桃と炎
薄暗い中に声が響いた。
「よく来たね桃里」
呼び慣れた様子でモモリに呼びかけるその声色はどこか優しさを含んでいる。
まるで孫に呼びかける祖父のようだ。
「あの、王様何か御用ですか?」
「そんなかしこまらんでいい。君は私たちとは親類なのだから」
王は目を細めてそう言うと椅子から立ち上がりモモリに近づいた。
しかし、醸し出す雰囲気は温かく、パーティーで謁見した時や食事の時とは全然別の人のようだとモモリは感じた。
「十夜、あの書面を」
「はぁい・・・月夜の差し込みし暗闇より、光の糸をたどり現れた象徴の果実を名に冠し巫女、炎の戦人と婚姻を結ぶことにより永遠なる国の繁栄を約束する」
トヲヤは近くの台に飾られていた額縁の中から一枚の古い紙を外し、その内容を口に出した。
「まあつまり、桃里と十夜には結婚してもらいたいってことなんだ。ちなみに二人はいとこ同士だから特に法に問題はない」
王がそう言うも、いきなりのことに何のことか全く現実を受け入れられないモモリは「はぁ・・・」としか返事を返せないでいた。
それを肯定ととらえたのか王は満足そうに頷くと詳細は後々とだけ言って足早に部屋を出て行った。
沈黙があたりを包み込む。
その沈黙を先に破ったのはトヲヤの方だった。
「モモリさん、本当にごめん!!」
「いや、その、とりあえず説明してほしいです」
モモリの冷静な言葉にトヲヤはそうだよねと頷きながら改めて説明を始めた。
「この国・・・カイモリ国はすっと魔力の霧に覆われているでしょ?初代の王が魔王の侵略から国を守るために自身の寿命を魔力に変換して命がけで張った結界なんだ。」
「入ると精神異常をきたしてしまうのは・・・」
「魔力濃度が濃すぎて魔力酔いしてるだけだね。強力な幻覚魔法でしかないんだけど・・・あとは歴代王に受け継がれるペットの星屑の鯨が身を隠して見張るための者って感じかな」
「・・・あの大きな影!?」
モモリが驚きの声を上げると、トヲヤそれにつられて目をぱちくりをさせた。
「え、見えたの!?」
「夜に眠れなくて外の空気を吸いに甲板に出たときに大きな影が見えました」
「あの鯨がそんな船の近くに行くことめったにないのに・・・」
モモリのあっさりとした様子にトヲヤはつい笑いをこらえきれなくなった。
「こりゃあすごいや!君、本当に女王の素質があるんだね!」
「え、次期王はトヲヤさんじゃ・・・」
「モモリさんが来なければね。でも今回は違った。この炎の戦人っていうのは俺のことなんだ。炎魔法が得意ってだけなんだけど・・・ま、つまりこの書面に書いてある通りにすればカイモリ国がもっと良くなるから、会って一日くらいしかたってないけど、俺と結婚して下さい!ってこと」
トヲヤの言葉を聞いて、モモリはひとつ気がかりなことを思い出した。
「で、でもトヲヤさんには婚約者が」
「確かに俺はルカと婚約している。でもこれは太古の王からの命令だ。何よりも優先しなきゃならない。」
「えぇ・・・私そう言うの嫌なんですけど・・・何かいい回避の仕方ありませんか?」
モモリのあからさまに嫌そうな顔に困ったようにトヲヤは考え込んだ。
「あ、モモリさんがもう婚約してるか、結婚してればワンチャン・・・?」
「え、誰とですか」
「わぁ・・・リクさん可哀想・・・」
「リクさんは変なひとであって何にもないですけど」
「まぁそんな感じ。もし断りたいならどうにもならないって王にわかってもらわないと。今日は遅くにごめんね?この話はパーティーの人たちには共有していいから。」
トヲヤはそう言ってモモリを客室に送ると、寝る準備をしてたミレイにも軽く挨拶をしてから自室へと戻っていった。
「モモリさん、遅かったね。大丈夫だった?」
「それがー・・・」
モモリが王に呼び出されて聞かされたことをすべて話すと、ミレイは急に立ち上がってモモリに詰め寄った。
「は!?なにその勝手な話!!モモリさん!今すぐ男子の部屋に行くよ!!」
怒りを隠すことなくミレイはモモリの手を引いて、隣の塔へと続く渡り廊下をずんずんと歩き出した。
いきなり女性陣二人が部屋を訪ねてきたことで四人は困惑していたが、ミレイの話を聞いてすぐにソウが防音魔法をかけると、部屋の扉をしっかりと閉めた。
「こんやく!?」
「なんかよくわかんないですけどそうらしいです。結婚とか私嫌なんですけどどうしたらいいですかね」
「なんで当事者が一番冷静なんだよ」
呆れた様子のヒロの言葉はごもっともで、本来一番慌てたり動揺してるはずのモモリ本人は興味なさそうにあくびをしていた。
「自分のルーツを知れればそれでいいのになんか面倒なことに巻き込まれました。助けてください・・・・うーん・・・・リクさん」
モモリは全員の顔をなめすように見た後にリクの手を取って真顔で言った。
「俺!?」
「良かったじゃねぇか想いが通じてよ」
「ついに成就したね。良かった良かった」
「モモリさんなんで急に!?」
リクの声が裏返っている様子に不思議そうにしながらモモリは極めて冷静に答えた。
「だってリクさん、私のこと好きなんですよね?私の装備のことも知ってるみたいだったしきっかけとか聞かれたらテキトーに合わせてくれそうかなって」
モモリの言葉にリクはどこまで知っているのかわからないといった様子でパニックになってしまい、そのまま目を回して倒れてしまった。
「あれま。大丈夫ですか~起きてくださーい」
「モモリさん、指でつつくのはやめてあげなよ・・・」
「あんなにバレバレなのによく気持ちを隠し通せると思ってたなこいつ」
「この国ではどのように婚姻の儀をするのか気になるから、リクくんとモモリくんもここで式を上げてみてはどうかね」
「賢者サマ、今はそんなこと言ってる場合じゃねーだろ」
窓から見える海の先で、ルマルの呆れた声に同意するように一頭の鯨が大きく潮を噴き上げた。




