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それはかつての記憶

美しい少女がいた。

神の加護を受け、キラキラと陽光に照らされる彼女の笑顔は、とてもまぶしかった。

誰にでも愛されるそのまばゆい笑顔は、決して誰か個人にだけ向けられるものではなく、皆に平等に向けられていた。


もはやそのまぶしさはうらやましいとか妬ましいとか、そんな感情など持つような存在ではなく、生まれながらにして醜い私ですらも勝手に救われた気になっていたのだ。


「悪魔の子」「穢れた子」「魔王の隠し子」「病気持ち」


何度も何度も投げつけられた、醜い言葉たちに慣れ切った私自身もすでに穢れていて、いつ死んでしまってもいいや、後悔するような何かを持ってもいないのだからとずっと思っていた。


それなのに



『あなたはあなたのままでいいんだよ』



あまりにもまぶしかったんだ。


温かかったんだ。



自分が人間であることを思い出せたのに


ーそれなのにー



「オリヴィア、だめだよ。あんな体中に痣のある汚い子供、どんな病気を持っているかわからないんだ。君の美しい肌が同じようになってしまうなんて、村のみんなも悲しんでしまうからね。」


知らない大人が彼女を森に閉じ込めてしまった。


伸ばした手のひらは遠い遠いはるか向こうの彼女には届くことはなかった。



『一人ぼっちどうし、お揃いだね。・・・あ、あなたと一緒ならふたりぼっちか!』


『私の周りには人がたくさんいる・・・って・・・?みんな私の本当の気持ちなんて知らないの。誰にも分ってもらえない。心はずっと一人だよ。だからおそろい!』



あぁ、どうしてこうなったんだ。


池に映った自分の姿をじっくりと観察する。

ボロボロの服から見える足、うで、顔にまで広がる赤茶色の痣は、いつからあるのかわからない。

気が付いた時にはもうこの姿だったのだから、私は悪くないはずなのだ。


なのに、どうして。


いつも村のはずれから人間観察をしたとき、本来人間は母親、父親という存在がいないと生まれないらしいと知った。

じゃあ私の母親と父親は?


何もわからなかった。


「あなた、美しさに興味はない?」


黒髪の綺麗な女の子に声をかけられたのはその直後だったと思う。


___


今日は森で大きな獲物を捕らえた。

人や動物の気配を感じ取るのもずいぶんうまくなったもんだ。


始めこそ飢えて死にそうにこそなったが、今ではすっかり狩りもできるようになったのは進歩ではないだろうか。


体の痣は今ではほとんど消え去り、おそらくそれなりの恰好をしてしまえばその辺の子供と同等の扱いを受けられるのではないだろうか。


自己評価や自身の腹の底こそ変わらないが、着実に美しさを手に入れているという自覚はあった。


ただ、下手に大人に声をかけると保護者の有無を聞かれてしまって面倒なのが唯一の問題だった。


あの日であった黒髪の少女のおかげで魔法も使えるようになったので大人の振りはできなくはないが、時間制限付きなのが惜しいところだ。


しかし、その制限があろうとなかろうと永遠に衰えることのない美しさが手に入ったと思えばそんなこと些細な問題だった。


私は今日も情報収集に出かける。

あの時の天使を森から助けるために。


本屋で立ち読みした物語のように塔の上にでも幽閉されている様子はないが、森の入り口には衛兵の見張りが四六時中いると確認ができている。つまり、あの中に彼女がいることは明白なのだ。


私は、黒髪の少女を昼寝からたたき起こし、恩人を救いたいと懇願した。


すると帰ってきたのは一言だけ。


「森がなくなればいいんじゃない?」




____



「火事だ!森が!!」


「オリヴィア様は無事なのか!?」


「うわぁ!?いったいどこからこんな数の魔獣が!?」



森に明るいオレンジ色が映えてとてもきれいだ。


燃え盛る森を見つめていると、一人の老兵が近づいてきた。


「ここにいたら危ない!親御さんは?村まで送ってあげるから、ほら」


その老兵の声には聞き覚えがあった。ずいぶん老け込んでかすれてはいるが、あの日、あの子を連れて行って森に閉じ込めた男の声だった。

憎たらしいその男の偽善にまみれた笑顔が憎たらしい。


「触れるな!」


目の前で赤がはじけた。


甲高い悲鳴が聞こえた。


目の前にいたはずの老兵は、胴体がまるで切れ味のよすぎる刃物で切られたようにきれいな断面を見せている。


「・・・あぁ。そうか、そうだった」


こうなればもう、人のふりをする必要もない。だって私は美しいのだから。


最近振った雨の影響でできていた水たまりの中に視線をやれば、細いエメラルドグリーンの瞳孔と、桜色の鱗が見えた。


真っ黒だったはずの髪も真っ白になっていて、あの日私の心に光を届けてくれた彼女の金髪が光を受けたときの色と重なった。


「ふふ・・・ふふふ・・・・あははははははははははは!あれだけ忌まわしかった痣もない、陶器のような肌、絹のような髪、宝石のような鱗と瞳!これで、これであの子の隣にいられる!


あぁ私の唯一のともだち、今助けてあげるからね!あんなくらい森の中に一人で寂しかったに違いない!私が、わたしがぁ!」


「そこを動くな!」



感動に浸っている私に水を差すような冷たくも美しい、凛とした女性の声が響き渡った。」


成長しても変わらない、鈴を転がすようなその声は聞き覚えがあった。


「オ、リ、ヴ・・・・?」


「森と村を焼いたのは貴様か、化物?」


化物?ばけもの?何を言っているんだ?こんなに美しいのに?あなたの隣に並びたくて、必死で薬を飲んで、魔法の練習をして、頑張ったのに、どうしてそんなことを言うの?


「私はただ、あなたを森から助けようと」


「戯言を言うな。魔物のような悪しき生物に私の知り合いなどいない」


彼女の瞳の光の強さは変わっていなかった。それならなんでそんなことを言うのか。

あぁ、変わったのは私か。確かに、蛇の魔物の力を少し借りてしまったから姿が違うのも仕方がない。


「違うよ、オリヴィア。私だよ。10年前に一緒に川で魚を取ったり、木の実を取って遊んだ、あの、」


そこで言葉が途切れた。


そうだ私には名前がない。


いつもあの子に呼ばれていた愛称はー・・・




「何を言っているんだ?私には貴様のような友人はいない。10年前・・・森で神に声をかけられた頃か・・・?確かに知人はいた気もするが・・・」




目の前が真っ暗になった。ともだちだと思っていたのは私だけだったのか。


「そのようなことを言って私を惑わそうとしてもそうはいかん。貴様らの望みはなんだ?魔王の復活か?それとも他の理由か?」


白銀の剣がこちらに向けられる。







あぁ、彼女はもう、私の知ってるあの時のオリヴィアじゃないんだ。




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