紺青に響く声達
モモリは船の二階部分にあたる寝室で杖を取り出し念入りに磨いていた。
その杖は旅が始まる時に使っていた木でできたアクアマリンの杖ではなく金色に輝いている。
その杖を見てふと思い出したように、リクはモモリに話しかけた。
「そう言えばモモリさん、その杖どうしたの?御前試合の時も使ってたけど・・・」
「あぁ、これは・・・」
「私のプレゼント~!」
モモリの言葉を遮るようにしてモモリの肩に腕を回しながらミレイが現れた。
「い、いたの!?」
「いや、今下のリビングでのんびりしてたら声が聞こえてきたから。」
ミレイは悪びれる様子もなく後ろにあった梯子のついた四角い穴を親指で指差しながら笑った。
「し、心臓に悪い・・・」
胸を押さえ深呼吸しているリクとは違いモモリは平然とそのまま杖磨きを再開している。
「この杖ね、御前試合の数日前にモモリさんにあげたんだ。国お抱えのすごい武器職人のおじさんに頼んだの!」
ほら見てと指差された部分を見ると、モモリがもともと使っていた杖と同じ位置に美しくカットされたアクアマリンと何やらオレンジ色の石が埋め込まれている。
「このオレンジ色のはシトリンっていうんだって。私とモモリさん二人でお出かけデートしたときに石屋さんでモモリさんが見つけたんだよ。あなたの瞳の色と同じだって。で、まあいつも通りの感じで石を店頭に戻しちゃったからしれっと買っておいたのを入れてもらったの」
「み、ミレイさん!?それ、はつみみ」
「ミレイでいいよ!さんづけはなんかこそばゆいし、私もモモリって呼ぶから。まあそれで石のこと言ったらモモリさん絶対受け取らないと思って今まで黙ってた!」
ミレイがブイサインをしながらにひ、と歯を見せると、モモリも「もう!」とミレイに枕を投げつけた。
「お前ら、メシの時間だぞ!」
階下からルマルの声がする。
梯子の下からは濃厚なブラウンシチューのいい匂いが漂い三人の胃袋を刺激している。
三人がリビングにつくと、ヒロとソウはすでに食事を始めており、特にヒロは夢中でスプーンを動かしている。
温かい雰囲気で食事の卓が彩られる。
ルマル手製のブラウンシチューには、出国時にもらったという高級なミノタウロスの肉がふんだんに使われており、濃厚なシチューによく絡んだ。
「ん~おいしい~!」
「パンまだありますか?」
「待てお前ら速すぎだろ。トーストしてないやつしかねぇぞ」
「それでいいです!むしろそれでも食べたい!!」
「・・・まぁそんなにうまそうにしてくれんならいいけどよ・・・」
「・・・ずっと気になってたんだけど、モモリその装備、ずいぶん古いものだけど、変えない理由って何かあるの?」
「ぶはっ」
モモリは口に含んだ水を壁に向かって噴き出した。
「え、何ってえ、あの」
「聞いちゃまずいなら言わなくていいんだけど・・・」
「聞かれたくないとかはないけどちょっと待って、心の準備したいから」
リクが何か口を挟もうとするまもなく、モモリは一呼吸おいてから話し始めた。
「私が子供の頃・・・二十年位前かな?村のお祭りでお母さんと迷子になってね、その時に間違えて魔獣のいる森に入っちゃったんだ。暗くて怖くて、今にも死んじゃいそうって思った時に助けてくれた冒険者のお兄さんから借りてるんだ。」
「・・・借りてる?」
「うん。『大きくなったら一緒に冒険する、その時にこれを返す』って約束。今思うとそれが初恋だったのかなぁなんて思ったりするけど、ふつうに二十年前のことだし、そのお兄さんももういい歳になって冒険者やめて結婚して定住、なんてことになってるかも」
モモリが渇いた笑いで王う言った瞬間、リクが立ち上がった。
「おい、食事中に立つ・・・」
「モモリさん、ずっと黙ってたことがあるんだけど、その」
ヒロの怒りの声を遮り、リクは大きな声を出した。
「そのおにいさんの顔って覚えてたりっ・・・!」
「忘れたに決まってるじゃないですか。まあでもなんか今思えばリクさんに雰囲気似てなくもないですね、御親戚とかですか?それならせめて一言お礼が言いたいので・・・」
「ちがう!」
リクがこんなに大きく声を張り上げることなどめったにないため、皆驚いて固まってしまっている。
そんなこと気にも留めず、リクは言葉をつづけた。
「お、俺だよ!そのお兄さん!二十年前、森の手前ののどかな村で、祭りの時期に魔獣が増えたら困るから討伐してほしいって依頼を受けて、俺とヒロ、二人で・・・」
「そうだったんですね。知らずにずっと返しそびれてすいません。お返ししますね」
モモリは表情を変えずにその場で外套を脱ぐと、そのままリクに手渡そうとした。
「ちょっとちょっと、モモリその恰好はダメだよ!せめてご飯食べてから!!」
ミレイが慌てて外套をモモリにかぶせる。
モモリの外套の下は体形がもろにわかるような黒いノースリーブもミニスカワンピースだった。おそらく上質なレザーを使用しており、アサシン系の職業の者がよく好んで装備する服だろう。
外套の下に隠されていたものがあまりに衝撃的だったのか、リクはそのまま目を回して倒れてしまった。
「え、なんでですか。」
リクは意識が薄れていく中で、やはり何もわかっていない様子のモモリの声を聴いていた。
リクが目を覚ますと、その視界の中には黒髪の少女がいた。
「あ、起きました?」
「も、もももももも!!!」
「相変わらずうるさいですね。そんなんじゃ彼女できませんよ?」
モモリの口の端が笑っているような気が明日が、指摘したら口をきいてくれなくなる気がしたリクは、そのまま静かに言葉を選びながら話しかけた。
「モモリさん、驚かなかったね。」
「なんとなく察しは漬いてました。挙動不審だし、なんかこの外套について詳しかったし、ハーフエルフだから見た目変わんなくても不思議じゃないし」
「じゃあなんで・・・」
「外れたら嫌じゃないですか。恥かくの私ですよ?」
「そっかぁ」
「結果としてはまあ、知れてよかったです。お母さんはあの後割とすぐに流行り病で死んじゃいましたけど。なので母の分も、二人分のお礼を言わせてください。
・・・私のこと助けてくれて、ありがとうございました」
モモリはベッドの上に正座して、ぺこりと頭を下げた。
「わああああそんなお礼なんて言われることしてないって!冒険者として当たり前のことをしただけっていうか、なんも考えてなかったというか、その、えーと」
リクが思いのほか慌てている様子に、モモリは目を細めておかしそうに微笑んだ。
「・・・変なの」
「モモリさん、今笑・・・」
「外套返しますね」
モモリはリクの頭に自分の着ていた外套を投げつけると、そのまま風呂にに向かってしまった。
外套の隙間からモモリの頬が若干赤く染まっていることに気が付いていたが、リクはそれをそっと心にしまうことにした。
「ツンデレかぁ・・・かっわいいなぁ」
「おい、お前、それどうすんだ?」
モモリと入れ替わりで甲板から入ってきたらしいヒロが、外套を頭にかけたままで呆然としているリクを見て若干引いたような目を向けながら話しかけてきた。
「ちょっ誤解だよ誤解!投げつけられたの!・・・それよりどうしよう・・・俺新しい装備あるしなぁ・・・モモリさんこれ気に入ってるっぽいから普通にあげるつもりなんだけど、受け取ってくれると思う?」
「また突っ返されるのがオチだろうな」
「だよねぇ・・・」
リクは外套を壁かけにかけると頭を抱えてベッドの上を転がり続けている。
「はぁ・・・勝手にやっててくれ」
呆れた様子のヒロが部屋を出て行こうとするも、その足をがっしりとつかむとリクはそのまま逃がすまいとその手に力を入れた。
「あの時二人でパーティー組んでたよね?」
「お前が勝手にやったことにおれを巻き込むな!!!」
ヒロももちろんその手をはがそうとしたが、そもそもの体格差の才でびくともしない。
くもひとつないよく晴れた星空に、男二人の声と取っ組み合いするような物音だけががこだまするように響いていた。




