はじまりのはじまり
あれから数日たつが、ヒロは目覚める様子が見られない。
「ふむ。もう目覚めてもいいくらいには回復しているのだけれどね」
ソウは眼鏡のふちを何やらいじりながらつぶやいた。
「魔眼で見たところ問題はなさそうなのだがね、魔力枯渇もないし。」
「あの狼男の仕業かな。呪いとか。」
「残念ながら呪い関係は僕は専門外なんだ。」
ソウとリクがうーんとうなっていると、モモリがおずおずと手を挙げた。
「あのぉ~・・・私、呪術専門学得意でした・・・」
その声に二人はバッと振り向いた。
「本当かい!?」
「何かわかる?」
「い、勢いつよっ・・・ちょっと待てください得意だっただけなんで期待しないでください!!」
モモリは詰め寄ってくる二人を押しのけてヒロの元に行くと、じっと数秒見つめた。
(さっき魔力枯渇も健康面での以上もなかったらしいから、通常呪術は選択肢から外して、闇の魔術かなぁ?あれ、確か魔法考古学の魔王の記述に呪いを主な攻撃手段にしてる魔王軍幹部がいたはず。退治できなくてほかの幹部と一緒に山のふもとに封印・・・)
「も、モモリさん?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・あーーーーー!!!!」
モモリが大声を出したためか、リクは驚いて棚に足をぶつけた。
「いっ・・・・くっ・・・」
「おや、モモリ君何かわかったかい?」
リクがその場に転げまわっているのを完全スルーして、ソウはモモリに輝かんばかりの目を向けた。
「あの、魔法考古学の分野なんですけど、古に封印された魔王とその幹部の中に、呪いを主な攻撃手段としてる魔物がいるみたいで。教科書の記憶だと蝶の羽をもつ金髪の女のひと?だったかな。」
「あぁ、蟲の女王のことかな。」
「たぶんそれです。」
「あの・・・盛り上がっているとこ悪いけど俺の心配してくれてもいいんじゃ・・・」
「ん?精霊の微笑みよその者の傷を癒せ、陽光の加護。」
「棒読みノールック回復魔法はさすがに雑すぎない!?」
モモリの魔法の挙動を見てソウが拍手をしている。
「魔法の省エネが上手にできているね。その調子だよモモリ君。」
「心配すらしてくれない。泣いていい?」
「ところで本題に戻るが。」
「もういいよ続けて?」
「封印の場所はおそらくあの狼男・・・ゼヴスランだっけ、のいた場所だと思います。教科書には山のふもととしか書いてないけどこの大陸で大きな山脈って言うとあの辺なんで。」
モモリの言葉に一同動きを止める。
「・・・ということは魔王もあの辺りに・・・?」
ソウは面白そうだと言わんばかりに笑っている。
「そんなことよりヒロの呪いを解除しないと!」
リクの言葉にハッとベッドに横たわるヒロに全員で視線を戻した。
「このくらいならたぶんなんとかできるかも・・・ベッド移動お願いします。」
「え、なんで、何するの」
「いいから。」
モモリの言うとおりにベッドごとヒロを部屋の端に寄せている間に、モモリは壁に作り付けてある本棚からフルそうな本を一冊持ってきた。
そして広い床に大きな紙を敷き始めると、
チョークで魔法陣を書き始めた。
その魔法陣はパズリド大陸では見たことのない文字が使われているようで、丸ではなくひし形のような形をしている。
「これはいったい・・・」
モモリはふうと息を吐くとリクをびしっと指差した。
「できたんでヒロさんを中心においてください。」
「あっはい」
リクは慌ててヒロをベッドから担ぎ上げると魔法陣の真ん中に静かに横たえた。
モモリはそれを確認すると自身の杖を構え、集中するように目を閉じた。
彼女の周りを濃厚な魔力が渦巻いていく。
「離れててください。・・・・生命の息吹、始まりの炎、天より賜った希望の光、混沌を生み出す雫・・・・封印解除!!」
魔法陣の書かれた紙が青い炎に包まれる。
「えっ、燃え・・・」
「リクくん、静かに。」
ふたりはその光景を黙って見守るしかないといった様子で呆然と立ち尽くしている。
「・・・終わりました。あとは待ってれば起きると思います。」
モモリが息一つ切らさずに杖を下ろす姿に、ソウはさらに目を輝かせて詰め寄った。
「今の魔法は何だい!?その本も見せてもらっていいかな!?」
「え、はい。どうぞ。両親が一人暮らしのお祝いにってくれたもの一つです。他にもなんかよくわかんないガラクタとか~・・・」
モモリは当たり前のようにソウに本を渡すと、近くにテキトーに置いてあった箱をあさりだした。
「これは、霧の向こうの国の古代文字・・・?」
「え」
「やはり君のルーツはここか!」
ソウは大きな声を出すとモモリの両手を取り、感謝の言葉を告げた。
「君の髪と瞳の色の正体がわかったよ。こうしちゃいられない。ヒロくんが目覚めたら、僕の隠れ家に行こうじゃないか!」
「ソウの隠れ家かなり遠くない?マジで言ってる?」
リクはあきれたようにため息をついた。
「大丈夫さ、旅をしながらいろいろ話をしようじゃないか!」
ご機嫌そうなソウの声に、モモリは驚きの声を上げる。
「え、私パーティ―同行確定ですか?嫌なんですけど。」
「そういわずに!君の使う魔法が他とは違う原因も突き止められるかもしれないんだ。悪い話じゃないだろう?」
「そうだよ!それに俺、モモリさんの話もっと聞きたいし。モモリさんのこともっと教えてよ!!」
「え、え、え、え・・・」
このやり取りはヒロの目が覚めるまで延々と繰り返されたのだった。