はじまりは初級魔法とともに
初投稿です。
上手くいくかはわかりませんが、完結できるよう頑張ります。
森の中に響き渡る轟音に耳を傾ける。
音の方向に視線を移せば、冷たい蒼が光を反射させまぶしく輝いている。
そのつやのある硬い鱗は強者のそれを感じさせ、見るものを震えさせる。
「・・・ふぅ。」
大きな影に杖を向け、詠唱の準備をする。
目の前の鱗の塊に対して明らかに小さすぎるその背中は、なぜだか負けるという未来を感じさせず、とても頼もしい。
「紅蓮の炎よ、渦を高く吹き上げよ!獄下の火球!」
その背丈には妥当と思われる可愛らしい声が凛と空気を震わせる。
声に呼応するかのように、大きな影が森を覆う。
次の瞬間、焼けるような熱さと隕石を思わせるような大きな音が森を支配した。
煙が収まり、覗きこむ。
そこには、円形にくぼんだ大きな谷が顔を出した。円の中心には血のように真っ赤な鉱石と、鋭くとがった黒い爪が落ちている。
「今日のドロップアイテム渋いなぁ。」
小さな肩を落としながら、魔法鞄にそれらをしまい込み立ち上がる。
「えーと、女神の羽どこだ?」
手元の鞄は整理されていないのか、ごそごそと手とつっこみかき回し数秒、目的のものが見つかったのか、虹色に輝く金属製の羽で軽く円を描くと、足元に簡易魔法陣が浮かび上がり、そこには誰もいなくなった。
ー交易都市・大国エルラードー
中央公園通りに面する大きな扉を開くと、これまた大国の名に恥じない大きなロビーが視界を支配する。
木製のシンプルな受付カウンターに一人の少女が歩いていく。
150センチそこそこだろうか、小さな体には似つかわしくない、鈴をつけたアクアマリンの大杖、体のサイズには全くあっていない海賊のジャケットを思わせる肩章が揺れる黒いローブが視線を集めていく。
「海賊の魔女だ・・・」
「アレが・・・!?」
「思ったより小さいな。」
「馬鹿!うかつなことを言うな!怒らせたら、どうなるかわかったもんじゃないぞ!」
冒険者ギルドのあちこちから、ひそひそと声が聞こえてくる。
彼女はそれを一切無視して一つのカウンターに迷いなく向かっていく。
「あら、モモリさん。もう蒼眼竜を倒したの?」
「うん。でも多分若い個体だったみたいで、魔核と爪しかドロップしなかった・・・」
「あら~最低限ね。でもこれで森の生態系が崩れる心配が一つ消えたと思えば回りまわってお得ね。」
受付嬢のキョウの言葉に、少女・・・モモリはびくりと肩を震わせる。
「キョウさん・・・ごめん。」
「え、もしかして・・・また?」
「魔法の威力操作ミスって大穴開けちゃった・・・」
モモリは今にも死んでしまいそうなほど真っ青な顔色で、ごまかすように笑みを浮かべているが、目の前の受付嬢が遠い窓の向こうを見ているのを見てさらに冷や汗を加速させた。
「まぁいいわ。ギルドの修復班で何とかするから。」
キョウの言葉にパァッと効果音が聞こえるような表情で顔を上げると、笑顔のまま怒りをあらわにしている、栗毛の美人と目が合った。
「モモリさん?反省はしてくださいね????」
「はい・・・」
モモリはとりあえず報酬を受け取り、併設している食堂のカウンターに向かった。
大きな三角帽子と杖をカンターの壁際に寄せて立てかける。
その背丈には少し高めの椅子に、んしょと軽く腰掛けると、目の前の女将さんはわかっているのか笑顔で彼女の方に向かっていく。
「あらももちゃん、今日は早かったのね。いつもの獄炎竜のグリルでいいかしら?」
「うん。あと、魔菜スティックと、氷林檎の果実酒もお願いしま~す。」
「ハイハイ。魔菜スティックのディップソースはいつものマヨネーズでいいの?」
「今日はオレンジソースがいいかな。」
「わかった!待っててな。」
床につかない短い脚をぶらぶらとさせながら料理を待っていると、やはり背後から声が聞こえてくる。
「海賊の魔女思ったより小さいけど、酒飲むんだな・・・」
「ロリババァだったりして」
「お前ら恐いもの知らずだな。殺されても知らねえぞ。」
ここで、先ほどから聞こえてくる海賊の魔女について説明しておこう。
海賊の魔女とは、数年前からある噂で、彼女を怒らせると人体実験の材料にされるとか、むごたらしく殺されるとか、呪いの実験体にされるとかいろいろと言われているのだ。
名前の由来はその大きなローブで、まるで海賊を思わせるデザインで目立つためだ。
身長も低く、女性ということもあり、声をかけてきた男性冒険者がことごとく町はずれの路地でぼこぼこにされ見つかったため、噂に尾ひれがついて、今では世界を震撼させる大魔女のような印象になってしまったのだ。
「魔女じゃなくて魔法使いなんだけどな・・・」
そうぽつりとつぶやいても、騒がしい食堂内に響き渡る話し声に掻き消される。
「ま、普通の冒険者はそんなこと知らないからな。」
隣から笑い声が聞こえ、目をやると、襟足が少し長めの茶髪の男がこちらを見ていた。
「おっとすまんすまん。たまたま聞こえたからつい。同じパーティーに魔法使いがいるもんで、いろいろ教えてもらったのを思い出しちゃって。」
「そうですか。珍しいですね。」
「でもそれにこだわるのって魔術研究所付属学院卒業の人だけじゃない?」
「そうですね。確かに魔研付卒ですけど、魔女の資格は取れなかったので、普通に魔法使いです。」
「やっぱり!でもあそこ卒業する人ってみんな魔女か魔術師になるんじゃないんだ。」
「あー・・・座学はからっきしで。」
モモリの苦笑いにすべてを察したのか、青年はすまんと軽く頭を下げた。
「あ、そんな謝らなくていいですよ。ほんとのことですし、実技は主席だったので別に気にしてないです。」
モモリの言葉に青年は目を丸くさせているが、モモリはちょうど来た料理たちをおいしそうにほおばり始めた。
「実技主席・・・!?」
モモリは青年の言葉なんて耳に入っていないのか、その小さな体のどこに入っているのかわからないようなスピードで料理を平らげていく。
「んはぁ、おいしかったぁ。おばちゃんご馳走様!超おいしかった!!」
「え、ちょっとま・・・」
モモリが席を立つのを慌てて呼び止めようとした青年は足取り軽く冒険者ギルドを出ていく彼女を見送ることしかできず、その場に立ち尽くしていた。
女神の羽を使い、自宅に戻ったモモリは家に上がるときに帽子をギルドに忘れていきたことに気が付いた。
「あっ・・・明日でいいや。なくても困んないし。」
モモリがローブを脱ぐと、さらりとした腰までの長いきれいな黒髪が流れだし、少しばかり見た目年齢には似つかわしくない豊かな胸が飛び出してくる。
揺れるのを嫌悪している彼女はしっかりとしたインナーを装着し、膝上のスカートから延びる足には火傷の痣を隠すかのようなニーハイソックスをガーターベルトで止めている。
ローブと杖だけ壁にかけ、着替えもせずに布団に倒れこんだモモリは、そのまま意識を手放した。
『すいませーん』
知らない声が聞こえて目を開ける。
着替えもせず寝る前と同じ格好で扉を開けると、前日ギルドで話しかけてきた男と、他二人、計三人組の男が立っていた。
「え・・・誰・・・」
まだ覚醒しきれていない彼女の受け答えに、青年は軽くショックを受けている。
「えっ昨日話したじゃん。」
「あー・・・・んー?あぁ。で?」
「おいリク、話しとちげーぞ。」
「ううううるさいなぁ!これから勧誘するつもりなんだよ!」
赤毛に黒が混じった独特な髪色をした細身の男がリクと呼ばれた昨日の青年の頭を小突いた。
「まあまあヒロくん、リクくん、彼女が何も現状を理解してないのに話を進めてはいけないよ。」
モノクルをした黒髪のエルフが二人を止めた。
「すまないね。君をうちのパーティに勧誘したいとリクくんが言い出したので、勧誘に来たんだ。あと、これも忘れていったのだろう?」
「私の帽子!!」
モモリは黒髪のエルフの手にある帽子に飛びついた。
「ヒロ君の言っていたことは間違っていなかったのだね。・・・あぁ、自己紹介をしていなかった。
この茶髪はリク、ジョブは戦士と商人だ。こっちの赤毛はヒロ、ジョブはアサシン。僕はソウという。ジョブは魔術師と錬金術師かな。他にも細かいものはあるけれど、気にしないでくれ。」
「あ、そんなご丁寧にどうも。私まモモリと言います。魔法使いです。あの、決して魔女じゃ・・・」
「あぁ、リクくんから聞いているよ実技だけ主席なんてことあるんだね」
ソウは興味深そうにモモリの方を見ている。
モモリはその視線に耐えきれなくなったのか、とりあえず立ち話もなんだということで家の中に通すことにした。
「すいません・・・昨日のままで片付いてなくて・・・」
「問題ないよ!俺の宿の部屋よりずっと綺麗だし!」
「それはどうなんだよ。早く本題に入ってやれ。」
ヒロの呆れたような言葉にモモリは先ほどの言葉を思い出す。
「勧誘・・・でしたっけ?すいませんけどお断りします。」
モモリは申し訳なさそうに頭を下げた。
「え!?なんで?ソロよりパーティ組んだ方がいろんなクエスト受けられるのに!!」
リクが驚くのも当然だ。ギルドでは、クエストがソロ用とパーティ用でカウンターが分かれており、受けられるクエストも違う。
しかし、彼女の場合は少し特殊だった。
「私はキョウさんが特別にクエストまわしてくれてるので結構です。」
「そういえば昨日カウンターからドラゴンって・・・あのサイズ本当に一人でやったの!?」
リクの言葉にうなずくモモリ。
開いた口がふさがらないヒロ、興味深そうにモモリを見ているソウも無視してモモリはつづけた。
「私、魔法の魔力制御が苦手なんです。だから初級魔法一つ使うだけでも威力がおかしくなっちゃうし、そのせいで魔法一発で魔力不足起こして眠くなっちゃうんですよ。昔はパーティ入ってたけど、そういうのがあまりにも多くて毎回居ずらくなっては抜けてを繰り返してたんです。もうそうなればソロ狩りが楽じゃないですか。」
モモリの言葉に三人は口をつぐんだ。
「とりあえず、魔法を一発撃ってくれるかい?一度見てみたいんだ。」
沈黙をやぶったのはソウだった。
「え・・・」
「確かに!ドラゴンを倒すほどの威力ということはすごい上級魔法なんだろうな~」
リクの目が輝いているのを見て、後に引けなくなったモモリは、結局家の外にある広大な森の中で魔法を放つことになった。
「初級魔法でいいですか・・・炎系はけが人出るかもだから、水でいいか」
モモリはソウつぶやくと杖を掲げて詠唱準備に入った。
「え、初級魔法でけが人?」
「初級魔法なのかい?」
「・・・」
「水の精霊よ、その寵愛を歌に乗せ舞え!水龍の恵み!!」
モモリの詠唱が終わると森の上を分厚い雲が覆い始める。
「これってもしかして・・・」
リクがごくりとつばを飲み込む音を合図に、森全体がバケツをひっくり返したような大雨に襲われる。
「おいおいおいこれ本当に初級魔法かよ!?」
「このままでは洪水になってしまう!魔法を中断できるかい?」
ヒロとソウが雨音に負けじと声を張り上げると、モモリは息を切らしながらまた杖を構えた。
「風の音よ、そのメロディに祝福を!恋する風神の悪戯!」
台風のような強風が雲を散らすと、明るい太陽が顔を出した。
「・・・すごい・・・やっぱり俺たちのパーティに・・・・」
リクが視線をモモリの元に戻すとそこには杖によりかかりながら立ったまま爆睡しているモモリの姿があった。
「こいつ器用に立ったまま出てるぞ・・・」
ヒロが呆れたような引いたような様子で彼女のことを見ている。
「と、とりあえず家に運ぶしか・・・モモリさん、ごめん」
リクは一言謝り、モモリを横抱きすると大木の中をくりぬいて作られた大きな家に向かった。
「それにしてもモモリくんは立派な家に住んでいるねぇ。」
「場所がかなり僻地だけどな」
リクは眠りこけているモモリの布団の上に下ろし、掛布団をかけてやる。壁に作りつけられている杖を立てかけるくぼみに杖をはめ込んでいると、壁にかけてあるローブが視界に入った。
「あれ、あの服・・・」
まだ一日は始まったばかり。
この時はまだ、この出会いが神により決められた運命であるということは誰一人として知らないのであった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
更新頻度はかなりバラバラになると思いますがよろしくお願いします。