感覚派と頭脳派
「モモリくんは完全に感覚派なんだろうね。もしかして君、詠唱を統一していないんじゃないかな?」
座学は嫌いだと抵抗するモモリを有名菓子店のケーキで黙らせ自宅のテーブルにつかせる。
ソウは魔法のボードをテーブルの中央に表示させると、魔法の文字でサラサラと解説を書き始めた。
「なんでですか」
「普通はイメージを統一させて安定した魔法攻撃を撃つものだろう?しかし君はあまりありきたりな言葉選びをしていないと感じたんだ。」
「え、詠唱って統一した方がいいんですか?学生の頃そんなこと一度も教わらなかったですよ。」
キョトンと首をかしげるモモリにソウは肩をすくめた。
「座学が苦手だと今の一言でなんとなくわかったよ・・・きっと君の成績が良かった歴史系や文系の教科は完全独学だったんだろうね。」
ソウはため息をつくと、仕方ないなとつぶやき立ち上がった。
「先に、人間とエルフの魔法について教えてあげよう。学校ではやらない分野だ。」
モモリは大きなあくびをしながらクッキーを一つつまんでいる。ソウがコップの水を球体にして浮かせていることにも気が付かずに。
「モモリくん、これを見たまえ。」
「ん、普通の水魔法ですか?」
「いや、これは精霊魔術だ。 精霊魔術はすでに目の前に存在するものを操る魔術。エルフ族の言葉を借りれば『自然のすべてから力を借りる』ということだね。それに比べて人間が使っているのは純魔術。無から有を作り出すのが特徴だね。魔研付で教えているのはこっち。精霊魔術はマイナーだし、存在するものを操ることしかしないから人間の基準に当てはめると少し地位も低いんだ。」
「へぇ。どんな詠唱を使うんですか?」
魔法のことについてとなれば話は別なのか、先ほどまで今にも寝てしまいそうだったモモリの目は輝きが増していた。
「詠唱はしないよ。」
ソウはそれだけ言って紅茶を一口飲んだ。
「へ?」
「エルフはそもそも才能の有無にかかわらず魔法がとても日常に根付いた存在だからね。詠唱という概念自体があまりないんだ。」
「無詠唱ってことですか!?戦いやすそうですね!」
「君ならそう返してくると思っていたよ。」
そんな二人のやり取りを面白くなさそうに見ている男が一人。
「さっきまでめちゃくちゃ謝り倒したりよそよそしかったのに何であんなに打ち解けてるの?」
「リク、やきもちは見苦しいぞ・・・っつーか、言わねえのかよ、あの外套のこと。」
「だってさー、10年以上前だぞ。ヒロだってわかるだろ?生きてる時が違うんだ、それなら俺は彼女の中であこがれのお兄さんのままでいたいんだよ。」
「憧れねェ・・・」
リクは深いため息をつくと、椅子の背もたれを抱きかかえるように座ったまま目の前の楽しそうなやり取りを見つめている。
「・・・外で鍛錬の続きしてくる。」
ヒロはそれだけ言うと、さっさと外に出て行った。
「自然の中に存在する魔力を使うことも多いエルフに比べ、人間は体内魔力のみを使うケースが多いから、その分優劣が付きやすいんだ。故郷ではよくそのことを話題に馬鹿にしたりするんだよ。」
「へぇ。でも精霊魔術か。私にも使えますかね?」
「実技一点集中であの難関学院に入学した君の腕ならできると思うよ。君は頭で考えるより体で覚える方が向いているだろうから実習と行こうか。」
「俺も参加する!」
リクは急に大きな声を出した。
「え、でもリクくんは魔法職じゃないだろう?」
「的にはなるだろ!な?お願い!!」
「はぁ・・・」
よくわからないといった表情のまま三人で外に出ると、ヒロの姿がない。
「あれ、ヒロどこ行ったんだろ?外で鍛錬してくるって言ってたんだけど・・・」
「ヒロくんはたまに遠くまで行ってしまうからねそのうち帰ってくるだろう。さ、モモリくんやってみよう。」
ソウは気にするようなそぶりを見せず、広場になっている場所にてくてくと歩いていく。
「さ、まずはいつもの詠唱を脳内でやってみよう。」
「あ、はい。」
モモリはソウの言う通りに杖を構えると、脳内でいつも通り念じた。
「あくまでこの辺りが吹き飛ばないように小さく小さくとイメージするんだよ。」
「・・・・!」
モモリが杖をリクの方に向け、深呼吸をしてから念じると、地面の草が伸びていき杖に一度先端が集まっていく。
次の瞬間、杖の先から無数の蔓が飛び出しリクを包み込んだ。
その蔓は無数に絡みあい、きれいな球体になる。
「・・・できた!」
「一発でこのレベルの完成度とは・・・あとは安定化と、体内に停滞している大量の魔力の対処の方法をマスターすれば君はもっと冒険者ランクが上がるだろうね。」
モモリはソウの言葉にうれしそうな様子を隠すことなく飛び上がった。
「すげぇ!きれいな籠になってる!ある意味草のバリアじゃん!」
球体の中から声がするのを無視してモモリはもう一回やっていいかとソウに質問する。
許可が出ると大喜びでモモリは杖を構えた。
「今度は何にしようかな~」
「えっ!?まって俺まだ中にいるから!!」
焦る声もすべて無視して、モモリは杖の先から水を発射した。
「えっえっ!?」
その水の水圧で草の球体に大穴があく。
その穴の中でびしょ濡れになりながら呆然としているリクを助け出すと、ソウはその籠をみて驚きの声を上げた。
「この草のボールの厚みを水圧だけで貫いたのかい!?」
「モモリさん、寝てるよ。」
「え、この子の保有魔力量からしてまだできるはずなんだけれど・・・」
まぁいいかとそれ以上練習をすることなく、穏やかな寝顔を崩さないよう、前日と同じように布団に運んだのだった。
「それにしても、魔力の使い過ぎで眠くなる場合は、もっと苦しそうな様子になることが多いんだが。こんなに安らかに眠るのはまた違う原因がありそうだ。」
「そうなのか?俺その辺わからねえからな~ソウ、もしなんか手伝えることがあったら言ってね。」
「もちろんだとも。それにしても、ヒロくんはどこまで行っているのか・・・」
その寝顔を見守りながらティータイムに入る二人は、少し雲行きのあやしい外の景色を窓から眺めることしかできなかった。
何故なら、これから起こることを何も知らなかったから。