勇者召喚
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──勇者召喚
汎人類帝国は追い詰められていた。
第016号計画は破綻し、南部の穀倉地帯は魔王軍の手に落ちた。さらには海軍が魔王海軍に決戦を挑み、相手を道ずれにしつつも壊滅。空軍は未だに劣勢だ。
そんな状況下で帝都ローランドでは首相のジャック・デュヴァルがある決断を下そうとしていた。それは──。
「勇者を召喚する」
ジャックは至って正気だ。正気のままにそう言った。
「勇者を召喚ですか……」
「あまり効果があるとは思えませんが」
他の閣僚たちも勇者という言葉には疑問を抱いていない。
それもそうだろう。この汎人類帝国ではかつて勇者が召喚されたことが歴史的事実として記されているのだ。
最初の勇者は魔王軍を打ち破り、次の勇者は汎人類帝国を統一した。
そう、汎人類帝国の初代皇帝こそ勇者であったのだ。
「何もしないより遥かにましだろう。プロパガンダぐらいには使えるはずだ」
ジャックにとって今はできることはほとんどなかった。
戦争とはその準備の段階で勝敗が決まると言われるほどであり、そうであるが故に戦争が起きてしまった今となってできることはあまりない。
それでも何かを政府が行っているということを示さなければならないジャックは、ここで勇者召喚というものに飛びついたのであった。
「方法については記録は残っているのですか?」
「文部省が管理している。そうだな、文部大臣?」
外務大臣のエリザベト・ルヴェリエが尋ねるのにジャックが文部大臣に尋ねた。
「はい。記録は残されています。ただ、絶対に成功するという保証はありません」
「構わん。政府が勝利のために何かをしているということが重要なのだ。すぐに手配をしてくれ」
「畏まりました」
ジャックの求めに文部大臣が応じる。
「さて、陸軍はアンゲラブールまで撤退するそうだが、それまでには間に合わせたい。救国の勇者がここぞというときに戦った。その結果がどうであれ、国民の士気は向上するであろう」
「はい、首相」
こうして汎人類帝国は成功するかどうかも分からない勇者召喚とやらに国運の一部を任せることに。
勇者召喚の儀式の場所は指定されており、それはローランドの今の皇帝の座す宮殿が位置する場所で、その中庭であった。
そこに帝国の魔術師が集まった。
魔術師は今ではそのほとんどが技術職である。魔術で攻撃するというのは銃に比べて数を揃えるのが難しく、それに加えて威力も低い。
今、魔術の役割は通信や魔術障壁、魔力探知機などの後方支援の分野に限られていることはほとんどだ。
そんな魔術を操るものたちが集まり、さらには首相のジャックが訪れ、またある重要な人物も姿を見せていた。
それは──。
「首相。まさか勇者を召喚しなければいけないほど、状況が悪いとは……」
「ご安心を、陛下。まだ挽回の機械は多くあります。魔王軍も出血しており、敗北が決まったわけではないのです」
そう、それは班人類帝国皇帝ルイ=オーギュストである。
ルイ=オーギュストは老齢の男性で、その威厳のある顔立ちに憂慮の色を浮かべて、ジャックとともに勇者召喚の儀式を見守っていた。
「では、これより勇者召喚の儀式を開始します」
宮殿の中庭には魔法陣が描かれ、その周りに魔術師たちが立つ。
「銀の鍵の魔導書の名において命じる──」
魔術師たちが詠唱を始めると、魔法陣が怪しげに輝き始め、周囲の気温がぐっと下がる。それでも儀式は進められ、魔術師たちは額に汗を浮かべながら、詠唱を続けた。
そして、ついに──。
「来たれ、世界に希望をもたらすものよ!」
魔術師たちが一斉にそう唱えた時、光が立ち上った。
「成功したのか?」
「分かりません、首相」
ジャックは近くにいた文部大臣に尋ねるが、彼は首を横に振る。
光は徐々に収まっていき、そこに召喚された存在が個の場にいる全員の目に入った。
「召喚は成功です!」
そう声の上がった先にいたのはワンピースの上にカーディガンを羽織った20代ほどの女性であった。
「……勇者、なのか? 想像とかなり違うのだが……」
「間違いなく勇者です、首相!」
ジャックが怪訝そうに尋ねると文部大臣は自身に満ちた様子でそう返す。この場で勇者のことを怪訝そうに見ているのはジャックだけで、他は全員が彼女が勇者であるということに疑問を持っていない。
「勇者よ! ようこそ我々の帝国へ!」
「へ?」
皇帝ルイ=オーギュストがそう言い、勇者として召喚された女性は首を傾げる。
これがこの召喚された女性──人類勇者タカナシ・メグミが初めて、この世界に現れた瞬間だ。
タカナシ・メグミはそのまま宮殿内に案内され、そこで状況を聞かされたのであった。彼女はいきなりのことに動揺しており、何が何か分からないままに勇者にされてしまったのだった。
このことは汎人類帝国内の工作員によって魔王軍に通達された。
「汎人類帝国は勇者というものを召喚することに成功したとのことです」
ジェルジンスキーが重鎮たちの集まった会議の場でそうソロモンに報告。
「勇者、か。歴史的にそういう存在がいたことは知っているが、本当に実在したとはな。具体的にはどのようなものなのだ?」
ソロモンがそうジェルジンスキーに尋ねる。
「今のところ、タカナシ・メグミという女であるということ以外は何も分かっておりません。これまでの勇者たちは強力な魔術を使うということや、知識に秀でたという点がありましたが、この人物については今は何も」
「そうか。引き続き情報収集を行え」
「はい、陛下」
ソロモンには何か引っかかるところがあったのか、勇者という荒唐無稽な話に対して興味を持っているようであった。
「今は陸軍が勝利し、海軍が勝利、空軍も勝利した。この勝利を不確定要素によってなかったことにされたくはない。次の勝利のためにも万全を尽くせ」
ソロモンは重鎮たちにそう命じる。
「内務省。占領地での反乱は抑えられていると報告を受けているが事実か?」
「今のところパルチザンには適切に対応できているものと思われます。パルチザンそのものが存在しなくなったわけではありがませんので、現在も警戒を継続しております」
「ふむ。注意を払え。敵は正攻法で勝てなければ別の手段に出るだろう」
「はい、陛下」
メアリーの内務省は今も旧ニザヴェッリル領や旧エルフィニア領でのパルチザン対策に向けて動いている。
「国家保安省も協力するように」
「畏まりました、陛下」
ソロモンにそう言われ、ジェルジンスキーが頷く。
「今は前線での勝利を全力で支えなければならない。全員が前線の兵士たちに協力するのだ。前線が崩壊すれば、ここにいる全員が終わりなのだからな」
不吉な予言をソロモンは言い、会議は終わった。
国家保安省は引き続き勇者について調査し、内務省はパルチザン対策へ、そして軍は前線での勝利に向けて進んだ。
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