斬首作戦
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──斬首作戦
1739年3月。
開戦の数時間前のことだ。
人狼と吸血鬼からなる第1独立特殊任務旅団から抽出された2個小隊80名。それが汎人類帝国側からの鉄道でエルフィニアに入った。
彼らはニザヴェッリル東部から汎人類帝国入りし、そこからさらに鉄道でぐるりと回ってエルフィニアに入っていた。どうしてこのような方法を取ったかといえば、彼らの任務は開戦まで絶対に気づかれてはならないからだ。
彼らの任務は──。
「準備はいいか、諸君」
「準備万端です、大佐。やりましょう」
部隊を指揮を執るのは第二次土魔戦争で特殊作戦に当たっていたオランジェ大佐であり、彼は最後の確認をアルフヘイムのホテルで行っていた。
彼らが拠点としたホテルのテーブルに広げられているのは宮殿の見取り図。
そう、彼らの目的は女王ケレブレスを含めたエルフィニア政府首脳部の抹殺だ。
シュヴァルツ上級大将が計画した斬首作戦にはゴーサインが出ており、その実行部隊としてオランジェ大佐の部隊が動員されたのだった。
「目標は女王ケレブレス、陸軍司令官マゴルヒア大将、海軍司令官ファウンロド大将、空軍司令官メネリオン大将。この4名だ」
女王ケレブレスだけでなく、それぞれの軍の最高司令官も抹殺対象だ。
「では、諸君。幽霊のように静かにやろう」
オランジェ大佐は獰猛な笑みを浮かべてそう宣言し、部下たちも頷く。
まだ戦争の始まる前の静かなアルフヘイムの街の中を人狼たちが駆け、エルフィニアという国家の首を刎ね飛ばすべく、蠢き始めた。
「連中はまだ目が覚めていないようだ」
エルフィニアは戦時体制にはなく、主要な施設の警備も平時のそれであった。宮殿すらも僅かな衛兵が守るのみ。
オランジェ大佐は自らケレブレス暗殺に向かっている。
80名の部隊は6個に分かれており、A、B、C、D、E、F班に編成されている。
A班はオランジェ大佐自らが指揮を取り、女王ケレブレス暗殺を目指す。
B、C、Dはそれぞれの軍司令官の暗殺。E、F班は脱出支援のために待機。
「行くぞ」
オランジェ大佐は宮殿の柵を軽々と乗り越え、前庭を走り抜ける。斥候となるポイントマンがオランジェ大佐の前方を慎重に進み、索敵とルート確認を実施。
「前方に衛兵が2名です」
「静かに片付けるぞ」
ポイントマンの報告にオランジェ大佐がそう言い、ナイフを手に忍び寄った。そして、衛兵たちの背後に回り込むと──。
「──!?」
一気に彼らの喉を裂き、心臓をナイフで貫いたのちに腎臓をめった刺しにする。
「クリア」
「クリア。前進再開だ」
オランジェ大佐たちはどこまでも静かに宮殿内を進んでいき、女王ケレブレスがいるはずの寝室を目指す。この深夜の時間帯、ケレブレスはそこで眠っているはずなのだ。
オランジェ大佐たちが障害を排除しながら進む中、他の部隊も暗殺に向けて着実に動いていた。陸海空軍司令官たちの邸宅に彼らは忍び寄り、ナイフを手に暗殺目標に向けて迫っていく。
「間もなく標的がいる寝室です」
「どこまでも静かに、だ。我ら妖鬼のごとく」
オランジェ大佐はポイントマンにそう言い、寝室の扉に接近。
「3カウント」
そして、3秒のカウントののちに──。
「行け」
扉が蹴り破られ、特殊作戦ライフルを持った人狼たちが突入していく。
「目標がいません、大佐殿」
「まさか。クソ、これは不味いぞ」
まさかの事前情報の不正確によってオランジェ大佐たちの宮殿襲撃は空振りに終わった。女王ケレブレスの所在は不明なまま、他の部隊による陸海空軍司令官への襲撃は継続されている。
「どうしますか、大佐殿?」
「撤収だ。今からどこに女王がいるかを探しているような余裕はない」
「了解です」
オランジェ大佐率いるA班は撤収を開始。
そのころ陸海空軍司令官のうち、まず海軍司令官ファウンロド大将の暗殺には成功。さらに空軍司令官のメネリオン大将の暗殺にも同様に成功。
しかし、ケレブレスと同様に事前情報の間違いによって陸軍司令官マゴルヒア大将の暗殺には失敗した。
悪いことにマゴルヒア大将の暗殺を試みた際に警察によってそれが探知され、魔王軍の動きを察知した彼らによってアルフヘイム内に警報が鳴り響いてしまったのだ。
「大佐殿。全員揃いました」
「よし。脱出だ。これ以上ここにいる意味はない。どうあっても逃げるぞ」
「了解」
そこら中に警官や軍の部隊が展開する中で、オランジェ大佐たちは脱出を開始。
ここに侵入した際に使った鉄道などを使った脱出は不可能だ。既に鉄道は全て止められている。別の方法が必要になる。
幸いなことにアルフヘイムは古い都市であり、無計画に建設された都市だ。
警官や軍人が把握していない抜け道というのは少なくなく、オランジェ大佐たちはそんな抜け道のひとつを使ってアルフヘイムを離れ、別動隊が確保していた馬車に乗って東を目指した。
オランジェ大佐たちは女王ケレブレスと陸軍司令官マゴルヒア大将の暗殺には失敗したが、それでも効果はあった。
エルフィニアは突然起きた王都アルフヘイムへの魔王軍の攻撃を受けて、混乱しており、過剰な警戒が始まったのだ。大規模な部隊が動員されて、アルフヘイムに展開し、市民はもちろん軍の高官の動きすら取れなくしてしまった。
そのせいで結果としてエルフィニアは魔王軍の初期の攻撃に対して、すぐさま対応することができず、魔王軍による奇襲を許すことに。
オランジェ大佐たちはこののちに無事に魔王軍と合流。
現在、魔王軍は大剣作戦を発動し、エルフィニアへの侵攻を行っている。斬首作戦が失敗との報告が入るも予定が変更されることはなく、魔王軍はエルフィニアの国境を越えて、同国へと攻め入っていく。
エルフィニアは初動で出遅れた。
斬首作戦の影響はもちろんのこと、ヴェレンホルム島での陽動にすっかり引っかかっており、魔王軍が攻めてくることはないという思い込みがはびこっていた結果だ。
エルフィニアの国境を守る第1軍司令官のフェアラス大将は、この危機的な情勢下において可能な限りのことをやろうとしていた。
「アルフヘイムとの連絡は?」
「つながりましたが、まだ何の指示もありません……」
「クソ。どうなっている」
アルフヘイムは暗殺騒ぎの件で混乱しており、命令を出せていない。
「閣下。このままでは魔王軍にラウィンドール川を渡河されてしまいます」
「分かっている。こうなれば仕方がない。ダムを爆破するぞ」
「本気ですか? 流域の住民の避難は……」
「可能な限り行え。だが、爆破は決定事項だ。急げ!」
フェアラス大将は魔王軍が恐れていたラウィンドール川のダム爆破を決定した。魔王軍はそれを知らずにラウィンドール川の渡河の準備を進めている。
しかし、魔王軍もダムの重要性は理解していた。
そう、ダム爆破が急がれる中で、魔王軍の空中突撃部隊もダムに迫っていたのだ。
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