第016号計画
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──第016号計画
1743年10月。
汎人類帝国陸軍参謀本部では、ある机上演習が行われていた。
「国境線を守り抜くのは事実上不可能です」
参謀本部に勤める将校がそう言う。
汎人類帝国と現在の魔王軍勢力圏の国境線は長い。蛇行した線が伸び、さらにはこれまでのニザヴェッリルとエルフィニアへの配慮から要塞化もされていない。
そのため国境線で戦うのは無謀だといえた。
「我々は国境線から遅滞戦闘のみに留め、撤退を行います。魔王軍に出血を強いながら、我々はベルシエール=モンレーヴィル・ラインまで撤退」
そう言って机上の駒がベルシエールとモンレーヴィルのふたつの都市を結ぶ線まで撤退していく。その様子を他の参謀たちも見ていた。
「ここで持ちこたえ、魔王軍が十二分に出血したところで反撃を試みます。この反撃によってまずは魔王軍を国境戦まで追い返し、さらにエルフィニア、ニザヴェッリルの奪還に向けても動きましょう」
まずは魔王軍を自分たちにとって優位な自国領内に引き込み、魔王軍の兵站線が伸び、それによって弱体化したところで反撃に転じる。
自国領内を戦場にすることになるが、自分たちが地の利を得られる場所で戦うことが重要だ。そうしなければ魔王軍の大規模な戦力と正面からやり合うのはリスクが大きすぎるし、効率的ではない。
これまでのニザヴェッリルやエルフィニアの撤退が上手くいかなったのは、それが計画された撤退ではなかったから。汎人類帝国軍はそこを最初から計画しているので、重装備の放棄なども最小限になるだろう。
「ふむ。悪くない計画だと思われる」
そういうのは帝国陸軍参謀総長のフレデリック・ガムラン元帥が頷く。
机上演習の結果では、汎人類帝国軍は無事に魔王軍を退けることができていた。
「この作戦を具体化したものを基本的な防衛計画として、国防大臣に提出する。それから首相の許可が得られれば、正式な防衛計画として決定する」
「了解」
この防衛計画は第016号計画として決定。
汎人類帝国陸軍はこの計画を確実なものにするため、ベルシエール=モンレーヴィル・ラインの要塞化も始めていた。
そんな中、第016号計画を提出されたオリヴィエ・デュフォール国防大臣は、懐かしい顔に会っていた。
「結局帰ってきたのか、アルフォンス」
「ああ。エルフィニアは滅んだからね、父さん」
オリヴィエが会っていたのは彼の息子であるアルフォンス・デュフォール少佐であった。彼はエルフィニア外人部隊にいたが、エルフィニアが滅んだことで、行く当てを失っていた。
「それで、何か私に頼みたいことがあるのだろう?」
「息子がただ帰ってきたとは思わないわけだ」
「わざわざ親に挨拶をしにくる息子なら、出奔などしていないからな」
アルフォンスが言うのにオリヴィエは皮肉気にそう返した。
「まあ、それについては言い訳できない。だが、俺には俺の人生があったんだ。やりたいことをやりたかった。それについて弁明する気も、今さら悔い改めるつもりもない」
「では、何を言いに来た?」
「俺の部隊はまだ多くが生きているが、難民として拘束されている。まだ戦える俺たちをただの難民扱いするのは利益にならない。俺たちを前線に配置してほしい」
アルフォンスの部隊は無事にエルフィニア首都アルフヘイムを脱出して、このエルフィニアへと逃げていた。
しかし、彼らはアルフォンスが説明したように難民扱いされ、難民キャンプに拘束されてしまっている。そのことについて処遇の改善をアルフォンスは、国防大臣である自分の父オリヴィエに頼みに来たのだ。
「ふむ。力を貸してやることはできるが、今度は汎人類帝国のために戦うことになるぞ。そのことに疑問や拒否感を覚えるものもいるのではないか?」
「俺の部隊には犯罪者はいない。ただ冒険を求めた人間がいるだけだ」
外人部隊に所属するのは、アルフォンスのような危険を求める元軍人か、あるいは諸事情あって祖国から逃げる羽目になったものと相場が決まっている。
そして、アルフォンスの部隊は元軍人だけで占められていた。
「分かった。しかし、何もお前まで再び前線に向かう必要はないだろう。ニザヴェッリルとエルフィニアの両方で戦うだけでは満足できなかったか?」
「ああ。まだ満足できていない。勝利していないからな」
「そうか。そこら辺は誰に似たのか……」
アルフォンスの言葉にオリヴィエがそう苦笑する。
「戦いたいならば好きに戦うがいい。だが、死ぬなよ」
「そう簡単には死なないさ」
こうしてアルフォンスの部隊は汎人類帝国に組み入れられた。
エルフィニアの難民で構築されるエルフィニア義勇軍の隷下に代わらず第1外人猟兵旅団という名で登録され、アルフォンスの部隊も第016号計画に組み入れられた。
「この作戦は本当に上手くいくのか、ガムラン元帥」
そう首相官邸で参謀総長のガムラン元帥に尋ねるのはジャック・デュヴァルだ。
「絶対はありませんが、可能な限り不測の事態も考えております」
「魔王軍の規模を参謀本部は把握してるのか?」
「具体的な数字は不明ですが。少なくとも200個師団以上を今も維持していると情報部は分析しています」
「200個師団か……」
汎人類帝国が総動員を行った場合の戦力が180個師団で、今もデュヴァル政権の下で軍拡を進めている途上だ。
「もっと確かな軍拡が必要だな。勝利を確実なものにするためにも」
「ええ。それについては同意します」
「そのことでひとつ議論をしていることがあるのだが、少し聞いてくれ、元帥」
ジャックはふとそう言いだした。
「我々は勇者を召喚することを考えている」
「勇者、ですか?」
勇者。
かつて異界より訪れ、魔王軍と戦った存在である。
この世界が危機を迎えるたびに現れては世界を救った存在であり、人類の希望となっていた存在。その伝承にはちゃんとした信頼できる資料もあり、この一見するとおかしな話は歴史的事実であったのだ。
その勇者をジャックは召喚するのだという。
「首相。それは本気でおっしゃっているのですか?」
「本気だとも。まあ、伝承のような強さではないにしても、かつて魔王軍を打ち破った存在がいると宣伝できれば、それなり以上の効果があるだろう。そうは思わないか?」
「否定は致しませんが……」
史料があったとしても本当に勇者というものが存在するのかを疑問に思うものはいる。そして、ガムラン元帥はそっちの方であった。
「だが、軍には現実的な手段で戦力を増強し続けてほしい。戦争に備えるんだ。魔王軍はこれまで何度も我々を欺いてきた。次は欺かれず、連中を迎え撃ってやりたい。頼むそ、元帥」
「はい、首相」
これは勇者という不確かなものに頼らならければいけないほど、汎人類帝国は追い詰められていたと印象付けるエピソードであった。
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