表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

62/96

新たな防波堤

……………………


 ──新たな防波堤



 ニザヴェッリルの崩壊とともに汎人類帝国には大勢のドワーフたちが亡命してきた。彼らの多くは汎人類帝国が準備した難民キャンプに収容され、支援を受けながら自立に向けて動いていた。


 そんなドワーフたちの中には軍人や軍役に適した年齢のものが大勢いる。


 将兵不足で悩む汎人類帝国が彼らを武装させようと思っても不思議ではなかった。


 自由ニザヴェッリル軍。


 そう名付けられた軍がニザヴェッリル亡命政府の下に作られ、帝国軍の傘下に置かれた。規模にして陸軍が3個師団、空軍が1個飛行中隊、海軍が1個駆逐戦隊というものだが、今後さらに拡大することを予定している。


 汎人類帝国からすれば僅かでも軍の規模が増やせるのはありがたいこと以外の何物でもない。ましてそれが自国民ではなく、使い潰せるならばなおのこと。


 何もこれは汎人類帝国だけの都合ではない。ニザヴェッリル亡命政府にしても、自分たちが正統な政府だと主張するのに、政府だけ存在していても意味がないと理解していたことに起因している。


 1736年11月。


 ニザヴェッリル亡命政府は帝国海軍の支援を受け、自由ニザヴェッリル軍の小部隊を北方海に浮かぶヴェレンホルム島を占領。この島は戦場になっておらず、かつリヒテンハイン政権の手も及んでいなかった。


 自由ニザヴェッリル軍は同島に空軍基地や海軍基地を整備し始め、この島を所有していることが、ニザヴェッリル亡命政府の正統性だとした。


 島としてはそこそこの大きさのあるヴェレンホルム島を占領していることは、かなりのアピールにはなったが、有事の際に孤立した島にいる戦力などあっという間に撃破されてしまうことは明白。


 だから、汎人類帝国は部隊を出さず、自由ニザヴェッリル軍にやらせたのだ。


 これに対してリヒテンハイン政権は猛反発。


 ただちにヴェレンホルム島からの退去を命じ、それがなされなければ『テロリスト』として武力行使に及ぶと警告した。


 これを受けて汎人類帝国は自由ニザヴェッリル軍を支援し、魔王軍はリヒテンハイン政権を支援。両陣営の代理戦争が、ヴェレンホルム島を巡って行われ始めた。


 さて、自由ニザヴェッリル軍には海軍部隊も存在する。それが先に記した約1個駆逐戦隊相当の艦隊だ。


 汎人類帝国で旧式化し、モスボールされていた防護巡洋艦と駆逐艦を譲り受けて編成されたもので、防護巡洋艦2隻と駆逐艦4隻で編成されていた。


 1737年1月。


 その自由ニザヴェッリル海軍の防護巡洋艦レプブリークとフライハイトはヴェレンホルム島周辺の哨戒を行っていた。


 今日の天気はやや悪天候で、北方海は波が高い。


 防護巡洋艦レプブリーク艦長であり、艦隊司令官ロルフ・デーゲ海軍大佐は、今日の哨戒に嫌な予感を感じていた。


 ラジオでは頻繁にリヒテンハイン政権がヴェレンホルム島を奪還すると言っている。そのリヒテンハイン政権に魔王軍が旧式艦を供与した、との情報も流れていた。


「司令。リヒテンハイン政権の連中は本当に攻めてくるんでしょうか?」


「かもしれんな。あいつらは魔王軍に下った裏切り者だ。俺たちと戦うことを嫌がることはないのだろう」


「同じドワーフで争うなんて……」


 まだ若い副官がそういうのにデーゲ大佐は何を言わなかった。


 彼は歴史的にみれば魔王軍と争っていたときより、ドワーフ同士で争っていた時期の方が長いと知っていたとしても。


 かつてのドワーフは山ごとに部族があり、国があり、血まみれの歴史を刻んできた。ドワーフの統一国家としてニザヴェッリル大共和国が成立したのは、ほんの最近の出来事なのである。


 第二次土魔戦争を生き延びた若いドワーフはそれを知らず、全てのドワーフは昔から仲が良かったと思っているのだ。


 これには汎人類帝国やニザヴェッリル亡命政府のプロパガンダもあるだろうが。


「方位1-3-5に不明艦4隻!」


 そこでリプブリークの見張り員が叫んだ。ベテランの水兵である見張り員は、この悪天候中でもその役割を果たし、艦隊に接近する不明艦を報告した。


 すぐさまデーゲ艦長を含めた艦橋にいる面々が双眼鏡を、見張り員が報告した方向へと向ける。


「あれは魔王軍の防護巡洋艦か。しかし、海軍旗は……クソ」


 接近する防護巡洋艦に掲げられてる海軍旗は、リヒテンハイン政権のものだ。


「警告しろ。それ以上接近すれば発砲すると」


「了解です!」


 無線と信号旗で接近するリヒテンハイン政権の艦艇に向けて警告が行われる。だが、リヒテンハイン政権の艦艇からの応答はない。


「リヒテンハイン政権艦艇、針路を変えず! 警告に従っていません!」


「警告射撃を実施する。1番砲塔、撃ち方用意!」


 汎人類帝国から供与された防護巡洋艦リプブリークにはその主砲に口径15センチ単装砲を備えていた。その砲塔が人力で旋回し、砲弾が装填されると、接近するリヒテンハイン政権の4隻の艦艇に当たらないように放たれた。


 砲弾は艦首から数十メートル先に着弾。水柱が上がり、リヒテンハイン政権艦隊が僅かに針路を変えたかのように思われた。


 だが、次の瞬間──。


「リヒテンハイン政権艦隊、発砲!」


「クソ。回避運動!」


 あろうことか、リヒテンハイン政権艦隊は自由ニザヴェッリル海軍艦隊に向けて発砲。砲弾が艦隊の周囲に着弾して水柱を上げる。


「応戦しますか?」


「当たり前だ。撃ち方用意。今度は当てろ」


 自由ニザヴェッリル海軍は、そのままリヒテンハイン政権艦隊との交戦に突入。


 主砲の口径15センチ砲の他に口径76ミリのケースメイト砲も射撃を開始した。砲弾が双方の艦隊を屠ろうと飛び交う。


 先に命中弾を出したのは自由ニザヴェッリル海軍で、旗艦である防護巡洋艦リプブリークであった。彼らの放った15センチ砲弾がリヒテンハイン政権の防護巡洋艦の煙突に命中し、黒煙が辺りに振りまかれる。


 砲弾の応酬は続き、戦闘開始から2時間でリヒテンハイン政権の4隻の防護巡洋艦のうち1隻が完全に戦闘不能になり、隊列から落後していった。


 それを見て怖気づいたのか、残り3隻の艦艇もおっかなびっくりで距離を取りながら射撃するようになり、逆に自由ニザヴェッリル海軍の方から距離を詰めて砲撃が行われたのだった。


 海軍精神とは何かと問われて、多くの場合返ってくる答えは『見敵必殺』であろう。広い洋上でようやく戦いの機会を見つけたら、それに噛り付いて相手が全滅するまで決して離さない。それぐらいの精神が、海軍軍人という仕事には必要だ。


 その精神を自由ニザヴェッリル海軍がいかんなく発揮し、リヒテンハイン政権の方が戦力的に優位だったにもかかわらず撃退した。


 リヒテンハイン政権艦隊は防護巡洋艦2隻を失って敗走。自由ニザヴェッリル海軍は駆逐艦3隻を喪失した。


「漂流者の救助を急げ」


「リヒテンハイン政権の連中もですか?」


「そうだ。君はさっきまでドワーフ同士で殺し合うのを嫌がっていただろう?」


 副官が尋ねるのにデーゲ大佐はうんざりしたようにそう返した。


 そう、人もドワーフも簡単に憎悪に染まってしまう。戦争とはそういうものだ。


……………………

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ