焦土作戦
……………………
──焦土作戦
「撤退を行う」
南部戦域軍司令部ではヴィレット上級大将が遅すぎる決断を下していた。
「もはやベルシエール=モンレーヴィル・ラインは意味をなしていない。我々はより後方に撤退し、そこで再起を図る」
南部戦域軍は第016号計画を全面的に撤回した。彼らは定められていた防衛線を放棄して、後方に撤退することを決定。
それによって全軍が退却を始めるが、その際に生じた部隊間の間隙を縫って魔王軍が浸透してしまう。それによって退路が切断され、包囲され、さらに南部戦域軍の部隊が犠牲に遭っていく。
しかし、汎人類帝国もいいようにやられてばかりではなかった。
彼らは徹底した焦土作戦を実施したのだ。
鉄道は完全に破壊し、橋を爆破し、農地には火を放ち、上下水道も破壊した。
魔王軍が占領後に利用すると思われる全てのインフラを破壊した。この命令は徹底され、汎人類帝国軍が撤退した後には破壊の痕跡だけが残されてゆく。
特に大規模な焦土作戦が行われたのは、南部の大規模な農業用ダムの爆破だ。
「クソ。ここでもダムが爆破されるとは……!」
ダムが爆破されたことであちこちで川が氾濫し、橋が流されてしまう。道路も冠水して舗装されていない場所は泥沼となった。
こうなっては前進できるものもできない。魔王軍はまたしても足踏みを強いられ、インフラ復旧のために工兵が展開しながらの前進となってしまった。
それでも魔王軍は完全には止まらず、空輸によって物資を補給しながら前進を強行。
可能な限りの前進を行った結果、南部の穀倉地帯の制圧は果たせたが、焦土作戦の影響は大きかった。各地で破綻した交通インフラによって魔王軍の兵站は滅茶苦茶になり、今や補給部隊は大混乱だ。
辛うじて沿岸線を前進していた部隊がいくつかの港を制圧したことから、南方海経由での補給が始まるも、汎人類帝国海軍は健在であり、このルートはいつ遮断されるか分からない状況だ。
汎人類帝国の焦土作戦はこうして魔王軍に打撃を与え、汎人類帝国に時間の猶予を与えた。汎人類帝国は稼いだ時間で新しい防衛線での立て直しを急いでいる。
「つまり前進は難しいか」
魔王ソロモンは旧エルフィニア領に設置された本営にて、南方軍集団司令官のツュアーン上級大将から報告を受けていた。
「はい、陛下。残念なことですが、非常に難しいと言わざるを得ません。インフラが全て破壊されています。ダムの爆破が特に大きな被害をもたらしました。あの泥沼を馬車が通行することは困難です」
「空輸と海上輸送にも限界はあるからな。理解している。当初の計画である南部の穀倉地帯の制圧には成功したのだ。よしとしておこう」
ツュアーン上級大将が告げるのにソロモンは頷く。
「だが、可能な限り前進が再開できるよう急いでほしい。これで戦争が終わったわけではなく、まだまだ汎人類帝国は諦めない。我々がこうして足踏みしている間にも、敵は着々と戦時体制に移行しつつあるのだ」
「はい、陛下。全力で当たらせていただきます」
「頼むぞ、ツュアーン上級大将」
ソロモンからの命令を受けて、ツュアーン上級大将は工兵に他の兵科も協力させて、道路、鉄道、橋などのインフラ復旧を急がせた。
しかしながら、汎人類帝国側も黙ってそれを見ているつもりはない。
残地工作員が破壊工作を行って妨害し、さらにはなけなしの航空戦力が爆撃を行う。それによって魔王軍の作業は妨害され、犠牲を出し続けた。
これに対して断固とした反撃を行うべきとしたのは、陸軍が前進できない中で唯一自由に行動可能な空軍であり、カリグラ元帥だ。
「敵航空戦力を完全に撃破する」
カリグラ元帥はそう決断した。
「空中戦から地上撃破まであらゆる手段を使って敵の航空戦力を叩く。それによって得られた航空優勢により、友軍をより力強く支援するのだ」
カリグラ元帥のこの決定によって魔王軍は大規模な航空戦を展開。
魔王空軍が好むのはドッグファイトよりも、地上撃破であり、彼らは奇襲を好んだ。しかし、そのためには魔力探知機を無力化しなければならない。
そのためまずは魔力探知機を破壊するために、魔王軍の電子戦部隊が投入された。
魔王軍は第二次土魔戦争前の冷戦期に電子戦能力を高めていた。それはエルフィニアを落として、魔力探知機を入手してからさらに加速している。
彼らは魔力探知機を逆探知し、その位置を把握できるようになったのだ。
それによって魔王軍はこれまでは万能であった魔力探知機の位置を特定し、そこに向けて航空攻撃を仕掛けた。
『こちらサイト・シリスタン・ワン! 敵の爆撃を受け──うわ──!』
魔力探知機を設置した防空監視網に次々に穴が開き、魔王空軍はその活動範囲を瞬く間に拡大していく。爆撃に次ぐ爆撃で魔力探知機による索敵が不完全になっていく。
そのことは既に敵地後方に浸透していた独立特殊任務旅団などの特殊作戦部隊によって確認されていた。
そして、ついに魔王空軍の大規模な地上攻撃が開始される。
グレートドラゴンであるウィッテリウス、ウェスパシアヌス、ドミティアヌスの3体を主力とした航空部隊が汎人類帝国の空軍基地に襲来。
「敵襲! 敵襲!」
魔力探知機が沈黙する中、目視による確認で警報が発されたが、それでは遅すぎた。グレートドラゴンとレッサードラゴン、ファイアドレイクの編隊は瞬く間に航空基地に近づき、離陸しようとしていたグリフォンと空中騎手に襲い掛かる。
グレートドラゴンの熱線が地上を引き裂くようにして伸び、航空基地の地上施設が瞬く間に破壊されて行った。
レッサードラゴンとファイアドレイクも爆炎を次々に地上のグリフォンに向けて浴びせ、彼らを火だるまにしていく。
航空基地への攻撃は陸軍が足止めされている間、延々と行われ、魔王空軍の猛攻を前に汎人類帝国空軍はその勢力を喪失しつつあった。
彼らが後方のローランドや工業地帯を守るために航空戦力を後方に残し、前線に配備しなかったことも、この損害を拡大させてしまっていた。
前線の航空優勢は既に魔王空軍に奪われており、少数で出撃すれば囲まれて瞬く間に撃墜されてしまうのだから。
しかし、それでも魔王陸軍が前線できずにいることは、汎人類帝国にとって大きな助けであった。彼らはそれによって新しい防衛線を構築できているのだから。
「次の戦いの焦点はアンゲラブールになるだろう」
南部戦域軍司令官のヴィレット上級大将はそう宣言した。
「この都市を守り抜けば、我々には未来がある」
アンゲラブール。古い要塞都市であり、工業都市。人口100万人の都市だ。
「それまでの時間稼ぎを海軍にお願いしたい。魔王軍は現在海上輸送で物資を前線に送り込んでいる。それを阻止してもらいたいのだ」
ヴィレット上級大将は海軍の連絡将校にそう告げた。
「分かりました。海軍で全力で魔王軍の海上輸送を阻止しましょう」
海軍の連絡将校はそう言い、海軍参謀本部に要請を入れた。
……………………




