屈辱の新年
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──屈辱の新年
1735年1月。
ゾンネンブルクの執政官官邸に魔王軍の黒旗が掲げられている。
ゾンネンブルク占領軍司令部が設置されたそこでは、魔王軍によるゾンネンブルク統治が始まっていた。
そう、ゾンネンブルクはついに魔王軍の手に落ちていたのである。
「閣下。公安部のオフィスよりゾンネンブルク市民の資料が手に入りました」
「よろしい。その資料を使って我々の協力者となりえる人物を探せ」
ゾンネンブルク占領軍司令部の司令官は国家保安省から派遣された吸血鬼の警察軍大将で、彼は占領したゾンネンブルクにて内務省などの資料を接収させていた。
というのも、彼らはゾンネンブルクに臨時政府を樹立しようとしていたからだ。
もちろん占領地は内務省が設置する総督府が管理する。だが、その下にドワーフたちからなる臨時政府を設立することで、占領の大義を示そうというのだ。
これは王都バビロンからの指示であった。
「ニザヴェッリル政府が亡命したことは間違いありません。彼らはニザヴェッリル政府亡命政府を汎人類帝国帝都ローランドにて開設したと宣言しております」
王都バビロンの王城でそう報告するのはジェルジンスキーだ。
彼の指揮する国家保安省は、執政官テオドール・エッカルトがたちニザヴェッリル政府が汎人類帝国に亡命し、そこで亡命政府を樹立したことを把握していた。
「亡命政府、か。恐らくは汎人類帝国の入れ知恵だろうが、連中はまだ諦めないつもりのようだな」
ジェルジンスキーの報告にソロモンがそう言う。
「我々の占領への反発を煽り、パルチザンを活発化させる。占領民にいずれは汎人類帝国とエルフィニアの助けを借りて、国土の奪還を目指すと思わせるだけで効果がある。単純だが、面倒なことだ」
「はい。我々はこれに対抗して占領に協力的なドワーフの政府を樹立すべきであると考えています。いかがされますか、陛下?」
「よろしい。傀儡政権は占領民を分断し、我々への攻撃への緩衝材にもなるだろう。協力するドワーフを選んで実行せよ」
「了解です」
傀儡政権という魔王軍に協力的な政府は、協力するドワーフとそのことに反発するドワーフたちを裂いて争わせることができる。占領政策においては、この手の分割統治は実に有効だ。
傀儡政権は恐らく魔王軍より敵意の対象になり、パルチザンたちも攻撃を仕掛ける相手に傀儡政権を選ぶことだろう。
「占領政策において他に何か提案は?」
「農林省よりよろしいでしょうか?」
「述べよ」
ここでグリューンが挙手し、発言を求める。
「ニザヴェッリルに設置した集団農場からの収穫によって、食料生産料は著しく回復しました。これ以上の集団農場の建設は必要ないものと考えております。ですが、現在の労働力を維持するために若干名の捕虜を手配していただければ幸いです」
「内務省。対処可能か?」
グリューンの報告にソロモンがメアリーに尋ねる。
「可能です、陛下。我々は現在健康なドワーフとして300万人を確保しております。それらを提供することは可能です」
「そうか。では、農林省の求めに応じよ」
「畏まりました」
最近、グリューンやメアリーたち文民たちが結束して派閥を作っていることに、ソロモンは気づいていた。だが、彼らが派閥を作ることにソロモンは賛成も反対もせず、そのままにしている。
もちろん文民たちが結託してかつての宮廷貴族たちのようになるならば、ソロモンは容赦なく粛清を命じるつもりだ。しかし、軍の派閥や国家保安省の派閥と競争せねばならない文民たちにその兆候はない。
「私からはこの戦いで失った武器弾薬の補充を求める。これで全ての戦争が終わったわけではない。我々を狙っているものたちはまだいるのだ。我々を滅ぼそうとする敵はまだいる」
ソロモンはニザヴェッリルの戦争が終わったことで、より人類やエルフが自分たちに敵対することを予想していた。
既に三国同盟軍の兵士たちとは交戦すれど、汎人類帝国とエルフィニアは正式に魔王軍と交戦状態になったわけではない。だが、これからは汎人類帝国とエルフィニアはあらゆる手段で魔王軍を攻撃するだろう。
自分たちが滅ぼされないために、相手を滅ぼす。それがこの世界で繰り返されてきた安全保障政策というものだ。
そんな政治の末に滅ぼされたニザヴェッリルでは国家保安省によって傀儡政権が樹立される運びとなった。
ソロモンを国家元首である国王と、さらにオットー・ピークというドワーフを首相とするニザヴェッリル王国が新たに樹立されたのだ。
ニザヴェッリル王国はグスタフ線以西の旧ニザヴェッリル大共和国領を国土とし、首都は破棄されたゾンネンブルクからリヒテンハインへと遷都した。
以後、ニザヴェッリル王国をリヒテンハイン政権と記す。
「ニザヴェッリルと魔王国の永遠の友好のために!」
オットーはそのように魔王軍との友好を謳い、魔王軍の東部占領を認めるとともに、魔王軍と友好条約を締結。また魔王軍の占領軍を駐留軍として受け入れた。
このことに汎人類帝国に亡命したニザヴェッリル亡命政府は反発。オットーを売国奴として批判して、リヒテンハイン政権に正統性はないと訴えた。
しかし、リヒテンハイン政権は意に介さず、汎人類帝国及びエルフィニアと断交。
第二次土魔戦争はこのような結末を迎えた。
ニザヴェッリルのドワーフたちにとって屈辱的な降伏の日。
しかし、彼らは東部に暮らすドワーフたちよりも遥かにましだった。東部のドワーフたちは魔王軍の食料危機を解決するために、農耕馬のように扱われ、大勢が過労と飢えで死んでいったのだから。
対する西部ではギルドは潰されていったが、その代わりに魔王軍の工場が建設され、そこで働く者には賃金の代わりに配給券が配られて、それらは魔王軍が配給する食料と引き換えることができた。
魔王軍は何も慈悲を以てこれを行っているのではなく、飴を与えることでパルチザンなどの反乱勢力を抑制し、かつ汎人類帝国やエルフィニアが魔王軍の残酷さをプロパガンダにするのを阻止しようとしていただけだ。
この思惑は功をなし、西部のパルチザンは東部ほどではなかった。
さて、ニザヴェッリルに派遣されていた汎人類帝国とエルフィニアの部隊がどうなったかをここに記しておこう。
汎人類帝国とエルフィニアの部隊はアドラーピッツェ線の崩壊からゾンネンブルク陥落に至るまでに西部に西部にと撤退を続けた。
最終的にリヒテンハイン政権が樹立されたことで北部戦域軍のクールベ上級大将が、魔王軍のブラウ上級大将に軍使を送り、彼に休戦を提案した。
ブラウ上級大将はこれを受けれいて、北部戦域軍の追撃を止めて休戦。
実際のところブラウ上級大将の北方軍集団も、これ以上追撃を続けられない状況にあり、クールベ上級大将からの休戦の打診は渡りに船であった。
その後、北部戦域軍は解体され、ニザヴェッリルから撤退。大勢のドワーフやノームの難民たちとともに汎人類帝国やエルフィニアへと渡った。
クールベ上級大将は解任され、そのまま退役。
彼はこの敗戦の責任を取らされたが、その追及はさらに他の人間にも及んだ。
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