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第2の危機

……………………


 ──第2の危機



 ヴェレンホルム島を巡る戦いは次第に落ち着きを取り戻し始めていた。


 リヒテンハイン政権は散発的な襲撃を行い、同島に砲撃を仕掛けることに何度か成功していたが、それ以上のことはなかった。


 その砲撃も無意味だということで次第に行われなくなり、ヴェレンホルム島を守る自由ニザヴェッリル軍の間にも安どの空気が流れ始めていた。


 しかし、1738年9月に状況が一変する。


 最初にその危機が伝わったのはリヒテンハイン政権のプロパガンダ放送だ。


『我々の真の友人である魔王軍は、正統政府に歯向かう逆賊たちの懲罰に賛同し、我々に援助の手を差し伸べることに同意した。魔王軍は海軍と空軍が我々の支援に当たるとして、部隊を派遣すると約束してくれたのだ』


 そう、魔王軍がヴェレンホルム島を巡る争いに介入することが示唆されたのである。


 これを事実だと肯定するように魔王空軍からグレートドラゴンであるウィッテリウスがリヒテンハイン政権の空軍基地に姿を見せた。その様子を監視していたパルチザンがニザヴェッリル亡命政府に通達。


「不味いぞ。ヴェレンホルム島にグレートドラゴンが襲来するかもしれない」


「汎人類帝国政府に支援を願いましょう」


 亡命政府のテオドール・エッカルトとハンス・カウフマンは汎人類帝国にグレートドラゴンが現れたことを報告。


 このことはすぐに陸海空軍の参謀本部に通達された。


「グレートドラゴンだと。ヴェレンホルム島が狙いなのか?」


「グレートドラゴンとして1体限りだ。他を狙うとは考えにくい」


 汎人類帝国空軍参謀本部ではグレートドラゴンの目的が何なのかが話し合われる。


 グレートドラゴンの狙いはリヒテンハイン政権のプロパガンダ放送通りに、ヴェレンホルム島なのか、と。


 これが汎人類帝国に対する軍事行動の前触れである可能性もあった。第二次土魔戦争にて汎人類帝国は魔王軍と交戦しているし、今やニザヴェッリル亡命政府を帝都ローランドに匿っている。


 さらには自由ニザヴェッリル軍への支援も行っている汎人類帝国を、魔王軍が攻撃するというのに口実はいらないのだ。


「ヴェレンホルム島だと仮定しよう。我々はどうするべきだ?」


 空軍参謀総長のポール・ビヨット大将は参謀たちにそう尋ねる。


「ヴェレンホルム島は陥落する可能性があるため、ヴェレンホルム島から自由ニザヴェッリル軍を撤退させるか、あるいは我々もヴェレンホルム島の戦いに加わるかです」


「後者はなし崩しにリヒテンハイン政権と魔王軍の双方と交戦状態になる可能性があるが、何かそれを回避できるプランはあるのか?」


「我々は交戦を目的とせず、部隊を派遣するのです。我々となし崩しに戦争になって困るのは魔王軍とリヒテンハイン政権も同様。我々がいるせいで攻撃できないという状況を作り出しましょう」


「ふむ。随分と危うい橋を渡るようだが……。いいだろう。作戦計画の策定を」


 こうして帝国空軍は新たな部隊をヴェレンホルム島に派遣することを決定。


 帝国海軍も同様に戦艦2隻を中核とする艦隊を展開させることになり、ヴェレンホルム島に汎人類帝国の戦力が結集していく。


 これに呼応するように魔王軍も海軍部隊を増強し、リヒテンハイン政権の目指すヴェレンホルム島奪還に向けて作戦に加わる動きを見せた。


 ヴェレンホルム島の領海に入るギリギリの位置で魔王海軍とリヒテンハイン政権海軍が演習を行うなど、挑発行為も繰り返されている。


 この時点で次の戦争はヴェレンホルム島を起点に勃発すると、誰もがそう思っていた。汎人類帝国は備えを始め、国境の警備は増強された。


 この緊張の報告は首相のジャック・デュヴァルにも届いていた。


「敵はヴェレンホルム島を狙っていると。間違いないのだな?」


 ジャックがそう首相官邸の閣議室で国防大臣のオリヴィエ・デュフォールに尋ねる。


「恐らくは。しかし、現段階では断言はできません。魔王軍もヴェレンホルム島などという大した要衝でもない場所を巡って戦争を始めるほど、余裕があるはずもないのです。彼らは事実上の二正面作戦を展開しているのですから」


「我が国とエルフィニア。軍事同盟が締結された今においては二正面作戦だ」


 汎人類帝国とエルフィニアの全面的な軍事同盟は締結され、今や汎人類帝国かエルフィニアのいずれかが軍事行動を起こせば、それは連鎖する。


 魔王軍はこれによって常に二正面作戦を強いられることになったのだ。


「だが、エルフィニアはヴェレンホルム島の戦争が局地的な紛争になれば、恐らくは介入しないでしょう。彼らはことを無意味にエスカレートさせたくはないはずです」


 そういうのは外務大臣のエリザベト・ルヴェリエで、彼女は彼女が大臣として懸念していることを率直に告げた。


「同盟は守られない、と?」


「魔王軍か我々のいずれかが宣戦布告した正式な戦争でない限り、エルフィニアには行動する義務はありません。そして我々はヴェレンホルム島の件で、魔王軍に対して宣戦布告される意志はあるでしょうか?」


「……いいや。なるべく穏便に済ませたい。今はまだ戦争の準備ができていないからな。北部戦域軍を失った打撃から回復していないのだ」


 汎人類帝国軍の軍備再建は道半ばであり、まだ回復しきっていない。今、魔王軍と全面戦争をするのは無謀だと、国防大臣のオリヴィエも報告していた。


「であるならば、ヴェレンホルム島の件でエルフィニアが介入することはないでしょう。ですが、ブラフにはできるはずです。エルフィニアに協力を仰ぎ、魔王軍に対して軍事的圧力をかけましょう」


「これまで魔王軍がやってきたことをやり返すわけか」


「ええ。目には目をというではないですか」


 軍事演習などの軍事行動によって他国に圧力をかけるのは、魔王軍が得意としていたことだ。今回はそれを魔王軍に対してやり返してやろうというのがエリザベトの提案であった。


「エルフィニアに軍事演習をやってもらい、ヴェレンホルム島などを巡って魔王軍が戦争を始めることがないように抑止しよう。こちらでも演習は行う。ルヴェリエ外務大臣、デュフォール国防大臣、それぞれ動いてくれ」


「はい、首相」


 こうして汎人類帝国とエルフィニアは団結して、魔王軍の軍事圧力にして、同じように軍事圧力をかけてやり返した。


 エルフィニアは魔王軍との国境付近で演習を開始し、汎人類帝国も南方海で海軍演習などを始めた。


 魔王軍はこれに応じるかのようにヴェレンホルム島付近での動きを低調なものにしていき、海軍部隊も撤収を開始した。今も残っているのはグレートドラゴンのウィッテリウスだけである。


 これを受けて汎人類帝国は安堵した。島もを守らなければならなかったニザヴェッリル亡命政府も同様にひとまずは安堵したのだった。


 だが、魔王軍にとってはこれこそが狙いであったことに彼らはまだ気づいていない。


……………………

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