ。

 体が動かないのは、動く力も残っていないからだ。

 声が出ないのは、咽に血が詰まっているからか?

 咳込む力も残っていないようだ。

 視界が暗くなってきた。

 血が足りない。

 酸素が足りない。

 ああ、この感覚を俺は知っている。

 これは死だ。

 俺は今死んで逝く真っ最中だ。

 転生したと思ったら、また死ぬのか!?

 ふざけるな!

 だが、抗いようもなく、俺の意識は闇に閉ざされて行った。


◇◇◇


 大陸の北部には魔境と呼ばる場所があった。

 険しい地形。

 厳しい気候。

 凶悪な魔物。

 様々な脅威が人を拒み続ける人跡未踏の地。

 そんな魔境の奥には、魔境の主と呼ばれる強大な魔物が存在する。

 そんな言い伝えが古くからあった。

 その魔境の主の実在が明らかになったのは十年前のことだった。

 後に魔竜と呼ばれることになるその魔物は、眷属となる多数の魔物を率いて現れた。

 そして、魔境に隣接する小国を瞬く間に滅ぼしてしまった。

 一国が滅びるという大事は、しかし当初は深刻にとらえる者は少なかった。

 辺境の蛮族と蔑まれていたその小国は、日常的に魔物の脅威にさらされていて、いずれ魔物に呑まれて消滅すると考えている者も多かったからだ。

 滅びた国の隣国は、さすがに脅威を感じて他国への支援を求めたが、各国の対応は難民に対する形ばかりの支援物資を送るだけだった。

 だが、魔竜の脅威は一国を滅ぼしただけでは終わらなかった。

 滅びた国の国土で数を増やした魔物は、次々と近隣の国を襲い始めた。

 翌年までにさらに二つの小国が消え、隣接する幾つもの国が魔物の被害を受けた。

 ここに至って、魔竜の被害を受けていない国々も危機感を持つようになった。

 まずは、滅びた国の近隣の国々が魔竜に対するための同盟を組んだ。

 次の魔物の被害に遭う恐れのある、あるいはすでに一部被害に遭った北方の国同士が手を取り合ったのだ。

 そこに北方の国々と親交のある国も支援を申し出て本格的な魔竜対策が開始された。

 だが、複数の国々が協力し合ってもそれは容易なことではなかった。

 小国とは言え既に三ヶ国が滅び、魔物の支配する土地へと変わっていた。

 その広い魔物の領域のどこに潜んでいるのかもわからない魔竜を探し出して討伐することは現実的ではないと判断された。

 だから、魔物に占拠された土地から魔物を駆逐し、人間の領土を取り戻すことから始めた。

 軍を進めれば魔物を倒してある程度の広さの魔物のいない領域を作ることは可能だ。

 その場所を足がかりにして人間の領域を広げて行けば、魔物に奪われた国土もいずれ取り戻すことができるはず。

 だが、実際には思った通りにはならなかった。

 魔物の領域を侵せば魔竜が出て来るのだ。

 一度人間を追い出して魔竜の支配下となった土地は、魔竜の縄張りと言う扱いになるらしかった。

 魔竜は自分の縄張りを荒らす存在を許さなかった。

 魔物から土地を奪い返しても魔竜がやって来て再び魔物に奪い返されてしまう。

 そんなことを何度繰り返しても魔物の領土は減らない。

 そこで、次に考えられたことが、領土を奪い戻しに来る魔竜を討伐することだった。

 魔竜はとんでもなく強い魔物だが、その魔竜と戦えるだけの強さを持った人間も少数ながら存在した。

 高威力の魔法を操る魔法使い。

 鋼を断ち切る斬撃を放つ剣士。

 岩をも砕く剛拳を繰り出す拳士。

 そうした規格外の人間を集めれば魔竜とて倒せるはず。

 そこで、一般の兵士が魔物の領地に侵攻することで魔竜をおびき出し、現れた魔竜を規格外の力を有した精鋭部隊が倒すという作戦が立てられた。

 だが、この作戦も失敗に終わった。

 魔竜の縄張りを荒らすことで魔竜をおびき出すことには成功した。

 だが、魔竜は単体では現れない。

 必ず十分な数の眷属を引き連れてやってきた。

 魔竜の眷属となった魔物は普通の魔物よりも強いが、魔竜が近くにいるとさらに力を増す。

 そして、魔竜の指示に従って組織的に行動し、死をも厭わぬ戦いを見せるのだ。

 魔竜は、その眷属の魔物の集団を人間側の精鋭部隊にぶつけた。

 作戦では魔竜以外の魔物は一般の兵士が受け持つ予定だったが、魔竜の眷属は一般の兵士には目もくれずに精鋭部隊へと殺到した。

 そして、精鋭部隊が眷属の魔物に足止めされている間に魔竜は一般の兵士を蹂躙して行った。

 いかに規格外の強さを誇る精鋭だとしても、多くの魔物と戦った後に魔竜と連戦するのは厳しいものがある。

 それに、精鋭部隊だけが残っても一般の兵士からなる軍の本隊が全滅してしまっては、魔物から奪い返した土地を維持することもできなくなる。

 撤退するしかなかった。


 魔竜は強大で狡猾、そして慎重だった。


 その後もいくたびも魔竜と戦い、そして負け続けた。

 多くの者が魔物との戦いに傷付き倒れた。

 多くの者が住む場所を失った。

 そして、さらにいくつかの国が滅びた頃になって、ようやく人々は理解した。


 これは魔物の討伐ではなく、魔竜との戦争である。


 このまま負け続ければ人類に未来はなかった。

 一度魔物の領土となった土地は、魔竜がいる限り取り返すことはできない。

 魔物の領土が増えるほど魔物は数を増やし、さらに勢い付くことになる。

 魔物との戦いに敗れる度に人類は土地を失い、最終的にはこの大陸に人が安心して暮らせる場所は無くなるだろう。

 魔竜の脅威は誰にとっても他人事ではなくなったのだ。

 そのことを理解して、初めて全人類は団結した。

 全ての国が、国境を越えて魔竜対策に最大限の協力を行った。

 ある国は、軍を派遣した。

 ある国は、兵糧を提供した。

 ある国は、資金を提供した。

 ある国は、武具を提供した。

 国家の垣根を越えて、数多くの優秀な人材が集まった。

 しかし、眷属を引き連れた魔竜に正面から戦っても勝ち目がないことはこれまでの戦いではっきりとしていた。

 そこで、魔竜を倒す方法の検討が行われた。

 多くの人が集まって知恵を絞った。

 僅かでも可能性があればと、あらゆる方法が考案された。

 ある者は、遠距離から一撃で魔竜を倒せる兵器の開発を考えた。

 だが、開発は難航し、ようやくできた試作品も全く効果がなかった。

 ある者は、魔竜の側から眷属がいなくなるまで魔物を倒し続ける方法を考えた。

 だが、どう計算しても魔物を倒し尽すよりも先に、人類側の兵力が底をつく未来しか見えなかった。

 そうして様々な方法が検討された結果、最後に残ったのは何とも無謀な作戦だった。


 少人数で魔物の領域の奥深くに入り込み、魔竜が眷属を集める前に奇襲によって倒す。


 無謀にしか思えない作戦ではあったが、他の消えて行った案に比べればはるかに現実味があった。

 何人もの犠牲を払って行われた偵察によって、魔物の領域内での魔竜の行動が判明すると、さらに実現可能性が高まった。

 普段魔竜が休んでいる場所は、かつて魔竜に滅ばされた国の内部であり、その場所へ向かう道がはっきりしていること。

 魔竜が休む際には近くに眷属となる魔物はいないこと。

 これらの事実が判明したことで、作戦は実行されることになった。


 魔竜の行動が判明してかなり現実味を帯びたとはいえ、それでもやはり危険で困難な方法であった。

 魔境の奥地よりはましとは言え、魔竜の元へとたどり着くには数多くの魔物が犇めく魔物の領域を通らなければならない。

 しかし、軍隊で押し通ることはできない。そんな目立つまねをすれば魔竜も数を揃えて待ち構えるだろう。それでは勝てない。

 あくまで魔竜が気にも留めない少人数で魔物の領域に入らなければならなかった。

 そして、魔竜の元に辿り着けたとしても、その少人数で強大な魔竜を倒さなければならない。

 しかも、他の魔物が集まってくる前に倒さなければならないという時間制限付きだ。

 だから、その危険で困難な作戦を遂行するために世界中から優秀な人材が集められ、その中から最も優秀な者達が選ばれた。


 大陸最大の大国、レザリオ帝国の皇子にして国内最強の武人と名高いグレン・ウェスティン。

 数々の剣豪を輩出してきた剣の国、アルミス王国でも由緒ある名家に生まれた剣の申し子アンドリュー・カーク。

 魔法技術において世界をリードする魔法大国、マギア王国の魔法貴族の娘にして多彩な攻撃魔法を操るエミリー・ランチェス。

 大陸のほとんどの人が信奉する宗教の総本山となる宗教国家、ラズエル教国の司祭の娘で癒しと守りに特化した法術の使い手マリア・ハーベイ。

 そして、最初に魔竜に滅ぼされた国、ラモス公国出身の平民で呪術師のコリン。


 選び抜かれた五人の精鋭が、ひそかに魔物の領域に潜入して行った。

 途中、幾度か危ない場面もありつつもどうにか乗り越え、彼らは魔竜の元へとたどり着いた。

 だが、本当の戦いはそこからだった。

 魔竜は、単体でも強い。

 そこに眷属が加わると手に負えなくなる。

 魔竜の不意を突くことができても、眷属が集まって来たら勝ち目は無い。

 だから、魔竜に勝つための作戦を事前に立てていた。

 首尾よく単独で休む魔竜を見つけた彼らは、作戦通りに戦いを開始した。

 最初にマリアの法術による障壁で自分たちごと魔竜を包み込んだ。

 眷属を呼ばせないための隔離である。

 次いで、コリンの呪術で魔竜の動きを阻害しつつ、グレンとアンドリューが斬り込む。

 魔竜が飛び立とうとすれば、エミリーの魔法で撃ち落とす。

 強力なブレスは溜が大きいので、回避するかエミリーの魔法で相殺した。

 暴れる魔竜の爪や牙を掻い潜って、グレンの槍とアンドリューの剣が叩き込まれた。

 魔竜の攻撃はどれも強力だ。直撃すれば命は無い。

 一つ間違えれば全滅は免れないギリギリの戦いを、適切な指示を出すグレンの指揮で続けて行った。

 最初は拮抗していた魔竜との戦いも、次第にグレンたちの優勢に傾いて行った。

 理由はコリンの呪術である。

 戦いが始まった直後から継続的にかけ続けていた呪術は、最初は大きな効果を見せなかったが魔竜の中に蓄積し続け、気が付いた時には魔竜を大きく弱体化させていた。

 呪術による弱体化とグレンとアンドリューの攻撃によるダメージにより、魔竜の動きは目に見えて悪くなって行った。

 やがて魔竜が空を飛ぶ力も、ブレスを吐く魔力も失ったと見ると、エミリーの魔法も攻撃に加わった。

 この時点で戦いの趨勢はほぼ決した。

 それでもしぶとく戦い続ける魔竜に対して、油断することなく丁寧に戦った結果、魔竜が倒れたのはマリアの作った障壁を維持できる限界の寸前だった。

 作戦通りに事が運んだが、それでもきわどい勝利だった。

 五人の誰一人欠けたとしても、成し得なかっただろう。

 こうして戦いは終わり、人類は救われた。

 魔竜の眷属は主を失ったことで弱体化し、その統率も失った。

 ただの魔物に戻っても人に危害を及ぼす危険な存在には違いないが、倒せない相手ではない。

 時間はかかっても、いずれ滅びた国の領土を人の手に取り戻すことができるだろう。


 だが、魔竜を倒すために一つになった人類の結束もまた、魔竜が倒れた瞬間に終わった。


「グハッ、な……ぜ……」


 コリンの胸にはグレンの槍が深々と突き刺さっていた。

 間違いなく致命傷。

 倒れ伏すコリンを見下ろす仲間の視線は、しかし冷ややかなものだった。


「お前のような下賎の者が俺達と同列の英雄になるなんて虫唾が走る!」

「滅びた国の人間に活躍されたら、魔物から奪い返した領土の分割交渉の邪魔になるんだよ!」

「呪術などと言う魔法理論にそぐわないものは存在してはならないのよ!」

「あなたの活躍で呪術が広まったら、世の中が乱れてしまいます。」


 魔竜を倒すために結ばれた絆は、魔竜とともに失われた。

 共に死線を潜り抜けて育まれた友情は、偽りだった。

 グレンが槍を引き抜くと、傷口から大量の血が溢れ出した。

 そう長くかからずに失血死するだろう。

 命の尽きかけたコリンを顧みることなく立ち去る四人を見送り、コリンは復讐を決意した。

 自身の死は避けられない。

 今からでは強力な呪術をかけることはできない。効果が現れる前に命が尽きる。

 他者を呪う呪術は時間がかかるのだ。

 だからコリンは、最後の力を振り絞って自分自身に呪術をかけた。

 死んでもなお復讐を完遂するために。

 対価は己の魂。

 呪術が完成すると同時に、コリンの魂は砕け散った。


◇◇◇


「つまり、俺はコリンに生まれ変わって前世の記憶が覚醒したとかじゃなくて、死んだコリンの肉体に憑依したということか?」

『然り。コリンの魂の内に潜む人格だったら、魂ごと砕けていただろう。』

「えっと、それじゃぁ、頭の中で話しかけてくるあんたは誰? コリン本人じゃないんだよね。」

『コリンの魂は失われたが、呪術は完成し対価も支払われた。復讐は行われなければならない。コリンに代わって復讐を遂行するために生まれた疑似人格、それが我である。』

「……俺の立場は?」

『汝は完全に想定外(イレギュラー)である。だが、都合が良い。疑似人格である我には複雑な作戦は立てられぬ。汝が主体となって復讐を行うのだ。』

「えー、嫌だよ。俺には関係ないじゃん。」

『この肉体には呪術が刻み込まれている。復讐を止めることはできない。汝がやらねば我がやる。』

「……具体的にどうするつもり?」

『仇を見つけ次第殴りかかるであろう。』

「それって、返り討ちにされない? 強いんだよね、みんな。」

『呪術によってこの肉体はほぼ不死である。致命傷から甦ったであろう? 復讐を完遂するまでは何度でも同じように甦るのだ。』

「まさかのゾンビアタック!? 何度も死ぬのは辛すぎる! その呪術とか使ってもっとコソコソとできないの?」

『我は呪術によって生まれた呪術そのものと言える存在である。コリンの記憶を継承して知識はあるが、呪術が呪術を使うことはできない。』

「呪術が使えないのは分かったけど、だったらなおさら考えて行動しないと復讐なんてできないと思うけど……」

『嫌ならば汝がやるのだ。我が行えばあの四人が死ぬまで襲い続けるしかない。』

「それはそれでやられる方は堪らない復讐だけど、やる方も堪らないなぁ。はぁ、俺がやるしかないのか。」

『汝にも利はある。復讐さえ完遂すれば我は消える。傷は完治しているから、残りの人生は汝の好きにすればよかろう。』

「……仕方がない。復讐なんてさっさと終わらせよう。えーと、あんたの名前は? コリンでいいの?」

『呪術である我に名前は無い。コリンの名は汝が名乗ると良い。』

「でも、名前がないと不便だから……うーん……呪術……呪い……よし、カースと呼ぼう。よろしく、カースさん。」

『うむ、復讐が成るまでよろしく頼む。』


 こうして、全く身に覚えのない、自分自身の仇を討つ旅が始まった。


「あー、面倒だ。」


 そして、永い永い時間が過ぎた。


◇◇◇


 人気のない山道を、一人歩く男がいた。

 コリンである。

 もう何年も手入れがされていないらしい草に埋もれかけた細い山道の先には、人が途絶えて久しいような廃村があった。

 無人の廃村を調べて回っていたコリンは、しばらくして目的のものを発見した。


「あった、あった。これだ。」


 それは、古びた墓石だった。

 村に人がいなくなってから手入れする者もいなかったのだろう、墓石は薄汚れていて雑草に埋まりかけていた。

 その墓石に対してコリンは――


「やーい、やーい、バーカ、バーカ!」


 墓石に落書きし、ゲシゲシと蹴りを叩き込み、低レベルな悪口を浴びせかける等の罰当たりな行為を行った。


「よし、これで復讐完了!」

『……これで、良いのか?』

「いいんだよ。もう本人は死んじゃったし。何も知らないうえに本当に血が繋がっているのかも怪しい子孫に復讐するのもなんか違うし。」

『だが、復讐を終えてもこの肉体に残された寿命は……』

「それももういいんだ。復讐と言いつつ、結構自分の好きなことをして生きてきたからね。」

『そう、だったのか?』

「そうだよ。復讐に少しでも関係があれば、好きなことをできたから。例えば、復讐には金が必要だからと言って金を稼いだけど、本当は良い暮らしをしたかっただけだったし。」

『だが、その金でラズエル教国の内情を探り、聖女マリアを追い詰めていたな。』

「あの国があそこまで腐っているとは思わなかったよ。教会が政府を兼ねている宗教国家なのに汚職やら賄賂やらが蔓延していて、とんだ拝金教国だったよ!」

『その腐った実態を暴露して教国の屋台骨を揺るがしたのだな。』

「教国は内情が分からないから、マリアの様子が分かるかと思って国の中枢と取引のある商会を買収したら政府が腐っていた。あんまり酷いから信頼できる人に相談したら宗教革命が起こった。訳が分からなかったよ。」

『国は傾き、宗教的な権威は失墜し、その象徴である聖女マリアの名声は地に落ちた。見事な復讐であった。』

「マリア自身は名声を求めたり、悪事を働いたりせず、ただ世の中のために頑張っていただけだったみたいだけどね。コリンの殺害に協力したのも、呪術が広まることを危惧したからだったみたいだし。」

『食い詰めた呪術師が呪いの代行と言った裏稼業に手を出すことはよくあるから、あながち間違いではないな。だからと言って復讐を止める理由にはならぬが。』

「聖女の称号も教国の権威付けのためで完全なお飾りだったのに、国が傾くと全責任を押し付けられて、教国と教会の立て直しに奔走する姿は可哀そうなくらいだったよ。」

『その点も含めて、復讐は成功したと言えよう。』

「その当時は教国の不正に加担した商会に出資したとして吊るし上げられそうになってそれどころじゃなかったけど。教国の情報をリークした本人だということと、稼いだ金で孤児を育てていたということで見逃してもらえたけど。」

『その育てた孤児がアンドリューへの刺客になったのであったな。』

「カイル君、剣に興味があるって言うから少し手ほどきしたけど、あっという間に強くなっちゃったんだよなぁ。」

『そして、剣聖となったアンドリューの門下生を次々と倒して、最後はアンドリュー本人も下して剣聖の座を奪ったのであったな。』

「カースさんもアンドリューの癖とか弱点とかを教えていたけど、やっぱりカイル君は天才だったよ。」

『呪術は効果が現れるまでに時間がかかる故に、コリンは常に先を読んで戦っていた。そのために仲間の能力、戦い方の癖、弱点全てを把握していたのだ。』

「アンドリューは剣聖になってから政治活動ばかりで剣の修行を疎かにしていたらしいけど、それでもカイル君は強かったよね。十年早く生まれていたら魔竜殺しの英雄になっていただろう、って言われていたけど間違いないと思うよ。」

『剣聖になるまでに時間がかかったのは、アンドリューが何年も逃げ回って直接対決を避けていたせいでもあったことだしな。』

「逃げ回ったあげくに怪しげな魔剣を持ち出して、それでもカイル君に負けたからね。」

『結果、剣聖としての名声も地に落ち、自ら興したカーク流剣術も廃れ、政治的な影響力も無くした。英雄として手に入れた全てを失ったのだ。見事な復讐であった。』

「カーク流剣術道場を始めたのも弟子を各国に送り込んで政治力を高めるためだったらしいけど、卑怯な真似をしてそれでも負けたから弟子からの人望も失ったんだよね。」

『賢者エミリーに対する復讐も同じ方法であったな。』

「ああ、アンナちゃんも天才だったよね。魔法の入門書とか買ってあげたけど、ほとんど独学で魔法を習得しちゃったからね。」

『汝も色々と教えていたな。異世界の知識が役に立ったのではないか?』

「科学と数学の基礎をちょっと教えただけだし、それを魔法に応用したのはアンナちゃんの功績だよ。それと、カースさんが引き継いだ呪術の知識も役に立ったんじゃないかな。」

『いずれにしても、その魔法理論はエミリーの理論を過去のものとした。』

「エミリーの理論では扱えない呪術や法術もアンナちゃんの理論ならば説明できたしね。」

『賢者エミリーの評価は、戦闘には強いが理論は稚拙な名ばかりの賢者へと変わった。エミリーは賢者の名に値しないと世間から認識されたと言えよう。』

「エミリー自身は賢者の称号にさほど興味はなかったみたいだけどね。彼女の目的は自分の理論を世に広めることで、魔竜討伐で得た賢者の称号もそのために利用していただけみたい。」

『その魔法理論も歴史に残る前に廃れた。エミリーの野望は完全に潰えた。』

「自分の理論で扱えない呪術が有名になると邪魔だからってコリンの殺害にも協力したのに、その呪術も扱える理論が出てきたら立場ないよね。」

『頑なに自分の理論に固執したエミリーは他の賢者や魔法使いから敬遠され、政治的にエミリーを支持し続けたマギア王国は魔法後進国と呼ばれるまでに落ちぶれておったな。』

「魔竜殺しの英雄から一転して国を衰退させた詐欺師。見ていて気の毒なくらいだったよ。」

『復讐としては成功と言えよう。全て汝が育てた者の功績である。』

「本当は孤児を育てていたのも、ただ家族ごっこがしたかっただけだったんだよね。」

『動機はどうあれ、復讐に繋がる可能性があるから行動できたわけだな。実際に成功しているから間違いない。』

「それっぽいことを適当にやっていたらいつの間にか復讐できていたんだよね。ただ、グレンだけは上手くいかなかったけど……。グレンを後回しにしたのは失敗だったなぁ。」

彼奴(きゃつ)は皇帝になっておったからな。致し方あるまい。』

「グレンは第三皇子だか第四皇子だかで兄達が健在だったから帝位には就けないはずだったんだけど、魔竜討伐の英雄を率いた勇者と呼ばれてそのまま皇帝に祭り上げられたんだよね。」

『だが、彼奴は皇帝の器ではなかった。』

「グレンは将軍として軍を率いていれば有能だったけど、内政とか貴族としてのあれこれとかは壊滅的だったからなぁ。」

『彼奴もおとなしくお飾りの皇帝をやっておればよいものを、余計なことに口出ししては方々に恨みを買っておった。』

「グレンは周りに持ち上げられて、自分が優秀だと思っちゃったみたいなんだよね。」

『その結果、ろくでもない政策を行って民衆を苦しめていたな。』

「困っている人を助けるついでにグレン皇帝の悪評を広めようとして見たけど、勇者の人気は強かったね。だいたいがグレン本人ではなくて奸臣のせいにされていたよ。」

『彼奴の周囲は奸臣に不自由しなかったからな。』

「元々グレンを皇帝に推した連中は、政治を知らないグレンを傀儡にして私腹を肥やそうとしたんだから、最初から奸臣ばかりだったんだよね。」

『そうした連中はさぞや当てが外れたことだろうな。彼奴にはお飾りも傀儡も務まらなかった。』

「グレンは自分を傀儡だと思ってなかったし、実力で帝位についたと思っていたから恩も感じていなかっただろうね。」

『結果として、彼奴は関わった多くの者から疎まれ、孤立して行った。』

「グレンを狙った暗殺者と鉢合わせして、成り行きで暗殺を阻止したこともあったっけ。」

『仇を利することは本意ではなかったが、あれは止むを得なかった。』

「帝国の事を考えたら、こっそりとグレンを殺して病死したとでも発表するのが一番だったんだろうけど……」

『それでは復讐にはならんからな。せめて暗殺に汝が関わらなければ。』

「グレンが皇帝を続けたせいでどんどん帝国が傾いて行って、帝都でも内乱の機運が高まったあたりでようやくまずいことに気が付いたんだろうなぁ。」

『彼奴は一部の信奉者と共に姿をくらましおった。ここで取り逃したのは痛かったな。』

「帝都の状況が落ち着けば戻って来るかと思って色々と頑張ってみたけど、結局戻ってこなかったし。」

『帝国の屋台骨が揺らいでいたのだ、その元凶が戻るわけにもいくまい。』

「内憂外患でもう末期状態だったもんね、帝国は。結局内乱が起こって他国を巻き込んで戦乱になって、最終的に帝国は分裂消滅しちゃったんだし。」

『戦乱の世になっても彼奴が出てこなかったのは意外であったな。』

「グレンは軍事の才能だけはずば抜けていたからね。どれだけ嫌われていても、誰かが担ぎ出すだろうと思ったんだけど。」

『よもやこのような辺鄙な場所に隠れ潜んでいたとはな。確かにここならば戦乱にも巻き込まれなかったし、帝都の情報も簡単には入ってこなかっただろう。』

「周囲の人間があえて情報を遮断していたのかもね。うっかり本人が動くとどう転んでも不幸になっただろうし。」

『しかし、よくもこのような辺鄙な場所で生活して行けたものだ。』

「たぶん、支援者がいたんだと思うよ。貴族や大都市の住人なら皇帝としてのグレンの悪評を知っていたけど、地方の平民の間では勇者グレンの人気は高かったから。」

『信奉者に囲まれてのうのうと暮らしていたわけか。』

「いや、グレンにとっては辛かったと思うよ。グレンは極端な選民思想で平民を見下していたでしょう?」

『うむ。コリンを殺害した理由も、平民だから、であったな。』

「そのグレンが、平民の厚意に頼って平民のような生活を続けるのってすごく屈辱だったと思うんだ。」

『確かにな。』

「もしもそれで幸せになったのなら、過去の自分を否定したことになる。コリンを殺したことだって後悔しなくちゃいけなくなる。」

『彼奴が後悔したり反省したりしているところは想像もできぬな。』

「ハハ、そうだね。でもさ、グレンって自分から不幸に向かって突き進んでいるところがあるだろう、本人気付いてなさそうだけど。」

『確かに、自業自得な行動が多かったな。』

「その起点となったのは、コリンを殺したことだと思うんだ。」

『どういうことだ?』

「グレンにはコリンを殺す合理的な理由がないんだ。他の三人にはそれがあった。身勝手で理不尽でも自分なりの正義と規範で必要な犠牲としてコリンの死を望んだ。」

『……』

「でも、グレンにはそこまでする必要はない。平民の英雄が現れたって身分制度が壊れるわけじゃない。ただ、稚拙な感情だけでグレンは人を殺してしまった。」

『……』

「本来ならどんな権力者でも、いや権力者だからこそ許されないことだ。大義名分の無い殺人なんて。でもグレンはそれをやって、しかも状況的に許されてしまった。」

『……』

「たぶん、それでグレンの箍が外れたんだろう。英雄だから何をしても良い。勇者だから、皇帝だから、そうやって幼稚な我儘を全部押し通していたら、人には嫌われるし色々問題になることは当然だよ。」

『……』

「これはきっと、コリンの復讐だったんだよ。」

『コリンの、であるか?』

「そう。魂が砕ける前の本物のコリンが、殺されることでグレンにかけた、呪術でもなんでもない純粋な呪い。」

『……』

「後悔も反省もしないグレンは、見事にかかって自分から不幸に向かって突き進んで行った。」

『……』

「だから、もういいと思うんだ。コリンの復讐は成功して、グレンは不幸になった。ちょっと時間はかかったけど、その結果を確認したし、不幸になったグレンを笑ってやった。これで十分だと思うんだ。」

『……良かろう。グレンへの復讐は成った。これにて全ての復讐の完遂を認める。長きにわたり協力に感謝する。良き復讐であった。それでは、さらばだ。』

「さようなら、カースさん。復讐ばかりでも、楽しい人生だったよ。」


 こうして、復讐劇は幕を閉じた。

 復讐を強制する呪術は終了し、そのために生まれた疑似人格は消え去った。

 呪術から解放されたコリンの肉体は、急速に変化を始めた。

 それは成長――いや、老化である。

 呪術によって留められていた姿から本来の年齢へと急速に進んで行った変化は、やがて老化の域を超えてミイラのように干からびて行った。

 人としての寿命はとうに越えていたのだ。

 そして乾燥した皮膚が剥がれ落ち、その下の肉も乾いて崩れ、ついには骨までも砕けて散って行った。


――千年は長すぎたよ。


 最後のボヤキは誰の耳にも届くことなく風と散った。

 残ったのは、古びた落書きだらけの墓石のみ。

 そこにはこう記されていた。


『魔竜を倒し、世界を救った勇者、ここに眠る。』


 人名は、丁寧に削り取られていて読めなかった。


明るいダークファンタジーを目指してみました。

主人公は復讐のためだけに生きる復讐者ですが、仇に対する怒りも憎しみも持っていません。

憎き仇を徹底的に打ちのめす爽快感はありませんが、憎悪に囚われて鬱々とする展開もありません。

明るく楽しい復讐生活。たまにはそんな話があっても良いのではないでしょうか。

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