たかが島ひとつのために
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──たかが島ひとつのために
1737年2月。
王都バビロンの王城にて魔王軍の重鎮たちは再び集っていた。
「報告したします」
今回冒頭で報告するのは、珍しくこの会議室に姿を見せたオンディーヌ上級大将で会った。彼女は海軍の軍服のままに報告を行う。
「ヴェレンホルム島を巡る戦いではリヒテンハイン政権が不利です。ニザヴェッリル海軍の軍人がほぼ汎人類帝国に亡命した影響でしょう。リヒテンハイン政権の海軍運用能力は極めて低いを言わざるを得ません」
あのデーゲ大佐たちが戦った戦闘──第一次ヴェレンホルム海戦から、リヒテンハイン政権は宣伝した通り、ヴェレンホルム島の奪還を目指していた。
しかし、リヒテンハイン政権海軍によるヴェレンホルム島攻撃は全て失敗に終わっているのが現状だ。
オンディーヌ上級大将が報告したように、ニザヴェッリル海軍の軍人だったものたちはニザヴェッリルの敗戦と同時に汎人類帝国に亡命したことが原因だろう。
今のリヒテンハイン政権海軍の軍人は元陸軍の軍人がほとんどで、付け焼刃で艦艇の運用について魔王軍から教育されただけの人材だ。
「……ヴェレンホルム島はそれほど重要な島なのか?」
ソロモンが静かにそう尋ねる。
「政治的な意味合いであれば大いに。軍事的にも完全に無視はできません」
「述べよ」
「まず政治的な目標としてですが、この島はニザヴェッリル亡命政府に正統性を与えています。彼らが僅かでも国土を有していることの意味は大きく、それ故にリヒテンハイン政権も正統性のために反発しているのです」
ソロモンの求めにオンディーヌ上級大将が説明を始めた。
「軍事的には北方海から汎人類帝国の海域に展開する場合に、この島は必ず攻略しなければならないということです。そうしなければ敵空軍の哨戒騎などに探知され、間違いなく敵に迎撃されます」
オンディーヌ上級大将はそう言って続ける。
「ヴェレンホルム島と汎人類帝国のサン・トゥルヌソル島。このふたつの存在は汎人類帝国の本土を敵から見張る目です。海軍ではWESTギャップと呼称しております」
「海軍の活動を考えるならば攻略すべきもの、か」
「はい、陛下」
ソロモンの言葉にオンディーヌ上級大将が頷き、報告を終える。
「私は現在のところ汎人類帝国を攻撃するつもりはない」
その上でソロモンは今後の方針を語り始めた。
「我々が下手にリヒテンハイン政権に加勢して、汎人類帝国との間で不本意な戦争が勃発することは避けたい。だが、汎人類帝国やニザヴェッリル亡命政府の目はを向けさせておくには、ちょうどいい島だ」
ソロモンは次は何をするつもりなのかははっきり言わなかった。
「よって、リヒテンハイン政権にさらなる非直接戦闘の軍事支援を与えるとともに、我々もヴェレンホルム島への軍事行動を匂わせる動きをしておく。軍はリヒテンハイン政権の支援について、後で報告せよ」
「はっ。畏まりました、陛下」
オンディーヌ上級大将、シュヴァルツ上級大将、カリグラ元帥がそれぞれ頷く。
「以上だ。ご苦労だった、諸君」
「魔王陛下万歳」
会議は終了し、重鎮たちが退室していく。
「カーミラ。お前はどう思う?」
「ヴェレンホルム島のことでしょうか?」
「ああ。あのちっぽけな島を巡って馬鹿騒ぎをやることに、誰も疑問を覚えないか?」
ソロモンはそうカーミラに尋ねる。
「オンディーヌ上級大将が述べた理由では納得できない様子ですね」
「確かに汎人類帝国に攻撃を仕掛けるならば障害になろう。だが、今の我々は汎人類帝国を相手にするような余裕はない。ましてエルフィニアを放置したまま、汎人類帝国を攻めるというのは愚策」
「今は取る必要のない場所というわけですか。そして、そのことを恐らくは汎人類帝国も理解していることを心配なされているのですね」
「そうだ。陽動には現実味が必要だ。我々がヴェレンホルム島を取るということに明確な利益があり、疑いようがなくヴェレンホルム島を欲していると思わせなければならない。そうでなければ陽動にはならない」
カーミラの言葉を続けるようにソロモンはそう語る。
「ドワーフたちの価値観と人類の価値観、そして我々の価値観が同じとは限らない」
ソロモンはドワーフたちが欲するヴェレンホルム島も、人類や魔族にとっては別のものだと言ったのだった。
しかしながら、ヴェレンホルム島を欲するリヒテンハイン政権への支援は行われ、艦艇や小火器、火砲の援助が行われ、上陸のための船舶も提供された。
さらには軍事顧問団も派遣され、リヒテンハイン政権の軍人たちを魔族たちが教育していく。それによってリヒテンハイン政権はある程度の練度を得た。
ニザヴェッリル亡命政府とリヒテンハイン政権はヴェレンホルム島を巡って争い続け、世界の目は北方海の島に向けられる。
しかし、リヒテンハイン政権はどうやってもヴェレンホルム島に上陸することもできず、制海権は自由ニザヴェッリル海軍に握られたまま。
何よりリヒテンハイン政権にとって不利だったのは、彼らには航空戦力がほぼ存在しなかったことだ。ニザヴェッリルの崩壊後に同国の陸軍航空隊は海軍と同様に、汎人類帝国に亡命していたためだ。
またドワーフたちの航空戦力となるグリフォンを養殖する技術を、魔王軍は有していなかった。リヒテンハイン政権にしたところで、それは同様であり、結果としてリヒテンハイン政権が運用可能な航空戦力は皆無といってよかった。
これが魔王軍のリヒテンハイン政権と汎人類帝国のニザヴェッリル亡命政府及び自由ニザヴェッリル軍の代理戦争である限り、魔王軍が直接手を貸すわけにはいかず、リヒテンハイン政権は苦しい戦いを強いられている。
しかし、この戦いである技術が発展した。高射砲だ。
航空優勢を奪われているリヒテンハイン政権が魔王軍と最初に開発したのは口径13ミリのライフルであるルノアール銃をさらに大口径化させて口径20ミリしたものだ。これは一定の効果を上げ、さらに開発が進められた。
1738年になるころには口径75ミリ高射砲も生まれ、主に艦載されたが、一部はリヒテンハイン政権陸軍と魔王陸軍、空軍に地上配備された。
これによってグリフォンも悠長に空を飛んでいられなくなるのだが、この技術は汎人類帝国やエルフィニアでも育ち始め、グリフォンの次に空の支配者であるドラゴンたちを脅かすことになる。
特にエルフィニアでは高射砲を魔力探知機に連動させる技術が生まれており、のちのち魔王軍はこれに苦しめられる。
1738年に入ってもヴェレンホルム島を巡る小競り合いは続き、終わることはなく、ドワーフ同士の殺し合いは継続した。
ただ、戦争を始めさせた汎人類帝国も自由ニザヴェッリル軍にリヒテンハイン政権が支配する旧ニザヴェッリル西部を攻撃することは許可しなかった。そんなことをすれば魔王軍が直接介入すると分かっており、汎人類帝国はまだ準備ができていないのだ。
今は小さな島を巡って争うことだけが戦争であった。
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